第364話 レイド対マテウス
騎士たちの追跡を振り切り、俺は再び首都ラウムへと戻った。
森という立地と隠密のギフトを利用すれば、こういった探索の素人の目をごまかすことくらい、わけはない。
とりあえず俺はマクスウェルの屋敷へと向かう。今回判明したことは、報告しておく必要があるだろう。
ニコルとしても、今夜はマクスウェルの屋敷で保護されることになっている。その事実はコルティナにも伝わっているはずだ。
事がミシェルちゃんの肉親にまで及んだのだから、この街の最大戦力であるマクスウェルが、俺の身柄を確保することに違和感はない。
「おう、おかえりニコル嬢……誰だ、お前?」
「出迎えご苦労。マテウス、だったか?」
一応、
だがマテウスも留守を預かる身だ。初対面の見知らぬ男が訪れれば、警戒もする。
腰の剣に手を伸ばすマテウスを見て、俺は少し悪戯心が沸いてきた。
結局リッテンバーグはほとんど身体を動かすことなく始末してのけた。クファルとの戦闘も、相性的な面でほとんど圧勝といっていい。
つまり、今の俺の戦闘力を十全に発揮した経験は、まだない。
マテウスほどの猛者ならば、その実力を存分に発揮できるだろう。
「爺さんの知り合いだよ」
「知り合いって言い方が卑怯だよなぁ。敵だって知り合いの内に入るぜ?」
この問いには答えず、代わりにニヤリと笑って見せた。あえてマテウスに勘違いを誘発する態度である。
そしてマテウスも、そんな俺の態度に乗ってきた。
腰の剣を勢いよく引き抜き、抜き打ちで俺に斬り掛かってくる。その速度は容赦の欠片もない。
だが今の俺にとって、その剣撃はあまりにも遅い。
右の抜き打ちを半身になって躱し、左の斬撃は刃の腹を叩いて逸らす。
対して俺は体の流れたマテウスの足に向かってローキックを放つが、これはさすがに避けられる。
だがそれくらいやれるのは予想通り。その勢いを殺さずさらに腕を振って半回転し、後ろ回し蹴りを放った。
崩れた体勢に下から上への攻撃の変化。これについてこれず、マテウスは受けきれずに攻撃を受けた。
しかしまともに直撃を受けるほど、奴も抜けてはいない。
肩で蹴りを受け止め、そのまま俺に向けて突進を仕掛けてきた。
しかしその足が急に止まる。
「油断も隙もねぇなぁ、兄さん?」
「そう言うお前も、よく気付いたもんだ」
「……わかった、俺の負けだ。まったく、また負けだよ。最近のラウムはバケモノ揃いかよ?」
そう言って肩を竦めたマテウスの首には、俺の糸が絡みついていた。
その糸は背後のドアの取っ手を経由していたため、あのまま突っ込んでくれば、マテウスの首が締め上げられていたことだろう。
「だけどよ、俺も一応留守を預かってる身なんだ。せめて名前くらい教えてくれないもんかねぇ?」
「ああ、挑発する真似をして悪かったな。俺の名はレイドだ」
ほんの一瞬のやり取りだったが、マテウスの重い一撃を片手で払いのけられたことや、容易に見切ることができたので、満足している。
やはりこの身体ならば、マテウスくらいの相手には後れを取ることは無い。
それが確認できただけでも、大きな収穫と言える。
しばらくしてマクスウェルが帰宅し、マテウスに案内された俺はクファルについて報告することにした。
早くも帰還していた俺に、マクスウェルは少し驚いたような顔をして見せたが、前世の俺を知る爺さんはさもありなんと納得し、気を取り直して話を聞くために応接間に移動した。
無論マテウスは部屋から閉め出し、遠ざけておく。
「というわけで、クファルは前世の神父の生まれ変わりでスライムだった」
「いや、さっぱり分からんから、最初から丁寧に説明せんか」
「それがな……」
俺の簡潔明瞭極まりない説明に、マクスウェルはダメ出しをしてくる。
メンドクサイがこいつの判断に間違いはあまりないので、ここは爺さんが納得するまで説明することにした。
奴が北の地にあるらしい地脈の影響を受けて自我を芽生えさせる下地を持ち、そして転生前の意識を取り戻したと聞いて、マクスウェルはさすがに驚愕を露わにしていた。
「なんと、そのようなことが……いや、お主が目の前におらねば、一笑に付していたかもしれんなぁ」
「転生って意味じゃ同じかもしれんが、俺と奴じゃ根本的に違うぞ。俺はマリアの魔法によって生まれ変わったんだからな」
「そういう意味では奴は天然物の転生者ということになるか。貴重な存在ではあるな」
「これをコルティナにどう伝えるかは、爺さんに任せるよ。それと今日
「それは……前はともかく後のは勘弁してもらいたいのぅ。乙女のヒステリーは手に負えんのじゃ」
「といっても、変装しておかねぇと、ニコルの仕業って知られちまうから、仕方ないだろう?」
これが見ず知らずのオッサン相手なら、俺もそのままの姿で襲撃を掛けただろう。
だがミシェルちゃんの両親となると話は違う。彼らは俺の顔を見知っているため、大人を寄せ付けないほどの強さを見せた場合、怪しまれる可能性もある。
幻覚の魔法でごまかすのもよかったかもしれないが、救出となると直接接触する危険性もあったので、ここはあえて
「後先考えんと
「言うな。後になって必要なかったかと思わなくもなかったんだ」
がっくりと頭を抱えた瞬間、俺の身体を激痛が走った。
これはここ数か月で何度も経験した痛みだ。つまり、元に戻る時の苦痛。
「くっ、時間切れか……マクスウェル、頼む……」
「服か? しばし待っておれ」
歯を食いしばって、俺は後をマクスウェルに頼む。それを聞いてマクスウェルは応接室を飛び出していった。
さすがに何度も経験しているので、気絶するのは耐えれるようになっているが、それでも身動きは取れなくなる。
その間に俺の制服を持ってきてもらいたかったのだ。
今着ている従士服は元の身体にはサイズが合わないため、着替えは必須である。いや、目の前にいるのはマクスウェルだけなので、別に素っ裸でも構わないのではあるが。
俺が変化を終えたと同時に、マクスウェルが預かっていてくれた制服を持ってきてくれた。
気怠い体でそれを受け取り、もそもそと着替えておく。
人目を気にしない俺の態度に、マクスウェルは呆れた声を上げていた。
「いやはや、淑女の道は遠そうじゃな」
「そんな道は歩んでねーし。いや、それはともかく」
「確かにデンの例もあるし、スライムが異常進化する可能性は考えておらなんだわ」
「ああ。以前お前が冒険者ギルド内で魔法が使えないのに変装した犯人がいたと言っていたな。あれも多分、クファルなんだろう」
「スライム系のモンスターが持つ擬態の能力を利用して変装したということか。知恵を持つと厄介なモンスターと化すものじゃな」
「それとこの間のクラウドが見つけた毒……」
「ディジーズスライムの破片じゃったな。北部で討伐履歴は残されておらなんだはず」
北部に出現したスライムのレア種。それは討伐されることなく姿を消している。
そしてそのモンスターが持つ同様の毒がこのラウムに撒かれ、同時にスライムに転生したクファルが現れた。奴は半魔人の地位向上を魔神召喚によって成し遂げようとしており、同様の目的を持ち、同様の手段を用いる集団も現れている。
これをつなげて考えない方がおかしい。
そう考えると、クファル本人がいっていたように、奴が俺の死のきっかけを作ったあの神父であるという主張にも説得力も出てくる。
「お主を死に追いやった者がまた敵に回るか。なんとも……奇縁としか言えぬな」
「白いのがなんか仕込んでんじゃんねぇかと思えてくるくらいにな」
「時にレイド、装備の方はどうなんじゃ? スライムというからには腐食毒も持っておるはずじゃ。あれほどの装備がダメになるのはさすがにしのびないぞ」
「そっちは大丈夫だ。邪竜の装備を使っているし、糸もミスリル製だからな。腐食毒くらいなら跳ね返せる。素材もさることながら、さすがアストというべきか。カタナの方は後で手入れしておくよ」
「ならばお主でもクファルに対して有効打は持てるということか。スライム系に物理打撃は効きづらいからのぅ」
「それに
正体さえわかれば恐れるような相手じゃない。事態の先手さえ取らせなければ、対処はできるはずだ。
俺はそう確信を持って、断言していた。
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