第10話 友達と木登り

 翌日から、俺は連日のように子供たちの襲撃を受けるようになった。

 変化のない村の子供たちにとって、俺の青銀の髪と色違いの瞳は、愛らしい容姿は好奇心を刺激するに足る代物だったらしい。

 それにこの村の子供の数は十数人しかいない。無論、いくつかの村を束ねる教区で見ればこの数倍はいるのだが、村の間は気軽に行き来できるほど近くではないのだ。

 そんな閉鎖されたコミュニティだからこそ、新しい仲間である俺は、ぜひとも巻き込みたい存在だったと言える。


 俺が住んでいる屋敷は村の中でも大きな方の屋敷だ。

 だがそれは救世の英雄たるライエルとマリアの自宅としては慎ましい限りと言えよう。


 石造りの二階建て。

 各階に四部屋ずつ。一階にはそのほかに食堂、リビング、厨房、風呂、書斎がある。

 二階にはそれらが無い代わりにバルコニーが設置され、洗濯物を干したりできるようになっていた。

 小さいながらも内庭も存在し、その一角には馬房が設えられ、二頭の馬が繋がれていた。


 庭にはライエルが訓練した足跡が堅く踏みしめた跡として残されており、それが奴の生真面目な性格を証明していた。

 来る日も来る日も、ここで型を流して地面を踏み固めていたのだろう。


 庭と街路の境は背の低い植え込みと柵で区切られていて、その気になれば子供でも超えられる程度の物しかない。

 治安のいい村だからこその、大雑把な処置だ。


 その柵を潜って子供たちが襲撃を掛けてくるようになったのだ。

 それまでは英雄の家と言う事で、ここに忍び込もうという子供たちはいなかった。

 それに俺も人目を避けるように訓練していたので、存在を村人に知られる事は無かったのだ。

 無論、俺がいる事は村人も知っているが、実際に目にしたことはほとんどないはずである。


 とにかく、そんな俺が自分たちと変わらぬ子供と知った事で、彼等はその警戒心の壁を取り払ってしまった。

 日中から堂々と壁を乗り越えて、俺を誘いに来たのだ。


「ニコルちゃーん、あそぼー」

「村の外れの木にサクランボが生ってたんだ、食べに行こー」

「もうまた! 男の子たちはすぐ食べ物の事ばっかり話すんだから」


 案の定、こっそり魔力操作の訓練を行っていた所に子供たちが襲撃を掛けてきた。

 この家の主であるライエルは、警邏の仕事があるので日中は屋敷に居ない。

 同時にマリアも教会の仕事があるので、屋敷にはいない。


 最近は俺の手がかからなくなってきたので、教会の仕事を再開したのだ。

 無論、三歳児を一人屋敷に残す訳には行かないので、使用人のフィニアが俺の面倒を見てくれている。


 そのフィニアも、今は屋敷の掃除で目を離している。

 使用人としてはあまり褒められた事ではないのだが、屋敷の管理と子供の世話を同時に押し付けられているのだから、多くを求めるのは酷というモノだ。

 そもそも普通の三歳児は俺のようにアクティブに動き回ったりしない。多少目を離しても、問題はないはずなのだ。


 子供たちの誘いは俺にとって、本来なら有難迷惑な物だ。

 だが今の俺は平均的な幼児よりも遥かに華奢である。

 彼等と遊ぶだけでも、充分に体力錬成になるのだ。


「うん。じゃあフィニアに知らせてくるね」

「わかった、まってるー」


 できるだけ子供っぽい声色を作りながら、俺はそう答えた。

 彼等と遊ぶ事は、孤独を好んでいた俺を心配していた両親を安心させることに繋がる。

 ライエルはともかく、生前から世話になっているマリアは心配を掛けたくないのだ。

 それに遊び疲れると、夜早々に寝入ってしまうため、帰宅後鬱陶しいくらい構ってくるライエルを躱す事ができるのだ。


 とは言え、いくら俺が大丈夫とは思っても、黙って姿を消したらフィニアが心配する。

 下手をしたら、ライエルに連絡が言って、なおさら暑苦しい事態になるかも知れない。

 そうならないように前もって連絡しておく必要があった。


 フィニアは少し心配そうな表情をしたが、他の子供達と一緒と言う事もあり、外出を許可してくれた。

 もちろん村の外へ出るのは厳禁した上で、だが。


 子供たち五人と連れ立って、村の外れにある木までやってきた。

 この村の周囲には様々な木が植えられていて、四季折々の果物を収穫する事ができる。

 この木は誰の物という訳でもないので、子供たちのオヤツ代わりになる事が多い。


 目当てのサクランボの木も、子供たちの楽しみの一つになっているのだ。

 サクランボの木はそれほど背が高くなく、枝振りもいいため、子供でも簡単によじ登る事ができそうだった。


 青々と茂った葉の隙間から、赤い小さな果実が顔を覗かせている。

 下草も力強く茂っているため、落下しても大怪我を負う事はなさそうだ。

 子供たちが三人組に分かれて木に登り始める。

 一人は下でサクランボを受け止める役。一人は念のため落ちたら受け止める役。もう一人が木に登って、サクランボを落とす役だ。


 今、子供は六人しかいないので、二チームしかできない。

 俺は同じ年頃の子供達とサクランボを集めに掛かった。


「じゃあ、お――わたしが木に登ってサクランボ落とすね」

「え、ニコルちゃん、大丈夫なの?」

「大丈夫、こう見えても体は軽い方だよ」


 転生前は俺だって英雄の一員だった。前世から筋力や持久力には問題を抱えているが、反射神経や身の軽さには人並み以上の自信がある。

 木登り位なら朝飯前だ。俺は短い手足を精一杯伸ばして、ヒョイヒョイと枝を登っていく。

 その速度は三歳児にはありえない速さだった。

 だが持久力はやはり致命的な問題だ。枝を登り切った頃には息は切らせていた。


「おーい、ニコルちゃん、本当に大丈夫?」

「だ、だいじょぶ……まかせて」


 情けない事だが、息が上がって指先が震えている。

 だが果物を取るくらいは問題がない。俺はゆっくりと枝の先に移動し、サクランボの実をもぎ取っては地上の子供に落としていった。


 やがて取りやすい所は全て取り終え、地上に降りていく。

 そこで皆と一緒に、新鮮なサクランボの酸味に舌鼓を打って、春の味覚を楽しんだ。

 俺としては充分腹は満たされた。サクランボ自体は結構な量があったのだが、育ち盛りの子供たち六人の腹を満たすには、少々物足りなかったようだ。

 特に男子連中は、物足りなさそうにしていた。


「なぁ、あそこの木にも生ってるから取ってこない?」

「え、あの木って柵の向こう側だよ?」


 男の子の一人が一本の大木を指差して、そう言う。

 それはモンスター除けの柵の向こう側にある、サクランボの大樹。おそらくは鳥が咥えていった先で芽吹いたのだろう。

 だがそこは、僅かとは言え村の外だった。


「あぶないよ。お父さんに怒られちゃう」

「大丈夫だよ! だってあそこまで、ほんの少しじゃん? モンスターが出ても走って戻れば逃げ切れるもん」

「そーかなぁ」


 男達の勢いに、俺と同じ女の子の一人が押され始める。だが、これはよくない傾向だ。


「ダメだよ。ちゃんと村の中ならって条件でここに来たんだもの」

「ちぇっ、じゃーいいよ。おれたちだけで行くから!」


 煮え切らない態度の女子に業を煮やして男達が柵を潜っていく。

 モンスターを排除するのが目的の柵は、隙間が大きく、子供なら容易に潜る事ができるのだ。


「あー、もう!」


 いくらなんでも、子供だけで外に出るなんて言う暴挙を見過ごす事なんてできないじゃないか。

 俺は、地面を一蹴りして苛立ちを表明した後、その後を追いかけたのだった。

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