第9話 初めてのおでかけ
翌日、俺たちは弁当を携え、西の草原へハイキングに出かける事にした。
だがライエルだけは警邏の仕事があるために付いて来る事ができなかったのだ。
朝から滂沱の涙を垂れ流して号泣するライエルは、非常に暑苦しかった。
「ニコル、パパがついて来れなくて残念ね」
「ちがうし」
「強がっちゃって」
俺の態度を勘違いして、マリアはいつもの微笑を浮かべていた。
彼女の目には、俺の態度は父親と一緒に遊びに行けず、ふてくされているように見えているのだ。
実際の所は、日課の鍛錬ができずにふてくされているのだが。
だが考えてみれば、ここ最近の鍛錬で疲労が蓄積していたのは事実である。
今日は身体を休めるつもりで、ゆっくりするのもいいかもしれない。
元仲間であるマリアはもちろん、フィニアもかなりの美少女である。
マリアが人妻である事を考えなければ、両手に花のハーレム状態なのだ。
無論、俺も女になってしまっているのが、難点と言えば難点ではある。
「ほら、ニコル様。これが私の匂い袋に使ってる花ですよ」
フィニアが小さな紫色の花を持ってきて、俺の鼻先に持ってくる。
すると昨日嗅いだ花の香りが、昨日よりも強く漂ってきた。
「これを乾燥させて、いくつかの花と組み合わせて袋に詰めると匂い袋になるんですよ」
「へー」
俺はポプリにはあまり興味はないので、フィニアの説明には生返事を返していた。
だけど、彼女の楽しそうな表情は、見てるだけで幸せな気分になってくる。
そんな幸せな時間も、すぐに終わった。甲高い声の闖入者が現れたせいだ。
「あっ、マリア様だ! こんにちわー」
「マリア様、おはよー」
村の方角から子供たちが数人、マリアに向けて駆け寄ってきた。
瞬く間にマリアが取り囲まれ、手を引っ張られてくるくると回される。
フィニアも一緒に、子供たちの餌食になっていた。
「あ、この子誰?」
「お姉ちゃんの妹?」
「髪きれ―。腕細ーい」
「わっ、わっ!?」
今度は子供たちが俺にたかってくる。
瞬く間にもみくちゃにされ、髪がばさばさにされてしまった。
俺の髪は背中の中ほどに達するほどに長い。俺としては髪は短くしたい所なのだが、マリアとフィニアが強硬に反対したのだ。
泣きそうな顔をされては、俺も頑迷に散髪を主張する訳には行かなかったのだ。
その髪はマリア譲りの青銀色で、光のように艶やかだ。
しかも俺の目はマリアの赤と、ライエルの碧を同時に受け継いでいて、左右で色が違う。
子供たちの無遠慮な好奇心を刺激するには、充分な代物だったのだ。
「目の色違うー」
「へんなのー」
「はーなせー!」
挙句の果てに頬まで引っ張られるとあっては、俺も無抵抗にはいかない。
手を払ってフィニアの後ろに隠れてやり過ごす。
「ほらほら、ヤンチャしないの。この子は私の娘のニコルよ。みんなも仲良くしてあげてね?」
「へー、ニコルっていうのかぁ」
「おともだちー」
「いっしょにあそぼー!」
「ちょ、まっ――手を引っ張らないで」
傍若無人と紙一重な子供たちによって、俺はフィニアから引き離された。
そのまま容赦なく散々引き摺り回された。子供の体力は侮れない。いや、俺も子供なんだけど。
「あっちにラベンダーの花があるの。匂い袋作るなら一杯いるでしょ?」
「えー、向こうで木いちご狩りしよーぜ! おやつになるし」
「もう、男の子達はすぐ食べ物に走るんだから。そんなのじゃニコルちゃんに嫌われるわよ」
「なんでだよー。おまえらもあまいの好きだろ!」
「それはそれ、これはこれなの」
もはや俺の主導権は存在しない。
こうして俺は、そのまま強引に引き連れられ、野原を駆けずり回る事になった。
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