第490話 結果報告
俺はカインの部屋の調査を切り上げ、レティーナの待つ医務室へと戻った。
そこには俺に化けたレティーナが寝台で高イビキを上げて、昼寝に興じていた。
「この、お気楽お嬢め……」
自分が命を狙われかねない立場にいるということを、いい加減自覚しろと説教したい。それはもう、
しかし今はその時間はない。
俺は優しくレティーナを起こすべく、人差し指をその頬に添え……いきおいよくズビシと突き立てた。
「あいったー!!」
「起きた?」
「起きますわよ!?」
頬を抉られるほど勢いよく突かれた痛みで、レティーナはバネ仕掛けのように跳ね起きた。
「ほら、調べてきたから教室に戻るよ」
「いや、それよりさっきの起こし方について……まあいいですわ。それはこの場で報告してくださいませんの?」
「こんな誰が聞いているかわからないような場所じゃ、ダメ」
全面石造りの校舎は、音を高く響かせる。
しかしそれは、校舎内に限った話で、ここは校庭に面した医務室だ。しかも視線を遮るカーテン付きである。
土と芝生の窓の外では、足音を頼りに人の接近を察知するのは難しい。
長々と危険な話をするには向いていない。
「誰が聞いてるかわからないし、今昼休みなんでしょ? クラスの子が様子を見に来るかもしれない」
「もうそんな時間ですの? すっかり寝入ってしまいましたわ」
「こんな状況で見張りもなしに寝入るなんて、相当図太い神経してるね」
「昨夜はフィニアさんと少し話し込んでしまいましたの」
「フィニアと?」
レティーナはフィニアとはもちろん面識はある。が、彼女と入れ替わりにフィニアがパーティに参加したため、実のところあまり会話はなかったはずだ。
そんな二人が寝不足になるまで話をするというのは、あまり想像できない光景である。
「ここ三年のニコルさんの『活躍』を話していただきましたの」
「なんか不穏な内容の気がするから、今すぐ忘れろ?」
フィニアは、俺の裏も表も知り尽くしているといっていい。そんな彼女だが、他人に秘密を漏らすとは思えないので、そこは信頼している。
しかし俺は、悲しいかな、人に話せるお笑いエピソードもてんこ盛りの人間だ。もちろんフィニアがそれを知っている。
この三年の間の、そういった逸話を仲間のレティーナに話しても、おかしくはなかった。
げんなりとした顔で忠告する俺に、レティーナは口元に手を当てて笑みを返す。
「なに、その何か言いたげな顔は?」
「いーえー、なんにも?」
「だいたい――」
さらに言い募ろうとする俺の言葉を遮るように、医務室のドアがノックされた。
返事を待たずにドアが少しだけ引き開けられ、廊下からクラスメイトの女子が数名、顔をのぞかせた。
「ニコルさん、大丈夫です?」
「ああ、サリカさん。大丈夫ですわ、ニコルさんは昔から気絶慣れしてますの」
「してないし」
俺に対して、あらぬ噂を振りまくレティーナを制し、俺は視線で一礼を返す。
入室してきたのはクラスメイトの一人の男爵家の令嬢だ。名前までは憶えていなかったが、先に転入してきたレティーナは覚えていたようだ。
俺を心配して押しかけたクラスメイトを受け流し、その日の午後の授業も問題なく終わらせた。
その後は寮に戻って入浴と夕食。この時間はクラブ活動を行う者もいるので、かなり長めに取られている。
俺たちはかなり早めの入浴をすることにし、フィニアも
デンが一緒できないのはしかたないが、ここなら周囲の人の接近は察知できるし、流れる水の音が会話をかき消してくれる。
人自体も、これほど早い時間ならほとんどいない。現に大浴場には俺たち以外の人間は存在していなかった。
そんな中、俺は昼間の調査結果について、フィニアとレティーナに報告していた。
「というわけで、昼にカインが戻ってきたせいで捜索は中断したんだけど、おそらくあの部屋には何もないね」
「そうとも限らないのではないかしら? 何もなければ昼にわざわざ戻る必要もないですし」
「私もレティーナ様の意見に賛成です。きっと何かあるから戻ったのかと」
レティーナは俺の判断に異を唱え、フィニアもそれに追従する。
しかしこればかりは俺も確信があって口にしていた。
「もちろんその可能性がゼロとは限らない。だけど、貴族の自室っていうのは意外と人通りが多い。レティーナも自分の部屋は自分で掃除するなんて、滅多にないでしょ?」
「そういえば、大抵は使用人が掃除しますわね。もちろん机周りの書類とかは自分でやりますけど」
「そう。カインの奴も例に漏れず室内の清掃は行き届いていた。つまり使用人があの部屋には出入り居しているってことだと思う。そんな部屋に悪事の証拠になりそうなものを置いておくかな?」
「むぅ……あり得ませんわね」
「おそらくは別の場所。人目のない場所にそういったものを隠しているはず」
「でも、寮にはそんな場所なかったのでしょう?」
「すべてを詳しく調べたわけじゃないから、見落としてる可能性もある。むしろその可能性の方が高い」
俺がやったことと言えば、寮の廊下を歩き回り、周辺を散策した程度である。
どこかに隠し通路や隠し部屋があれば、見落としている可能性はもちろんある。
それに寮内でそういった、後ろ暗い行為をしているとも限らない。
「もしくは寮の外……街の中で行っているという可能性も捨てきれない」
「そうなると、ここに来たのは悪手だったということになりますの?」
「どのみちレティーナには護衛が必要だし、無駄だったとは思えないよ。でも、そうだね。街の方でも調査した方がいいかもしれない」
「なら、街で待機しているミシェルさんとクラウド君の出番ですわね」
「そう……なんだけど、あの二人で大丈夫かなぁ?」
良くも悪くも純粋で単純で素朴な二人だ。悪人の調査とか、できるならさせたくない。
「ミシェルちゃんが騙されて薬打たれて、ウヘヘでゲヘヘな展開とかになっちゃわないかな?」
「く、クラウド君もいることだし大丈夫かと……大丈夫……やめた方がいいですかね?」
「フィニア、そこで弱気にならないでよ」
「だってミシェルちゃんですよ! お菓子であっさり釣られちゃうのに!」
パーティの食事を一手に引き受けているフィニアの言葉は、実に重い。
ミシェルちゃんを調査に関わらせるのは、やめた方がよさそうだった。
「とにかく、一度外の二人と連絡を取った方がよさそうだね」
「まだ時間もありますし、買い出しと称して一度外に出ましょうか?」
「外出届とか、必要ないかな?」
「この寮は貴族が多く出入りしている寮ですわよ? ワガママなあの連中が許可とか取っていると思いまして?」
「まったく思わない」
そういうことで、俺たちもその悪習に乗ることにした。
さいわい俺たちは引っ越してきたばかりだ。必要なものが揃っていないといえば、まず断られることはないだろう。
「ところでニコル様。
「そりゃ、フィニアとお揃いだし? 捨てがたいのはあるよ」
匂い袋というのは一か月もすれば匂いが消えてしまう。そこで俺も、折を見ては草花を集め追加していた。
これは別に、女性としてという一面だけではない。
今の俺はクファル対策に、エリクサーの破片を身に着けている。これがまた、結構きつい青臭いにおいを放つのだ。
ケースに入れているので匂いが漏れたりはしないが、万が一のことを考えて、ごまかすための香水代わりに身に着けていたのが裏目に出た形である。
その辺りの事情をレティーナに内緒でこっそりフィニアに話すと、彼女は目に見えて紅潮した。
そういえば、俺以外の六英雄が身に着けているエリクサーを入れているケースを編んだのは彼女だった。俺もレイドになった時は、同じ物を利用している。
身に着けている物を誉められて、照れているのだろう。
「これのおかげで助かってるよ」
「は、はい。お役に立ててなによりです」
肩をすぼませ、もじもじとするフィニア。
同じ女性とはいえ、風呂場で全裸のままその仕草をされるのは、非常にズルいと思う。
思わず悪戯したくなるのを我慢して、俺は視線を逸らしたのだった。
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