第154話 山蛇討伐
渓谷に入ってしばらく進んだところで、レティーナが崖の上に姿を現した。
彼女もこちらを確認し、一つ頷く。ここまでは計算通り。
想定外だったのは、山蛇の移動速度が想像以上に早かったため、俺との距離を開ききれていなかったことだ。
それでもレティーナは、決然と詠唱を開始し、魔法を発動させた。
このままでは、いずれ俺が追い付かれ、呑み込まれると判断したからだろうか。
使用しているのは、彼女の使える魔法で最も効果の高い
それが対岸の崖に突き刺さり、爆発を起こす。
長年の風雨に晒され、風化した崖はその一撃で脆くも崩れ始める。
そして崩れた岩塊は、俺と俺に迫っていた山蛇に向けて、雪崩を打って降り注いだのだった。
その岩を、俺は紙一重で躱しきる。
糸を使った身体強化と、
その結果、雨のように降り注ぐ岩塊を縫うように擦り抜け、神技と呼ばれてもおかしくない回避を持って危険地帯を離脱した。
だが俺の背後に迫っていた山蛇に、そのような真似はできない。
技術的な物はもちろん、回避するスペースがこの渓谷には無いのだから。
深い谷にその巨体を捻じ込んだからこそ、左右の動きが制限される。
そして、岩塊に押し潰されたことで、上下の動きも制限された。
無論、岩の崩落に巻き込まれたくらいでは、山蛇は大したダメージを受けない。それだけの生命力と皮膚の厚さを持っている。
この程度の岩の量では動きを封じるのもそう長くはない。狙撃するならこのチャンスを活かすしかない。
だが、巻き起こった土煙が山蛇の頭部を覆い、目標である眼を隠す。
そこでレティーナが……いや、彼女のそばにいた存在が、次の一手を放つ。
「カッちゃん!」
「キュ!」
彼女の声に、勇ましい気合の篭った――多分だが――鳴き声が返ってくる。
続いて巻き起こった暴風。
それは山蛇の頭部を覆っていた土煙を一気に吹き飛ばした。ついでに周辺の水も掬い上げ、中へと吹き飛ばす。無論、水の中に飛び込んでいた俺も一緒に。
「にゃわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
いささか情けない悲鳴を上げながらも、俺は宙に舞い上げられた。
しかしこれは必要事項でもある。
直後起こったのは閃光。
脆そうな崖を見繕い、レティーナが魔法で崩して山蛇を下敷きにする。
カッちゃんの魔法で土煙を払い、ついでに俺も空中へと退避させる。
そして、動きを止めた山蛇を狙える位置に陣取ったミシェルちゃんの、
ありえないほど強靭な反発力を持つ大弓を、これまた信じられないほど高度な強化魔法によって引き絞り、放たれた鋼鉄の矢。
ご丁寧に
それがまさに空気を裂いて――音の壁すら突き破って山蛇の頭部を射抜いた。
その一撃は狙い過たず、山蛇の左目に突き刺さる。
そして、一瞬後には頭部の反対側を突き破ってしばらく飛翔し、水面に突き刺さった。
着弾点で盛大に水柱を巻き上げ、地形が変わるほどの破壊の嵐を巻き起こす。
一拍遅れて衝撃波が追い付き、川の水を巻き上げ、崖を削り、山蛇の頭部を血煙になるまで粉砕した。
もし俺が、今も崖下に残っていたら、あの大惨事に巻き込まれている所だった。
それを避けるために、わざと、意図的にカッちゃんの魔法で巻き上げられていたのだ。
決して、いつものうっかりの結果ではない。
高々と舞い上がった高空から、頭部が霧散した山蛇を確認し、俺はレティーナとミシェルちゃんに向けて
向こうも山蛇の死亡を確認し、空高く舞い上がった俺に向けて、合図を返してきた。
そこにはまるで、やり遂げた男(?)の顔をしたミシェルちゃんの笑顔があった。
おそらく彼女は、この後、魔道具を使用したデメリットによる筋肉痛にのたうち回る事になるだろう。
それでも守るべき風景を守りきれたことで、充分な達成感を得ているに違いない。
俺もそんな彼女を見れて、非常に満足である。
そのために蛇に呑まれかけ、猫のような悲鳴を上げて森の中を駆けずり回り、砂埃にまみれて空に吹き飛ばされた価値は充分にある。
やがて俺の身体は上昇の頂点を通り過ぎ、緩やかに下降へと変じていった。
そこで俺は気付いてしまった。
ここまでは完璧に作戦通り。想定のままに事態は推移し、山蛇を討伐することに成功した。
だが、俺はここから先を全く考えていなかった。
「……………………どうやって下りればいいんだ?」
舞い上がった上空。俺の左側には切り立った崖。右側には崩落した崖。
ようやく事態に気付いたのか、レティーナがわたわたと左右に動き出した。無論、打つ手は彼女に無い。
ミシェルちゃんはいまだ気付いていないのか、やりきった笑顔のままである。
俺はとっさに崖に糸を飛ばし身体を支えにかかる。
しかし、それは悪手だ。しかも致命的な。
落ち着いて考えればわかる事だったが、落下中に側面に支点を作れば、俺の身体は振り子のように動くのは自明の理。
つまり、俺の身体は落下の勢いのまま、崖に叩き付けられることになる。
「うっそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
絶叫しつつ、空中で受け身の体勢を整える俺。
必死で足を崖に向け、壁面に着地する姿勢を取った。
もちろん、非力な俺の身体でそんな衝撃を支えられることはできず、したたかに壁に叩き付けられることになる。
衝撃で糸も外れ、俺はそのまま川へと転落していったのだった。
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