第447話 クファル、砕ける
クファルは一人北門へ向かって歩いていた。
彼は他の二人と違いフードなどで頭を隠してはいなかった。元がスライムである彼は、擬態の力で人に変身している。
その力を利用すれば『角のない少年』に化けることなど、容易かった。
半魔人でない以上、姿を隠す必要もないので、表通りを堂々と進んでいく。
今頃、ウーノとイーガンは騎士団が移動した後、東西の門に向かって、急いで移動しているだろう。
その脱出行がすんなりいくとはクファルも思っていなかった。
ほぼ同時にスクードが教皇を害しているはずだ。となれば、その犯人を捕らえるために、すべての街門を閉鎖するはず。
それまでに彼らが脱出できたとしても、教皇を害されたこの街の者たちが半魔人を見逃すとは思えない。
このタイミングで半魔人が単独で街を出る。これを怪しまれないはずがない。とはいえ、正規のルートから手に入れた商人ギルドの身分証がある以上、出入りを妨げられることはないだろう。
多少の荷物を要求される可能性はあるが、門番が他国の商人の身包みを剥ぐのは、さすがにできないはず。
街の出入りは入念にチェックされ、記録も残されるため、おそらくはあの二人には追手がかかる。それを振り切れるかどうかは、彼らの才覚次第だ。
対して自分は、彼らが追われている間に、もっとも離れたこの北門から人間として街を出て、悠々と北部に戻ることができる。
つまりクファルは、残る二人を囮にして、自身の安全を確保しようとしたのだった。
「スクードも無事に戻れるとは限らないし、側近連中は全滅も覚悟しないとな。そうなると後釜に据えるのは……」
側近がいなくなるのは、クファルにとっても痛い状況だった。しかしそれ以上に、このベリトで半魔人による暴動が起きたことが大きい。
その結果、教皇を害することができるのならば、なおよい。
古くから世界樹教によって迫害されてきたそのお膝元で、半魔人が教皇を害する。
それだけで世界に不安の種がばらまかれることになる。
これからは半魔人は、恐怖の対象として見られることになるだろう。
その畏怖が、彼らを余計に孤立させてしまうかもしれない。しかしその結果、半魔人たちは仲間と寄り添うようになるはずだ。
結果として、クファルの組織は加入希望者が増えることになる。そうなれば、人材不足も解消できるはず……だった。
「なるほど、顔を変えない辺り、余裕綽々ってわけね」
クファルの前に猫耳の少女が立ちはだかった。
いや、纏う威厳は少女の物ではありえない。その貫禄はある程度歳を経た女性の物だった。
「軍師……コルティナ?」
「あら、知っていてくれたのね。いえ、私を狙ったこともあったんだっけ?」
「なぜ、ここに? ニコルのそばについていなくていいのかい」
「大丈夫よ。治ったもの」
「バカな、たとえマリアでも治せないはずだ」
ニコル――レイドはいたぶり殺すために、内部に送り込んだ分体には特に指示を与えてはいなかった。
それでもその毒素が体を蝕み、衰弱させ続け、二、三日もすれば死に至る。そのはずだ。
そして自身と繋がっているがゆえに異物を排除する
「ハッタリをいうものじゃないよ。体内を食われ続け、毒素に汚染され続ける状態でどうやって?」
「分体だから浄化できないなんて、えげつない仕打ちをしてくれたものね。しかも逃亡時に顔も変えないなんて、少し私たちを舐め過ぎじゃないかしら?」
「……しかし、ここにいるのが君だけとは、そっちこそ舐め過ぎじゃないかな?」
「そんなわけないじゃない」
コルティナの発言をハッタリと斬って捨て、油断なく彼女を見据えるクファル。
彼の言葉に、パチンと指を鳴らすコルティナ。
その合図に呼応して、十名を超える騎士たちが街路から姿を現した。
彼らはクファルから距離を取った状態で包囲し、逃げ場を封じていく。
「自分の実力くらいは弁えているわ。騎士団の一部を借り受けてきたの。ついでに今頃、南の暴動も鎮圧されているはずよ」
「これは怖いね。しかしどうして? どうやって?」
「疑問ばかりね。答える義務があるのかしら? まあいいけど。南の騎士団を前もって動かし、空にしておいてから暴動を起こし、東西の騎士団を移動させる。その穴を埋めるために北の騎士団は最後に動くはず。手薄になった東西から仲間を逃がす振りをしつつ、あなた本人は最後に動いたこの北から脱出しようとする。私はそう読んだだけよ」
急いでこの場に急行したせいだろうか。やけに軽装の騎士たちがじりじりと包囲の輪を狭めていく。
攻撃を受ければそれだけで病毒を受けてしまうため、回避主体の装備にしたのかもしれない。
「なるほどね。しかし……いささか勉強不足と言わざるを得ないかな!」
クファルは手に持った荷物を遠くへ投げ捨て、コルティナへと襲い掛かった。
騎士たちは自分から距離を取っているため、襲撃から守るのに間に合わないと判断してのことである。
しかしコルティナも、動揺すらせず腰のポーチから
「
「ちっ、小細工を――」
「悪いけど、そっちが本職なのよ」
この魔法の存在に、クファルは突進を止めざるを得なかった。スライムである彼は、何に擬態していたとしても、その身体が液体であることに変わりがない。
氷の嵐が身体の各所を凍らせ、動きを鈍らせていく。その効果は通常の人間にかけた時よりも激しかった。
その攻防を合図に、騎士たちも行動を開始した。
いや、彼らは騎士といっても普通の騎士ではなかった。
金属を使わない装束を纏った彼らは、魔法陣を目の前に描き出す。動きを制限されない服装をしているので、その行動に淀みはない。
「魔導兵だと!?」
「その通り。普通の騎士を連れてきても、あなたには効果は薄いでしょ。だから、ね?」
騎士団といっても、皆が皆、剣を振るばかりではない。中には魔術を得意とする騎士たちも存在する。
コルティナはそういう能力を持つものを率先して集めてきていた。
「あなた専用に、水属性の魔法が得意なものを厳選しておいたわ。私たちの怒り、たっぷり味わいなさい!」
「く、レイ……騙……小娘……」
レイドに騙された小娘が――そういいたかったのだが、クファルの顎はすでに凍り付き、まともな発音を行うことができなかった。
その後、魔法は
「が、は……おの、れ……」
足に擬態した部分はすでに砕けた。
地に倒れた身体の部分も、容赦なく撃ち込まれる氷の魔法で地面に貼り付けられ、身動きが取れない。
コルティナまでの距離は絶望的に遠く、見上げる自分はあまりにも無力。
「まだ――僕はぁ!」
最後の悪足掻きか、クファルは身体の半分を強引に引き剥がし、コルティナへ迫ろうとした。
しかしそれも、再度撃ち付けられる氷の魔法によって封じられる。
やがて剥き出しになる、赤紫の球体。
小石程度の大きさではあるが、粘液の身体の中に合って明らかに固形を主張する物体が剥き出しになっていく。
同時に近付いてくる軽い足音。コルティナがそばまで歩み寄ってきたらしい。
しかしもはや、クファルには彼女を攻撃する手段は残されていなかった。
コルティナは冷たい視線で球体――核を見据え、手に持った長杖を振り上げ、そこに叩き付けた。
カシャン、と意外と透き通った音を立てて砕け散る球体。
同時にクファルの身体は、粉々に崩れさったのだった。
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