第492話 今後の方針

「ということがありましてね。本当に治安の悪い街ですわ!」


 宿に着き、ミシェルちゃんと合流するなりレティーナは憤慨ふんがいの声を上げていた。

 もちろん部屋で会合するのも悪くないが、あいにく彼女たちが取っている部屋はそれほど広くない。

 それぞれ体も大きくなった六人が話し合うには、さすがに狭すぎた。

 そこで俺たちは宿の食堂へ行き、そこでついたてで仕切られた席を借りることで、話し合うことにした。

 もちろん声は筒抜けではあるが、視線を遮ることはできる。それに聞き耳を立てているものがいれば、俺が気付くことができるので、とりあえずは問題ないはずだ。


「と言っても、ここまで大きな声は問題なので、レティーナはもう少し声を下げて」

「うっ、それは申し訳ありませんでしたわ」

「まあ、レティーナの怒りも理解できるけどね。問題は街の人の無関心の方」


 運ばれてきた料理をつつきながら、俺は溜め息混じりに頬杖を突いた。

 ハラリとテーブルの上に流れる髪が鬱陶しく感じる。


「あまりにも周囲に無関心すぎる。あれじゃ何かおかしなことがあっても気付かない」

「街の情報収集が難しくなるって事?」

「多分直接的な利害が発生しない限りは、面倒を避けて口をつぐむんじゃないかな?」

「俺、そういう連中と話するのは苦手なんだよなぁ」


 クラウドは事情を聴いてぐったりとテーブルに顔を伏せた。

 彼のコミュニティ能力は決して低い方ではない。むしろ半魔人というハンデを勘案すれば、例外的に高い方と言える。

 それでもこの街に溶け込むのは難しいと、俺は感じていた。


「うん。下手に動いて注目を集める方が怖い。クラウドとミシェルちゃんも、出回らない方がいいかも」


 当初は彼女たちに街の情報を集めてもらおうかと思っていた。しかし街がこの調子では、変なトラブルを起こしかねない。


「でも何もしないってわけにもいかないよ? わたしもレティーナちゃんの力になりたいし」

「ミシェルちゃんはいい子だねぇ……」


 頬杖を突いたまま、俺は腕を伸ばしてミシェルちゃんの頭を撫でる。

 それほど大きなテーブルでもないため、斜め前に座る彼女の頭くらいには手が届く。


「それにご飯もあんまりおいしくないし」

「それが本音か」

「えへへ」


 だが、ミシェルちゃんの主張もわからないではない。運ばれてきた料理は油が大量に使われていて、しかも香辛料も使い過ぎだった。

 それは場所によっては贅沢な料理の象徴だったかもしれないが、この店の場合は技術の稚拙さをごまかすためとしか思えない。

 不揃いな大きさの野菜を、おおざっぱに炒めた料理とかが平気で出てくる。正直、俺の野営料理の方がまだマシな出来だ。


「でも、冒険しない冒険者が延々と泊まり続けているというのも、変な注目を集めるかもしれないね。この街なら大丈夫だとは思うけど」

「このまま部屋に隠れてるなんて気が滅入るだけだから、何かやることがあるなら喜んでやるぞ」

「珍しくクラウドがやる気に満ち溢れていることだし、とりあえずギルドでお話聞いてきてくれるかな」

「待て、俺はいつでもやる気に満ちてるし?」

「それはどうでもいいけど――」

「いいんかい!?」

「ギルドも抱き込まれている可能性があるから、話を聞くときは気を付けてね」

「マジかよ……」


 よくある……とは言えないが、こういった地元の権力が頭抜けて強い場合、そういう事態に陥っていることが、往々にしてある。

 それを聞いてクラウドはショックを受けたようだった。


「ラウムでも、マクスウェルやコルティナの発言は無視できなかったでしょ」

「そりゃ、あの人たちの言葉はどこだって無視できないよ」

「規模が小さいだけで、こっちでも似たようなものだよ。英雄としての権威か、金の力かの違いだけで」

「大人って汚いぃ」

「それを知っただけでも、一つ大人になれたね」


 そこでまじめな話に戻すべく、俺はレティーナに顔を向けた。


「レティーナ。今回の相手、やってることは違法薬物の栽培だったっけ?」

「ええ、その噂がありますわね」

「どんな薬かわかる?」

「確かキノコを使った、向精神薬みたいなモノだったはず。種類はわかりませんけど」

「キノコか……」


 錬金術を学ぶ過程で、避けては通れない相手と言える。

 もちろん高等部でも取り扱うのだが、違法な品の扱い方を授業で教えるわけにもいかない。

 レティーナが知らないのも、無理はない話だった。


「通常なら水か蒸留酒で薬効を抽出するんだけど、それって他の素材でも同じようなものだし」

「でも、街中に流通させるほど取り扱っているのなら、大量の水を使用しているはずですわ! それを調べれば――」

「すでに料理長さんに聞いた。おかしい人はいないって」

「むむぅ」


 レティーナは自分の提案を即座に却下され、がっくりとうなだれた。しかし出発点としては悪くない。俺だって真っ先に調べた場所だったのだから。


「単にわたしの方が先に調査を始めただけだから気にしないで。それよりも、ミシェルちゃんとクラウドはマスクの売れ行きを調べといて」

「マスク? 浄化ピューリファイを付与したやつ?」

「それだけじゃなく、普通の防塵マスクでもいいよ。あれは高価だから、人海戦術には向いてないから」

「なんで人海戦術ってわかるんだ?」

「そりゃ、大量に出回らせるには数で挑むのが一番簡単だから。で、数で挑むならマスクなんかも大量にいるでしょ。キノコは特に胞子が飛び散るから」

「あ、なるほどな」


 薬効を抽出し、それを濃縮した物の方がもちろん効果は高い。

 しかし微量でも大量に吸い込み続けた場合、まず間違いなく中毒に陥るはずだ。

 それを防ぐためには、やはりマスクといったアイテムが必要になってくる。

 ましてや違法薬物で向精神薬。作業場で中毒になって前後不覚に陥って暴れたりして官憲の手が入ってしまえば、商売が台無しになってしまう。


「わかった、調べとくよ。ついでにカモフラージュとして、なんかの薬草採取の依頼でも受けておくか。そしたらマスクを調べてもおかしくないし」

「ニコルちゃん、クラウド君がなんか変! ちゃんと頭使ってるよ!」

「ひでぇ!」


 ミシェルちゃんが珍しくクラウドをからかっている。それくらい、気安くなったということか。

 大人しい性格の彼女が人をからかうとは珍しい。

 それはレティーナにとっては初めて見る光景だったかもしれない。驚いて目を丸くしている彼女の顔は、中々に見ものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る