第153話 囮作戦

 俺は生徒の列に戻り、ミシェルちゃんとレティーナに合流した。

 二人は俺がどんな情報を持って帰るか、待ちかねたように身を乗り出してきた。


「先生方、どんな話をしてましたの?」

「コルティナ先生、やっぱりダメだって?」


 二人の勢いに俺は思わずのけぞる。両手で二人を押さえながら、先程聞いた内容を知らせる。


「たぶん、コルティナ――先生は、わたしが聞いていたのに気付いてたんじゃないかな?」

「気付いて……黙っていたんですの?」

「そりゃ、止めてほしいからじゃない? 先生からすれば『よし、倒しに行け』なんて言えない訳だし」

「だからこっそり、こちらに策を授けたと?」

「その可能性は微妙なレベルだけど存在する」


 俺の私見だが、それを聞いて二人は真剣な表情で考え込んだ。

 山蛇の位置は俺が小屋の男から聞き出している。討伐しようと思えばいつでも行ける。

 後はこの二人の意識次第というところだ。


「あの、ニコルさん……」

「ん?」

「ここから抜け出して黙って倒しに行く……とか言ったら、ダメだよね?」


 案の定、レティーナとミシェルちゃんは、恐る恐ると言う風情で俺にそう言いだしてきた。

 無論、俺の答えは決まっている。


「もちろん、ダメ。でも、できないことはない」

「じゃあ……叱られてもいいから、とか言ったら……」


 少し泣きそうな表情で、だが決然とレティーナは申し出る。

 俺はそれに答えて、抜け出す策を提案した。


「この先の森は見通しが悪い。そこなら列を外れても、目立たないはず」

「じゃあ、そこで!」

「うん。ミシェルちゃん、専用の鉄矢は何本持ってきている?」

「重いから、三本だけ。でもてて見せるよ」


 そう主張する彼女の声にいつもの勢いはない。しかし、いつもよりも強い意志を感じ取れた。

 いつもと違い、絶対外すものかという決意を感じられる。


「……矢の長さはそれほどじゃないし、山蛇の皮も肉も堅くぶ厚い。一撃で落とすとなると、目を狙うくらいしかない」

「うん、射抜いて見せるよ」

「じゃあ、わたしは山蛇を渓谷に誘導する役をやる」

「それ、一番危険なんだけど……」


 レティーナは呆れたように俺を見るが、この中で最も機敏なのは間違いなく俺だ。

 二番手のミシェルちゃんは、前もって目を射抜くポジションについておかねばならないので、誘導役はできない。

 レティーナも、彼女にしかできない仕事がある。


「大丈夫。わたしは小さいから、食べられても丸呑みされるだけ。その時はこの短剣でお腹を裂いて出て来てやる」

「見かけによらず、グロい事考えますわね」

「でも、気を付けてね?」


 呆れるレティーナとは対照的に、ミシェルちゃんは心配そうだ。おかげでこちらも、やる気が出るというモノである。

 そもそも飲み込まれた場合、その圧倒的な肉の質量にすり潰されてしまう可能性が高いため、おそらく腹に到達するまでに死んでしまうだろう。

 なのでこれは、あくまでミシェルちゃんの気を紛らわせるための冗談だ。





 俺は二人とは別れ、北へと向かっていた。そこは山蛇が迫ってきているというコースでもある。

 木々の隙間から地鳴りのような音が次第に響きだしてきた。

 おそらく近い位置に山蛇が来ているのだろう。


 土地勘が無いので、前もって用意していた地図だけで作戦を立てている。

 正直言って実際の地形がどうなっているのかわからないので、不安の方が大きい。

 それでも俺は何とかなるという確信を持って動いている。ミシェルちゃんの意気込みが、それだけ大きかったのだ。


「そろそろのはずなんだ――うぃっ!?」


 俺が変な声を漏らしたのも無理はない。

 木々の向こうから唐突に、本当にいきなり山蛇が頭をもたげ、姿を現したのだ。


 距離はまだ百メートル以上はあるだろう。それでも距離感が狂いそうなほど巨大な姿からは、息が詰まるような圧迫感を感じる。

 思わず足を止めた俺を無視し、山蛇は悠々とした仕草で周囲を見渡す。

 周囲の獣達はすでに逃げ出した後なのか、草のすれる音しか聞こえてこない。


「いや、違うか。蛇の威嚇音も」


 シューシューと、ヤカンが湯気を吹くような音が周囲に響いている。

 言うまでもなく、山蛇から聞こえてくる。


 これは威嚇音なのだが、これを放っているという事は、周囲に餌の存在を感知しているという事だ。

 他に獣の気配がないという事は……つまり、この場に存在する餌は俺だけ。完全に俺の位置を捉まれているという事になる。


 俺はその状況を悟り、じりじりと距離を取る。

 この距離はさすがに近すぎる。誘導するにしても、もう少し距離が欲しい。


 その動きを察したのか、山蛇は俺の方に向かって猛然と襲い掛かってきた。

 蛇は声を出さない。聴覚もない。その代わり温度を見る感覚は備わっているので、隠れても見抜かれる。

 俺のギフトの一つが完全に無効化される相手だ。


「ぬわあぁぁぁぁぁぁ!?」


 頭の位置は変えずに、身体を左右にくねらせてこちらに猛然と迫ってくる。

 そのくねらせる動きのたびに、森の木々なバキバキと薙ぎ払われていく。

 俺も足を糸で強化し、同時に手からも糸を飛ばし、引っ張るようにして加速した。

 その速度と、蛇の進行速度がほぼ一致している。

 これは誘導する側としては、引き離し過ぎずに済むので、それに気を使わなくてありがたいとも言えた。

 一瞬でも気を抜くと追いつかれるのが難点だが。


 木々の間を駆け抜け、斜面を駆け下り、やがて大きめの川に辿り着く。

 この川は、今は森の中を流れる川に過ぎないが、やがて谷間に流れ込み渓谷に合流する流れだ。

 俺は木の枝に糸を飛ばし、振り子のような動きで川沿いを下っていった。

 意図的に宙を振り回される事で、人間ではありえないほどの速度で川沿いを下り、渓谷の中に突入していく。

 だがその速度ですら、山蛇を振り切るまでには至らない。下り坂の斜面は、奴にとっても加速の要因だったからだ。


 背後には山蛇もしっかりとついてきている。

 やがて俺は、予定されたポイントへ到達した。そのタイミングを見計らったかのように轟音が響き、左右の崖が崩落し、岩が雪崩を打って降りかかってくる。

 俺は間一髪、雨のように崩れ落ちる岩を躱しきり……川の中へと飛び込んでいったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る