第493話 寮に戻って

 とりあえずミシェルちゃんとクラウドに、防塵マスクの出荷状況を確認させることにして、俺たちは寮へ戻ることにした。

 時間はそれほど経っていないので、まだまだ街路には人の姿がある。

 俺たちは揃って美少女揃いな上、今はデンも目立つ外見をしているので、人買いからすれば実に狙い目な集団になっている。

 なので犯罪に巻き込まれにくい、こういう人目のある状況は実にありがたかった。


「それにしても、防塵マスクから違法薬物への流通経路を探るのですか。わたしもそのアイデアはなかったですわ」

「レティーナはこれから領主の仕事も覚えないといけないんだから、妙な数字に目を見張らせる癖は付けておいた方がいいかもね」

「そうですの?」

「そうだよ。例えば小麦が大量に買われていたとするでしょ? そしたら、近隣に不作だった土地があるとか、戦争の準備をしているとか、小麦を使った新商品が出るとか、そういう原因がどこかにあるはずなんだ」

「ふむふむ?」

「もし不作の土地があったのなら、そこへは多少高値で売りつけても買ってもらえるし、戦争の準備だったのなら、先んじて防備を固める時間ができる。新商品だって、うまくすれば尻馬に乗れるかもしれないでしょ」

「なるほどぉ?」


 理解しているのかいないのか、納得の言葉を漏らしながらも、カクンと首を傾げるレティーナ。

 もっとも、俺だってこの辺りのセリフは、コルティナから聞いた言葉の受け売りだ。

 知識として理解はしていても、経験として理解しているとはいいがたい。

 それでも『知っている』ということは、大きな武器になる。

 今回だって、そういった間接的な物資の流れから相手に迫るという発想は、この知識が無ければ思いつかなかった。


「ま、わたしも実際に経験したわけじゃないけどね。その辺の詳しいところはヨーウィ侯爵が教えてくれるんじゃないかな?」

「お父様が? なんだかその辺は大らかな感じなのですけど……」

「大丈夫なのか、ラウムの高位貴族……?」


 などと横道に逸れた会話をしながら帰路に就いた。

 さすがに人目がある場所では、性質の悪い酔っ払いの数も少ないため、帰りも絡まれるという事態にはならずに済んだ。

 おかげで寮の門限には余裕をもって帰り着くことができた。

 やはり、入寮数日で門限破りというのはバツが悪い。


「それじゃ、フィニア、レティーナ。また明日」


 三階の自室の前まで来て、俺はレティーナに別れの挨拶を交わす。

 彼女の部屋は俺の部屋から少し離れた場所にあり、使用人の部屋はその向かいにある。

 デンも、俺の部屋から廊下を隔てた向かい側にあるので、呼べばすぐにやってこれる位置にあった。

 生徒と使用人の部屋が向かい合わせになっているのは、この寮の基本的な構造でもある。


「はい、おやすみなさいませ、ニコルさん」

「私は今日は、レティーナ様と同室で休むことになっていますので、ご用の際はそちらにご連絡ください」

「同室?」


 部屋があるのにわざわざ……? と俺は少し疑問に思う。

 それを察してフィニアは説明を返してきた。


「はい。今日はカインの部屋に侵入なさったのでしょう? ですから向こうが何らかのアクションを起こしても対応できるように、と」

「ああ、こちらに疑惑をもって早速刺客を送ってくると思ったんだ?」

「心配しすぎかもしれませんが」

「いや、その警戒心は忘れないで。警戒のし過ぎってことはないから」


 特に今回は、敵に悪意があり過ぎる。

 レティーナの送り込んだ冒険者たちは誰一人帰ってきていないのだ。それは相手が容赦しない性質を持っていることを意味する。

 ましてや、レティーナもフィニアも女性である。命はあっても他のすべてを奪われるという事態だって存在する。

 警戒はしておいた方がいい。


「なるほど。でしたら私もニコル様の部屋で待機していた方がよろしいでしょうか?」

「ちょ、デンさん!?」

「それは反対です!」


 フィニアの言葉を受けて出したデンの提案に、レティーナとフィニアが驚愕する。

 だがその驚愕も当然と言える。さすがに妙齢の女性となった俺と同室はまずいだろう?


「デン、それはちょっと困る」

「困りますか?」

「変な噂が立っちゃうのは、さすがに……それにそんな話を聞きつけたら、父さんが暴走しちゃう」

「それは死ねますね。やめておきましょう」


 デンとライエルに直接の面識はなかったが、噂くらいは聞いたことがあるようだ。

 それにハスタール神からも、奴の実力については聞かされているだろう。

 いかにデンがオーガからさらに上位の存在に進化したといっても、ライエルと聖剣の前では太刀打ちできようはずもない。

 しかし、主の危機と自分の命を天秤にかけて、あっさりと自分を選ぶ辺り、こいつもいい性格に成長してやがる。

 俺が憮然とした視線を向けると、ニコリと邪気のない微笑みを浮かべて華麗に一礼し、自室へと戻っていった。

 どうやら、からかわれていたのは俺の方だったらしい。


「それでは私も失礼しますね。行きましょう、レティーナ様」

「ええ、それではニコルさん、おやすみなさいまし」


 フィニアに促され、レティーナも自室へと向かう。

 さすがに寮内の同じ階で、万が一もないだろう。

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