第546話 ルーキー
それから数日して、ガドルスから俺たちへ連絡があった。
依頼の詳細は、翌日に新人と一緒に採取に出ることらしい。そこで、前日に俺たちと顔合わせをするそうだ。
翌日の前日、つまり今日である。
荷物を積み込んだ馬車とクラウドの騎馬を、裏手の厩舎に預け、俺たちは待ち合わせ場所のギルドへと向かった
ストラールの冒険者ギルドに足を踏み入れると、中にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらに向く。
しかしこれは、俺たちにとってはいつものことなので、まったく気にしなかった。
俺は元より、ミシェルちゃんやフィニアまで一緒に居るのだから、男の眼がこちらに向くのは想定の範囲内と言える。
「あ、ニコルさん。依頼の方はこちらですよ」
「お久しぶりです。もう長いこと待ってます?」
「いえ、あちらの方もさっき来たばかりですよ」
そう言われて、俺は少しだけ安堵した。さすがに顔合わせの段階で遅刻とか、さすがに体裁が悪過ぎる。
受付のお姉さんに案内されて、待ち合わせの小部屋に案内される。
扉の前まで来たところで、お姉さんはそそくさとその場を去ろうとしていた。
「ここでお待ちになってます。あとはよろしく。揉め事は厳禁ですよ?」
「あ、はい。あの、なんで腰が引けてるんで?」
「いえいえ、そんなことは……それじゃ私はこれで!」
いうが早いか、脱兎のごとくカウンターへと戻っていった。
その行動に首を傾げる俺たち一行。
「あれ、なんだろ?」
「さぁ? なんだか、部屋に入りたくないみたいな態度だったね」
「それより早く挨拶しちまおうぜ。それにこの後、準備の確認もするんだろ」
この後新人たちと挨拶をし、そのあと採取依頼に出るための準備状況を確認する予定だった。
新人の場合、ここでの準備を軽く見て、大怪我をする場合がよくある。大怪我どころか、命を落とすケースすらあるのだから、甘く見れない。
その準備の段階から教えてやることが、今回の依頼だ。
そのためには、まず顔合わせを済ませないことには、話は始まらない。
「こんにちわぁ、このたび指南役を承った者で――ぴゃ!?」
人懐っこいミシェルちゃんが、明るく挨拶しながらドアを開け、奇声を上げた。
ギルドの内部で危険なことなどあるとは思えないので、何事かと俺とクラウドが肩越しに室内を覗き込む。
そこには椅子があるというのに床にガニ股でしゃがみこんでいる、新人冒険者の姿があった。
「あぁん、指南役だぁ?」
「チィーッス」
「遅かったじゃねぇか、オルァ!」
髪を逆立てたり剃り上げたりしてる三人の男。
よく見るとクラウドと同年代っぽく見えるのだが、服装のセンスがなんというか、特殊だった。
その棘付き肩当てに何の意味があるのか。なぜ上半身裸で鋲打ちベルトだけ巻いてるのか。その顔に入れた入れ墨に何の意味があるのか。
まるで世界の終わりに現れるという魔王の一族のような様相に、ミシェルちゃんだけでなく俺の動きまで固まった。
「無言とか態度でけぇなぁ?」
「センセー、チィーッス」
「挨拶もなしかよ、オルァ!」
逆に指摘されて、ようやく俺の硬直も解けた。とにかく今は、コミュニケーションだ。いかに辺境の蛮族じみた姿をしていても、一応は依頼人である。
「えっと、指南役を担当するニコルです、よろしく」
「あ、あの、わたしミシェ――」
「聞こえねぇよ!」
「ぴぎゃ!?」
モゴモゴと挨拶しようとしたミシェルちゃんの言葉を遮り、新人が恫喝する。
しかしここは向こうの主張もわからないでもない。
しっかりはっきりと自己紹介するのは、非常に重要なことだ。
「俺はクラウド、今日からしばらく、よろしく頼む」
「おう、しっかりな」
「えっと、フィニアです。四属性魔法が得意です」
「魔法! すげーな、姉ちゃん!」
「あの、あの、わたしミシェル……」
「あぁん?」
「ゆ、弓が得意で……」
「なんだ猟師かよ」
「うえーん、ニコルちゃん~」
ついになく出したミシェルちゃんの頭を撫でながら、俺は彼らをに注意しておいた。
「彼女はわたしたちの中でも一番の攻撃力を持ってるんだから、侮るのはやめて」
「あぁん? そういうアンタは何ができんだよ」
「干渉系魔法と斥候役。ついでにこのパーティのリーダー役」
「しょっぺぇ魔法のくせにリーダーだぁ?」
「干渉系甘く見るなよ?」
「んだよ、やんのかぁ?」
俺の言葉にいきり立つ新人たち。なるほど、これは予想外にヤンチャとしか言いようがない。
わざわざこんな場所まで流れてきたのも、本当に故郷を追い出されてのことだったのだと納得した。
「こっちは四階位で、依頼でこの場に来てるって理解していってる?」
「ハン、格付けをカサに着るとは、底が知れるぜ」
「あー、これはひねってやらないとわからないクチかな?」
「んだとぉ!」
ギルドから実力不足を指摘されて、こんな依頼を出したというのに、底が浅いのはどっちなんだか。
俺たちも受付のお姉さんから『揉め事は遠慮して』と言われているので、この場で実力行使に出ることは避けたい。
「まあ、顔合わせと事前準備だけのつもりだったけど、互いの実力を知るのも必要かな」
「いいぜ、いつでもきな。相手になってやんよ」
「ここだとギルドに目を付けられるでしょ。訓練場があるからそこに行こう」
ギルドには魔法の試射や、武器の具合を見るための訓練場が設置されている場合が多い。
このストラールのギルドにも、そういった施設はある。
こういった連中の鼻っ柱をへし折っておくのも、先達としての役目である。
最近加入した連中が訓練場の場所を知っているはずもないので、俺たちが先導して移動する。
だがその際に、妙な視線を腰の辺りに感じた。
いや、俺だけじゃなくミシェルちゃんやフィニアにも感じ取れたようで、どうにももぞもぞした様子で歩いていた。
見ると、背後からついてきている連中が、ニヤニヤしたイヤらしい視線を俺たちに向けている。
俺は溜め息一つついて、連中の視線を遮るべくミシェルちゃんたちの後ろへ回り込もうとした。
しかしそれより先に、クラウドが大盾を下げて俺たちの後ろに回り込む。
クラウドの視線を遮る意図を持った動きに、露骨に舌打ちして見せる新人たち。
「チッ」
「言っとくけどお前ら……」
「あんだよ?」
「見ての通り、彼女たちは可愛い」
「それがどうした?」
「ギルドの冒険者たちもそう思ってる。つまりアイドル扱いされてるんだ」
「だからなんだってんだよ?」
「ギルドの冒険者全員から袋叩きされたくなかったら、そういうのはやめとけ。おかげで俺がいつも、どれだけシゴかれてるか……血の小便が出ることもあるんだぞ?」
「お、おう……?」
クラウドの哀愁漂う忠告に戸惑いながらも、連中は大人しく首肯した。
意外と素直な面もあるのかもしれない。
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