第448話 教皇の尋問
◇◆◇◆◇
そこは世界樹の麓にある小さな教会だった。
本神殿がそばにあるというのに、妙に寂れて人の足も遠ざかった小さな廃教会。
だがこの日は、その教会に少数ながら人の気配が存在した。
もっともその気配とて、人目に付くような場所に身を晒しているわけではない。
「ここなら、どれだけ騒いでも外に声が漏れることはないわ」
「済まないわね、アシェラ。こんなことに手を煩わせてしまって」
「なに言ってるのよ。マリアのお願いなら断るわけないでしょ。それに私にも無関係というわけじゃないし」
教会の地下にある、隠し部屋。
その場にはコルティナとライエル、マリア、それにアシェラというメンツと、二人の捕虜が存在していた。
一人は手足を失って正気を失い、もう一人は折れた鼻が横を向いている。
両者とも酷い状態だが、まだ鼻の折れた男……スクードの方がマシな有様だった。
ライエルはスクードを引き立て、てきぱきとした仕草で彼を拘束台に固定する。
「あら、あなた意外と手馴れているのね」
「こう見えても戦場は経験豊富でな。捕虜のこういう扱いも、何度か経験がある」
「そう、そういう趣味じゃなくてよかったわ」
「おいィ!?」
二人のそんなやり取りを、アシェラは微笑ましそうに眺めている。
彼女にとって親友のマリアの仲睦まじい姿は、心が癒される光景でもある。
しかし実際のところ、この場はそれがふさわしい場所ではなかった。
暗闇の中から、たいまつで浮かび上がった光景は異様という一言に尽きる。
十メートル四方の石造りの地下室。その部屋全体に巨大な魔法陣が描かれており、中央には拘束台が配置されている。
その魔法陣も、一目で転移用の物とは格が違うという緻密さで描かれており、術式の難易度の高さが窺い知れた。
「な、何をするつもりだ……」
ほのぼのとする二人は差し置いて、拘束台に乗せられたスクードはそれどころではない。
六英雄と呼ばれる存在と、この世界を統べる宗教の最高指導者。そんな連中が人目を忍んで、暗殺を企んだ彼らを隔離してなにをするのか。
そんなものは聞くまでもない……尋問、いや、拷問だ。
わかっていても聞き返さずにはいられない。そこに彼の恐怖心が見て取れた。
「そんなこと、いわれなくてもわかっているでしょう?」
「そうね、明確に拷問……いえ、そんなものでは済まされない地獄を見せてあげる。それが嫌なら、あなたの本拠地を吐きなさい」
「本拠地? クファルの居場所ではなく、か?」
スクードはニコルに気絶させられ、ここに運ばれてきたため、彼がすでにコルティナによって撃破されたことを知らなかった。
コルティナはここでようやく、その事実を彼に伝えた。
「クファルなら、私が倒しておいたわ。スライムだって知っているなら、対処法はいくらでもあるもの」
「は、スライム?」
だがその正体までは、スクードは知らされていなかった。
コルティナからその事実を知らされ、驚愕に目を剥く。
「あら、知らなかったの? 嘘じゃないわよ。あなたにそんな嘘をついても、私に利益はないもの」
「う、嘘だ……それじゃ、俺たちの理想は……」
「悪いけど、操作されたモノとしかいいようがないわね」
「嘘だ、嘘だ! 俺たちは、半魔人の地位向上のために――」
「何度も言うけど、悪いわね。あんたの主張に付き合う気はないの。本拠地を吐きなさい」
「いえるか! いってやるものか! 嘘だ、嘘に違いない! お前らは俺をだまして情報を聞き出そうとしているんだ!」
もはやまともな理論すら投げ捨て、スクードは喚き散らしていた。
彼の脳裏に走る、急激に失敗が増えた召喚の儀式。そのために消えた仲間たちの姿。
それらすべての儀式にクファルが同行していた事実に思い至り、真実に辿り着く。だがそれを受け入れることは、到底できなかった。
「信じなくてもいいわ。信じるようになるまで繰り返すだけだから」
「ちなみにここに描かれた魔法陣だけど、これ『ご禁制』なのよ?」
「なんだと!?」
狂気に堕ちかけていたスクードの意識が、『ご禁制』という一言に反応する。
世界樹教において最大の禁忌は魂の輪廻転生を妨げることだ。これは世のすべては世界樹より生れ落ち、世界樹に帰り、転生を繰り返すという教義に由来する。
ならばこの地に描かれた魔法陣は――
「まさか……
「正解。そして教皇の私はその術式を理解しているし、使用もできるわ。マリアの子に手を出した報い、受けてもらわないとね」
「そんな、馬鹿な――」
「事実よ。だって本物を知らないと偽物と断定することができないでしょう? 私たち世界樹教は、
「私も知らなかったのだけど?」
「当然。これは教皇と一部の枢機卿のみに伝えられている事実だもの」
マリアの抗議を、アシェラはどこ吹く風と受け流す。
二人とも淡い笑みを浮かべていたが、その視線は冷たいままだ。
死よりもつらい苦痛、という物は確かに存在する。だがそれは、死ねば終わる話。
しかしこの場においては、その理屈は通用しない。実際に死んだとしても、この教皇は容赦なく蘇生させる。そういっていた。
「ああ、狂ったとしても、ちゃんと
「ひぃ!?」
にこりと聖女にふさわしい笑みを浮かべるマリア。その横でライエルは無言で剣を引き抜いた。
拘束台に固定されているスクードに、この剣を避ける術はない。
彼はもう、自身の知る情報を垂れ流すしか、道が残されていなかったのだ。
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