第152話 対応策

 俺達はコルティナの元まで駆け戻り、急いで避難するように警告を発した。

 そしてミシェルちゃんがこの地を守りたいと思っており、それが可能だという旨も伝えてみる。

 だがコルティナの反応は簡潔だった。


「ダメ」

「どうしてですか!」


 一言の元に切って捨て、俺達も他の生徒と同じように避難するように命じてくる。


「例えできるとしても、ダメ。早く他の生徒と一緒に避難しなさい」

「でも――」

「いい? あなたは確かに普通じゃないくらい優秀な生徒。だけどあくまでも『生徒』なのよ。私たち教員にはあなたたちの安全を守る義務があるの」


 今回の遠征、冒険者支援学園からも、引率の教員はついてきている。しかし、普通の冒険者上がりの教員とコルティナでは格が違いすぎる。

 こういった異常事態に際し、指揮権は問答無用でコルティナに預けられている。

 その彼女が生徒の安全を第一に考え、こう指示してくることは俺も予想できた。


「ここを守るために……わたしならその力があるのに……ダメなんですか?」

「ダメな物はダメよ。例え出来たとしても、それを許したとあっては私の職務に反する。生徒の安全を守る事が今の私の職務なの。ここは堪えて」

「そんな!」


 コルティナの言い分はわかる。むしろ無茶を言っているのはミシェルちゃんの方だ。

 ここで生徒を危険な討伐に向けるようなら、教員なんて名乗れない。例え討伐の手段を持っていたとしても、教員ならばここは最優先で生徒の安全を確保せねばならない場面だ。


「ミシェルちゃん……」

「ニコルちゃんからも何か言ってよ!」

「……ここはコルティナの方が正しいよ」

「でも――!?」


 故郷を想起させるこの場所を守りたいという、彼女の意思はわかる。それでもコルティナには、立場上認めることはできない。いや、未成年の俺たちを戦場に立たせるようでは、教育者として失格だ。

 だから俺は彼女を少し強引に引き離し、コルティナから距離を取った。

 彼女は彼女で、他の生徒も避難させねばならない立場にある。いつまでも俺達だけに、手を焼いているわけにはいかない。


「どうしよう、このままじゃ……」

「うん、多分荒らされる」

「それがわかってて、どうして――」

「コルティナにも立場はあるよ。生徒の一人だけをひいきにはできないし、特別扱いもできない」

「危険なのは覚悟しているのに」

「それでも、だよ」


 だからと言っておとなしく引くミシェルちゃんではないのは、俺も知っている。

 このままだと、彼女はコルティナにも内緒で山蛇を討伐しに向かうだろう。

 そんな事態になったら、確実に彼女は死ぬ。


 確かに彼女は山蛇を打倒しうる火力を持っているし、命中させる腕もある……しかしそれだけだ。

 彼女だけではおそらく、山蛇の急所を見抜く事すらできず接近され、その巨体に押し潰されるか、丸呑みにされる未来しか見えない。 

 だから、どうしても協力者がいる。そして、それを活用する策も。


 ここで俺がすべきは、コルティナの面目を保ち、その上でミシェルちゃんの希望に沿う事だ。

 それは一見矛盾する行為なのだが……


 生徒を転移所に向かわせながら、コルティナとエリオット、それに他の教員たちが相談していた。

 俺は隠密のギフトを活用して、気付かれないようにその背後に忍び寄る。

 そこでは案の定、山蛇に対する対応が話し合われていた。


「まずは生徒を転移所まで退避させないと」

「いっそ首都まで退避させるのは?」

「それだと軍隊を送る魔力が足りなくなります。転移には大きな魔力を消費しますから」

「ですがコルティナ先生、それでは生徒の安全を確保できない!」

「例え首都に戻れたとしても、山蛇を放置したままでは安全とは言えませんよ。そのまま首都まで攻めあがってくるかもしれません」


 教員が話題に上げているのは、やはり俺たち生徒の安全だった。

 生徒を首都まで退避させた方が安全なのか、それともこの地で安全になるまで避難するのか。

 俺たちが退避してしまうと、首都の対応部隊がこちらに転移する魔力が枯渇してしまう。そうなると山蛇の被害がどこまで広がるか、わかったモノではない。

 かといってこの地で身を潜めるのも、安全なのかどうか。

 ここはあくまで田舎の地方。山蛇に対応できるだけの防衛戦力は期待できない以上、討伐は首都の戦力が必要になる。


「あちらを立てればこちらが立たず、悩ましいですな」

「よりによって今日……と言う感じですね。私たちがいなければ首都の戦力を運ぶ余力があったというのに」

「コルティナ先生なら、どうします?」


 教員の一人がコルティナに判断を仰ぐ。この場で一番発言力が高いのは彼女だ。

 おそらくは拠り所として意見を仰いだ程度なのだろう。災獣の脅威はそれほどに高い。


「そうですね……」


 コルティナはそこで一旦言葉を切り、ちらりと避難する生徒の隊列に目をやる。

 そして顎に手を当て、周囲に視線を飛ばした。

 俺は彼女に見つからないよう、人の後ろに移動して視線から逃れる。

 いくら隠密のギフトを使用していたとしても、直視されてしまえば隠れていることがバレる。


「確かこの領地の西側には大きな渓谷がありましたね? そこに誘い込めば少なくとも動きを制限する事はできるはず」

「なるほど。あそこは深い谷にもなってますから、いくら山蛇と言えど入り込んでしまえば身動きできなくなりますな」

「と言っても、山蛇の巨体ならば登れない高さじゃないですけどね。左右の動きを規制する程度の事はできます」

「登れるんじゃ、封じ込めるとまではいきませんねぇ」


 尋ねた教員としては、生徒の扱いを聞きたかったのかもしれない。だがコルティナは、討伐に関する戦略を答えていた。


「山蛇ならば餌で誘導する手もありますし、移動方法が地を這うしかできないわけですから、熟練の魔術師がいれば土壁アースウォール等の壁系魔法で進路を塞ぎ、渓谷へ誘導してもいいでしょう。半端な強度じゃ破壊されてしまうでしょうが、わざわざ目前の壁を破壊してまでその先を行くほど、明確な目的を持っているわけでもないですし、打つ手はあります。ただ今の私たちでは戦力が足りませんが」

「結局のところ、逃げるしかできませんか……」

「まあ、私たちはあくまで教員ですから。討伐は職務じゃないですよ」


 そう言って他の教員をなだめていたが、俺にしては先ほどの戦略は俺に向けて話していたように感じられた。

 ひょっとすると彼女は、俺がここで立ち聞きしていたのに気付いていたのかもしれない。

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