第11話 モンスターの襲撃
マリアやフィニアと先日村の外に出てみたが、やはり閉塞された雰囲気のある村の中とは、開放感が違う。
ましてや先には甘酸っぱい果実が待ち受けているとなれば、子供たちの足が軽くなるのも頷けた。
あっという間に目的の木に辿り着き、もぎ取り役が我先にと登り始める。
「ちょっと待って!」
「ニコルちゃんも登れるんだろ? 早くおいでよ!」
挑発的にそう声を掛けてくる男の子に、少々ムッとしながらも、俺は手早く木に登り始める。
素早く枝の先まで進み、果実に手を伸ばそうとしたその時――
そこで、俺は視界の端に動く影に気が付いた。
それは西側の草原を、隠れるように移動し、村に迫っていた。
「あれは――コボルド、か?」
コボルド、この世界でも最弱に位置するのモンスターだ。
二足歩行する犬のような姿をしているが、その本質は野獣に近い。
それでいてバカな人間と同じ程度の知性を持っているため、危険性のわりに性質が悪い。
残虐な殺人鬼の気質を持つ、人間の器用さを持つ犬と言えば理解できるだろうか?
そんなモンスターが群れを成して村に迫っていた。
大人なら問題なく追い払える程度の危険性しかないモンスター。だが問題は奴らの体格は、子供と大差ないと言う事だ。
いつもなら村に入り込んでも、畑や軒先の野菜を荒らす程度の被害しかない。
だが子供だけの俺たちなら――充分に危険な存在になる。
「まずい、コボルドだ! みんな大人たちに知らせて!」
木の上という高い視点があるから発見できたが、そうでなかったら奇襲を受けていたかもしれない。
この村にはライエルという最終兵器がいるため、大きな被害が出る事はないだろう。だがそれは村の内側に限った話だ。
今の俺たちに、あのコボルドを追い払える能力はない。
俺の言葉を聞いて、村の子供たちが泡を食って駆けだしていく。
本当なら真実かどうか疑う所なのだろうが、この村ではモンスターのリスクと言うのは常時晒されている危険だ。
こんな嘘をついても何の得にもならないのだ。
「おじさん、コボルドが出たんだって! ライエル様呼んできて!」
村から少し外れているとは言え、ここはまだ村のそばである。
しばらく走れば村人は頻繁に行き交っているのだ。
その村人に声を掛ける子供の声を、俺は聞き取っていた。
だが俺はまだ木から降りていない。コボルドは明らかに、こちらの目を避けるべく行動している。
監視の目を外して見失ったら、厄介な事になるかも知れないのだ。
「に、ニコルちゃん、早く逃げようよ」
「ダメ、お――わたしはここで監視するから。君は早く村に逃げて」
「そんなこと、できる訳ないよ!」
子供たちの中の一人の女の子が、そう言って頑なに避難を拒否してきた。
友達を見捨てる事ができないという意味なのか、それとも俺の親であるライエルとマリアを恐れての事なのかわからない。
だが彼女は俺のためにここに残ると決断していた。
それは俺にとって、正直に言うと余計な覚悟だ。
「チッ」
俺は下の子供――少女に聞こえないように、小さく舌打ちした。
ここは村の外、つまりコボルドに最も近い場所にある。
コボルドに襲われるとすれば、木の下で待つ彼女が真っ先に襲われる事になるのだ。
「この木に登れる?」
「う、うん――」
「じゃあ、早く登ってきて。下にいると危ないよ」
コボルドは犬科の性質を引きついている。
爪の出し入れが苦手で、木に登る事ができない。下にいるよりは、安全なはずだ。
少女がおっかなびっくりした仕草で木に登り始める。
だが子供たちの声に反応して、コボルドたちもこちらに気付いたようだ。もはや身を隠す事も忘れて雄叫びを上げてこちらに向かって殺到してきた。
「早く!」
「ま、待って……私、木登りは得意じゃなくて」
「敵は待ってくれない!」
このままじゃ彼女が登りきるまで間が持たない。
コボルドの足を止めないと、彼女の命は無い。
「そのまま登り続けて!」
俺はそう声を掛けて、枝を伝って地上に飛び降りた。
深い下草がクッションになって、飛び降りてもダメージは受けない。
俺だって仮にも英雄を目指す身である。ここで少女を見捨てるという選択肢は存在しない。
今の身体では、コボルド程度でも倒すことは不可能だろう。
だが無理に倒す必要などない。時間を稼げばライエルも、マリアだってやってくる。
武器が無いのが不安だが、木の実をとるという事で小さなナイフを持ってきていた。これで戦う事も、何とかできるだろう。
村人が駆け付けて来るより早く、コボルドたちの方が先にやってきた。
口から涎と舌を垂らしながら、こちらに襲い掛かってくる。
その数は三匹。その後方に、さらに二匹。
間近で見るコボルドに、木の上の少女が悲鳴を上げた。
後ろのコボルドが気付いたようだが、そこに辿り着く手段は奴等にはない。
「つまり、俺がここで粘ってれば、お前らは村に被害を与えられないって訳だな」
生前の視線を思い出し、俺は口の端を吊り上げて嗤う。
ほぼ同時に先頭のコボルドが襲い掛かってきた。
今の体力では正面からコボルドを受け止める事もできないので、サイドに躱しながら首筋にナイフを走らせる。
だが握力が弱いせいか、硬い毛皮を切り裂く事ができない。
それでも無傷とは行かなかったらしく、コボルドは苦痛に身を捩らせて、悲鳴を上げた。
怯んだその隙に別の一匹に対応する。
最初のコボルドを躱した時、別のコボルドから遠ざかる方に避けているので、攻撃に時間差が発生しているのだ。
そのズレを利用して、もう一匹にナイフを振り抜いた。
やはり攻撃は毛皮を切り裂く事はできない。
それでも時間を稼ぐ事ができる。それこそが今の俺の目的だ。
しかし相手は五匹。こちらは一人。時間を稼ぐといっても限界がある。
既に半ば包囲されつつある。
俺はサクランボの木を利用しながら死角を作らないように位置取りを調整する。
コボルドたちも予想外の痛撃を受けて、攻めあぐんでいた。
「グルルル……」
威嚇の唸り声を上げるコボルド。
この睨み合いの時間ですら、俺にはありがたい。すでに俺の手足は限界を超えた動きに痺れ始めている。
このままでは、長くは持たない。
「とは言え、無理でも長く持たせないといけないんだけど……」
体勢を低く落とした一匹を見逃さず、足元の草を蹴り上げ視界を潰す。深い草叢が俺に有利に働いてくれた。
その隙に反対の一角に向かって体当たりを敢行する。
これで敵の包囲を突破し、後は引き摺り回して時間を稼ぎ、増援を待つ算段だ。
だが俺の思惑は一瞬にして崩れ去った。
あまりにも幼い、小さな体では、コボルドを突き倒す事ができなかったのだ。
逆に跳ね返され、地面に転がる俺。
その隙を見逃すほど、コボルドたちも愚かではなかった。
こちらが体勢を立て直せないまま、コボルドたちは俺に殺到してきたのだった。
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