第491話 メトセラの街
俺たちは寮母に許可を貰い、ミシェルちゃんたちが待機している街へと戻った。
大半が貴族たちの暮らす高等部の寮で、かなり自由に出入りができるのが通例だったが、それでも寮である以上は彼女の許可は必要になる。
さいわいと言うか、夕刻に頻繁に外出する貴族も多いため、俺たちの外出はあっさりと許可された。
もっとも俺が転入直後で、生活物資が必要だという主張にも、一理あったということも有るだろう。
「夕方だけあってさすがに人が多いね。レティーナははぐれないように気を付けて?」
「わたしだって冒険者をしていたのですから、この程度の人込みは何でもありませんわ」
「この時間に出歩くのは、昔だってあまりしてなかったじゃない」
冒険者といっても、当時は未成年の子供だった。
それに彼女は侯爵令嬢。あまり遅くならないようにと、俺たちもそれなりに気を使っていた。
もちろん彼女もそこは理解している所ではあるが、やはり強がりな性格はなかなか治らないというところか。
それに余計なトラブルに巻き込まれないよう、俺とレティーナは顔を隠すように深くフードをかぶっていた。
俺もレティーナも、稀に見る美少女であるが故の処置と言えよう。フィニアとデンが顔を晒しているのは、さすがに全員顔を隠すと怪しまれると判断したからだ。
俺がレティーナの手を引き、反対側をフィニアが護衛する。そして最後尾をデンが警戒していた。
俺の転入はすでにカインに知られており、今日の侵入も気付かれていた節がある。
これを一つに繋げ、早々にアプローチを掛けてきてもおかしくはない。
「警戒はし過ぎということはないかな?」
「なんですの?」
「少しばかり
前世の俺なら、自然と背中に注意を向けることができていた。
これは単独行動が多かったので当たり前なのだが、転生してからは常に誰かと行動している。
背中を護ってもらえるというありがたみを感じつつもそれに甘え、自分の感覚が鈍っては本末転倒である。
「ニコルさんで鈍るとか言っていたら、世の大半の冒険者は鈍りまくってますわね」
「そういってくれるのは嬉しいけどね、ついこの間大ポカしたばっかりだし」
「その右目ですの?」
「まぁね」
夕刻の街中は乱雑と言っていい喧騒に包まれている。中には性質の悪い酔い方をして、女性に絡んでいる男の姿も目に付いた。
そういった騒動からは少し離れたルートを取って、待ち合わせの宿に向かう。
途中、裏路地に繋がる小道では、道端に座り込んだ怪しい男も散見することができた。予想以上に物騒な街のようだった。
「その時のこと、話してくれませんの?」
「まあ、自分の失敗談なんて、あまり話したいものじゃないし……」
それにクファルの一件に関しては、彼女に話せない部分も多い。
ここは少しばかり不愉快な雰囲気を出して、彼女に自重してもらうことにした。
その点において、レティーナは非常に空気を読む能力にたけている。これは貴族として鍛えられた能力なのかもしれない。
「待って」
俺は唐突に足を止め、レティーナの手を引っ張る。
もう少しで宿屋というところで、俺たちの前に立ち塞がる男たちがいたからだ。
揃って酒瓶を片手に持った、紅潮した顔。ふらついた足取りの三人組。どう見ても性質の悪い酔っ払いだった。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さんじゃないか。どうだ、一緒に一杯やっていかないか?」
「すみません、連れがいますので」
俺たちは顔を隠しているが、フィニアは顔を晒している。そして彼女も、美しい少女であることは間違いがない。
全員が顔を隠す不自然さをごまかすために彼女とデンには晒してもらっていたが、それが裏目に出た形というべきか。
フィニアは即座に断りの言葉を発していたが、その顔にはらしくもない嫌悪感が浮かんでいた。
やはり自制心を失うほど酔った相手は苦手なのだろう。
「まぁまぁ、そういうなよ。俺たちは男ばかりで寂しくてさぁ」
「お、こっちの子も女じゃん?」
ヘラヘラとした調子で一人がレティーナのフードを払う。
その下から現れた豪奢な美貌に、男たちは口笛を吹きならして歓喜した。
「こっちの子も女か。なら人数はちょうどいいよな」
俺に向かって伸びた手は、一歩下がって躱す。
前衛をこなす俺が、その程度の動きで捕らえられるはずもない。
男は手を躱されたことに不快気な表情を浮かべたが、それ以上に不快な顔をしていたのがデンだった。
伸びた手を問答無用で掴み取り、男の動きを封じる。
「おい、邪魔すんなよ」
「男はお呼びじゃ……いたたたた!?」
男たちの非難の言葉が終わるより先に、その手に力を込めるデン。
その容赦ない握撃に、メシリと骨の軋む音が俺の耳にまで届いた。
「この、はなせ、こら!」
「お嬢様に対する無礼は、見過ごすわけにはいきませんので」
「くそ、このガキ……!」
今のデンは白皙の美少年ともいうべき外見をしている。しかし中身がオーガであることには変わりない。
むしろ更に進化している分、見かけと違い筋力や耐久力は普通のオーガよりも上回る。
男がどれだけ足掻こうが、その腕はびくともしなかった。
「離せっつってんだろ!」
しびれを切らせて、公衆の面前にもかかわらず殴りかかってくる男。
しかしそれを気にするような観客はこの街にはいなかった。通行人はまったく無関心を装っている。
それはそれで、こちらとしてもありがたい限りではあったが。
「そこまでです!」
男の拳がデンに命中する寸前、フィニアが間に割って入り、短剣を男の喉元に突き付けていた。
酔っていた男もようやく自分の状況を悟って、動きを止める。
「いささか悪酔いが過ぎるのではありませんか? 痛い目を見る前に酔い覚ましに行くことを提案します」
「このアマ……」
「彼女のいうことももっともだね。これ以上はわたしも見ていられないんだけど?」
俺はレティーナをかばうように前に出て、腰のカタナの柄に手を置いた。
そこでようやく、男たちは俺たちの服や武装に気が付いたようだった。
魔術学院高等部の制服。それは充分な資産と権力を持つ家の子女である証だ。
そこらの酔っ払いには、いささか荷が勝ち過ぎる相手と言えよう。
「おい、行くぞ」
「あ、ああ……」
尻尾を巻いて、あたふたと立ち去る男たち。
結構派手に立ち回ってしまったようだが、しかし周囲の住人は一切関心を持っていないようだった。
それだけ、この街の住人は無関心を貫いていることがわかる。
「……面倒な街だな」
互いが無関心ならば、それだけ情報が少なくなってしまう。
ここから先の調査は難航しそうな気配を、俺は感じていた。
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