第8話 神の祝福


 俺が喋れるようになってから、さらに二年と少しが経った。

 その間に知った事も多い。例えば俺の外見だ。


 赤ん坊の頃は首の動きすら思うままにできなかったので知らなかったが、俺の髪はかなり細い銀糸のような青銀色だった。

 しかも鏡で見た所、肌の色は病的と言っていいほどに白く、なにより両の瞳の色が違うのが特徴的だった。

 右目が赤、左目が碧の色違い。ライエルの碧眼、マリアの赤眼を別々に受け継いだ事になる。


 その特徴的な外見と相まって、かなり目立つ風貌と言える。

 顔の造作も我ながら非常に愛らしく、幼いながら将来の有望さが見て取れる。


 無論、それ以外にも身体自体は成長はしている。

 だが、あれから魔法と体を鍛えようとあれこれ頑張ってみたが、その効果はあまり芳しいモノではなかったのだ。


 魔法はいまだ体内に存在するものの、制御しようとすると意識の手の中で暴れて、思う様に操作する事ができないままだ。

 身体を鍛える方も、この身体はどちらかというとマリア似のようで、年齢相応の子供と比較してもやや虚弱に感じる。

 いや、マリアとて過酷な冒険を乗り越えた猛者である。その身体能力は一般人より遥かに強い。だがそれでも、同じ経験を積んだ俺達の中では断トツで虚弱だったのだ。

 俺としては勇者であるライエルに似て欲しかったところだが、どうやらマリアの血を濃く引いているみたいだ。


 今日もこっそり一日の訓練を終え、家族で暖炉の前に集まって団欒を楽しんでいる。

 もうすぐ三歳になる俺は、歩く足もかなりしっかりしてきたので、家の中を自由に歩けるようになっている。

 だがこの夜は床に座り込んで、指のストレッチに励んでいた。

 体力は既に消耗しているが、こういう細かな部位のストレッチならば、体力の消耗は少ない。


「うぅ~」


 指を絡めたり伸ばしたりしている俺を、背後のソファに座ったライエルが微笑ましそうに眺めている。

 暖炉の横には編み物に興じるマリアと、そのそばに控えるフィニアがいる。


 俺は尻をぺたりと床に付け、膝を揃えて踵を尻の横にもってくる、俗に言う女の子座りをしていた。

 男には骨格的にキツイ座り方らしいのだが、この身体だと苦も無く座る事ができる。

 どうやらこの身体は筋力や持久力にはかなり問題を抱えるが、器用さや柔軟性はかなり持っているようだった。


 俺はこっそり左足を広げ、そして右足を小さく蹴る。

 これで数センチ、俺は左にずれる。


 これを何度か繰り返して、じりじりと左へと移動していた。

 だがそんな俺を、ライエルが背後から抱き上げて膝に乗せる。


「ヤ、はーなーしーてー!」

「そう嫌わないでくれ、ニコル。たまにはパパと遊んでくれないか?」

「むぅ~」


 俺は身体を捩って、ライエルの膝から飛び降りた。

 俺としてはもっとハッキリと『やめろ、放して』発音したつもりなのだが、声帯がまだ未発達なため、どうしても幼児言葉になってしまう。


 そのまま俺は保護してくれる先を瞬時に識別する。

 飛び降りた俺を見て、マリアが手を広げて迎え入れようとしていた。

 だがかつての仲間の胸に飛び込むのは、さすがに照れくさい。

 そこで俺は、マリアの隣に立つフィニアの胸に飛び込んでいった。


 小柄な彼女だからこそ、胸まで飛び上がる事ができた。

 急に飛びついてきた俺を、フィニアは慌てて抱き上げる。

 彼女はエルフらしく、肉付きの薄い体つきをしているが、細い腰やふんわりと柔らかな胸が確かに女性を感じさせる。

 そして、かすかに花の香りが漂ってきて、心地よかった。


 俺は匂いの元をたどると、それは彼女の腰のあたりに吊るされた小さな袋から漂ってきていた。

 恐らくは野草で作った匂い袋ポプリだろう。

 そんな素朴な香りを纏っている彼女は、香水を帯びた貴族の子女よりも好感が持てる。


 俺はそんな彼女の腰に手を伸ばし、匂い袋を取って中を確かめようとした。

 それは別に、何か意思が有ってやろうとした事じゃない。この素朴な香りの元を確かめたいと思っただけだ。


 だがそんな俺の行動を見て、マリアはクスクスと笑みを浮かべていた。


「ニコルもやっぱり女の子なのね。匂い袋に反応してるわ」

「それほど珍しいモノではないのですが」

「それでもいい匂いがする物は気になるのよ。スカートを履きたがらなかったり、ライエルに剣を教えてくれとせがんでたり、まるで男の子みたいだったもの」

「ニコル様は可愛らしいですよ? 他の村の子よりもずっと!」


 フィニアは俺を抱き上げたまま力説する。

 確かに俺の外見はマリアに似て、非常に清楚で大人し気な外見をしている。

 しかも平均よりもかなり小柄で非力なため、まるで貴族の子女のように愛らしく見えるらしい。


 だが俺が目指すのは、そこの憎たらしいライエルのスタイルだ。

 身の丈に匹敵する剣を自在に使いこなす、勇者の姿。かつての俺が目指し、届かなかった姿。

 だがこの身体では、今世でもその姿には届きそうになかった。


「そうだ、フィニア。明日みんなで匂い袋を作らない?」

「みんなで、ですか?」

「ええ、村の西が草原になっているでしょう? そろそろ温かくなってきたから、花も咲いてきているでしょ」

「確かにそろそろですが……村の外は危険では?」

「そこはフィニアがいてくれるじゃない」

「むしろ私がマリア様に守ってもらいたいのですが?」

「私は接近戦が苦手なの」

「知ってます」


 マリアは神官戦士ではなく、純粋な後衛だった。

 その運動能力は六英雄の中でも最も低く、後衛ながら獣人のコルティアやエルフのマクスウェルにすら及ばなかった。無論、それでも一般人を凌ぐ程度のものは持っているのだが。

 まぁ、今では俺の方が遥かに劣っている。


「決まり、ね? じゃあ明日はお弁当持って草原ね」

「ハァ、分かりました」

「もうすぐ洗礼の儀があるから、その前に息抜きしましょ」


 洗礼の儀とは、生まれて3年経った子供が受ける儀式で、その子が授かった能力を調べる儀式でもある。

 この世界では祝福ギフトと呼ばれる能力を授かる子供がいて、そのギフトによる恩恵は圧倒的な効果を持ち主に与えてくれる。


 例えば、無制限に物を収納できる異空間を持つ異空庫やその名の通りの不老不死、目を合わせるだけで魅了する異能のような神話級の能力から、ライエルやマリアが持つような戦闘術や高速詠唱の様に戦闘で役に立つ物、果てはジャンケンの才能という役に立たなさそうなものまである。

 異能を与えてくれるものはもちろんだが、剣術のような技能を持つだけでも、その効果は大きい。

 ギフトがあるだけで、一般人が十年かけて辿り着く高みにほんの一年で到達したりする事もあるのだ。


 無論、ギフトが無くとも剣は使える。だがその有無によって、修行で得られる成長速度が段違いに差が出てしまう。

 それを調べる儀式とあって、この世界の住人は非常に真剣な表情で洗礼に挑む事になるのだ。


 ちなみにライエルの持つギフトは戦闘術とタフネス。

 これは戦闘に関する技術と、持久力の高さを伸ばすものだ。

 これにより、奴は無尽蔵の体力を発揮して戦い続ける事ができる。


 ガドルスの持つギフトは盾術と頑健。

 これは盾によって敵の攻撃を受け止め、また盾で敵を弾き返す攻撃もできる。そして頑健は敵の攻撃に耐える能力だ。

 この二つによってガドルスはパーティの生命線ともいえる防御力を発揮できていたのだ。


 マリアは神の奇跡と高速詠唱を持っていた。

 これは神聖魔法による才能と、それを瞬時に発動させる能力だ。

 これにより彼女は、即座に神聖魔法を飛ばす事ができる。

 一秒以下の攻防を繰り広げる戦いでは、彼女の魔法はガドルスに並ぶ生命線だ。


 マクスウェルのギフトは全属性魔法適正と魔力強化。

 あらゆる魔法を使いこなす能力と、その魔法の効果を強化する能力だ。

 強大な魔力で範囲攻撃を放てるマクスウェルは、ガドルスとは対極の攻撃の要だった。


 コルティナは神算鬼謀と高速演算。

 神算鬼謀は敵の策略を見抜き、戦略、戦術の最適解を導き出す能力で、高速演算はその名の通り、瞬時に計算する能力だ。

 この二つのギフトの組み合わせで、視界に入った情報を即座に処理して、俺たちに最適な行動を指示してくれた。

 そんな彼女だからこそ、俺が死んだあの時、俺が助からない事を誰よりも早く理解してしまったのだ。

 そして、そんな依頼を持ってきたガドルスを許せず、なによりも俺を助ける策を導き出せなかった自分を許す事ができずに、この地より去ってしまった。


 彼等に比べると、俺は実に地味なギフトだった。

 持っていたのは、操糸と隠密。

 誰にも気付かれず行動し、鋼糸による攻撃で敵の息の根を止める暗殺スタイル。

 だからこそ、真正面に立っての戦闘では分が悪い事が多い。魔神と引き分ける事ができたのは幸運だったと言える。


 生まれ変わって、そのギフトがどうなったのかはまだ分からないが、指先の器用さやフィニア達に見つからずに体を鍛える事ができている点から、その片鱗は受け継いでいるみたいだった。

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