第93話 入り江作り

 その日、新入生を一堂に集め、首都近郊の川までやって来ていた。

 ラウムの近くには、その人口を賄うだけの大河が流れている。そこに水練用に大きな入り江を作るのが今日の目的だった。

 流れの緩やかな大河の河川敷で石を集め、それを水の中に積み上げて流れの入り江……いわゆる湾処わんどを作り、そこで水練の授業を行う予定だった。


 百名を超える生徒たちが一抱えもある石を抱えて水に入り、流れを堰き止めていく。

 この時期は水着が間に合わないので体操着で流れに入っていくのは、子供の身でもかなりキツイ。


 一日の作業量は微々たるものだが、この行程を一か月近く続け、数十人が泳げるだけの大きめの入り江を作り上げるのだ。


「うう、寒いですわ。こんな作業は冒険者にお願いすればいいのに」

「軍に入れば兵士になるかも知れないからね。土木工事の訓練も兼ねてるんだよ」


 肉体的にも子供の枠を出ないレティーナは愚痴をこぼしながら石を運んでいく。

 俺もこっそり毛糸を服の下に這わせて筋力を補助しつつ、堤防にする石を運んでいた。


 無論、魔法で糸を強化すると目立ってしまうので、それはしていない。途中でブチブチと毛糸が切れるが、その度に這わせ直して補助している。

 子供の石運び程度ではそれほど激しい動きはないので、切れてもやり直せばいいだけである。


「あ、ニコルちゃん、レティーナちゃん!」

「お?」

「あら?」


 聞きなれた元気な声に視線を向けると、そこにはミシェルちゃんと数十名の子供たちがこちらに向かってきていた。

 引率の教員の姿も見えるから、冒険者支援学園もこの入り江作りに駆り出されたのだろう。


「そっちも水練用の入り江作り?」

「うん。運動関係は魔術学院と共用だから、わたしたちも作らないとね!」


 列から抜け出し、こちらに駆け寄ってきたミシェルちゃんに、俺は挨拶を返す。

 抜け出す訳ではなく目的地に駆け寄った訳だから、教員もそこは大目に見てくれているらしい。

 俺たちも水浸しの体操着のまま岸に上がり、彼女と話し込む。監督役のコルティナも、多少の休憩で目くじらを立てるような真似はしない。

 というか、休みを挟まないと、とてもじゃないがこの水温では長時間の労働はできない。


「はい、休憩するんならちゃんと身体を温めなさーい」


 そう言って、俺たち三人の前に湯気の立つカップを差し出してきたくらいだ。

 カップの中には煮出した豆茶にミルクを垂らしたものが入っていた。


「こら、ミシェル! いい加減戻ってこんかぁ!」

「あ、いけない!」


 追いついてきた教員がミシェルちゃんを叱る。支援学園の生徒も、すでに整列していた。

 俺はその生徒たちを見て、奇妙な違和感を覚える。そう、見るからに軽装なのだ。

 モンスターから身を守るため、最小限の武装をしているのは、ミシェルちゃんと同じ。

 しかし他の荷物があまりにも少ない。


「ミシェルちゃん、お弁当は?」


 彼女は、いや彼女たちは食料を持ってきているようには見えない。

 軽めの武装以外、着替えしか荷物を持っていないからだ。


「ん、現地調達なんだ。川はお魚が沢山いるからね!」

「うわぁ、入り江作りと一緒に釣りもするんだ? 支援学園はハードなんだね」

「釣りじゃなくて漁だけどね!」


 そう言えば釣竿も持って来ていなかったな。漁って何をやるんだ?


「第一斑は堤防作りを始めろ。第二班はカマド作り、第三班は魚を獲れ。できるな?」

「はい!」


 子供たちが元気に返事をし、それぞれの方角へ散っていく。

 そのタイミングを見計らったかのように、コルティナが声を上げた。


「はーい、じゃあこっちは一旦休憩しましょ。冷えすぎると風邪ひいちゃうからね! 時間もいいしお弁当にしましょ!」


 俺たちは支援学園の連中と違って、弁当を持参していた。彼らほどサバイバビリティに重きを置いていないからだ。

 他の生徒たちは次々と水から上がって荷物を漁り出す。

 濡れたままでも気にした風が無いのは、さすが幼さ故の勢いだろう。

 それを見て再びコルティナが手と叩いて声を上げた。


「こらぁ! 先に着替えを済ませなさい! いくらなんでも、見てる方が寒くなるわ!」

「えー」

「風邪をひかれたらこっちの管理責任を追及されるのよ!」

 

 着替えるのを嫌がり、追いかけるコルティナから面白がって逃げ回る生徒たち。

 コルティナはそれを魔法を使いつつ確保していった。


「しょうじき、大人気ない」

「そこ、うっさいわね!」


 魔法まで使って生徒を捕獲する彼女に、思わずポツリと言葉が漏れた。それを耳聡く聞きつけてツッコミを入れてくる。


「ニコルちゃんも、手が空いているのなら捕獲手伝って」

「はぁい」


 この石がごろごろしている場所で鬼ごっこをするのも、ある意味訓練にはいいかもしれない。

 そう考えて俺は即座に追いかけ……る前に着替え始めた。


「よし、お着替え完了。それじゃ行くよ、レティーナ」

「まかせて!」


 両手を振り上げて走り出すレティーナ。だが彼女と逃げる生徒との間に、大きな能力差はない。

 彼女の捕獲の成果はあまり芳しくなかった。だが俺はそう甘くはない。


 足運びと体重移動。力任せに駆け回る子供と違って、俺は前世の経験がある。

 熟練の足運びで最短距離を駆け抜け、先回りし、そして視界に入らない場所で操糸を使って子供達を確保していく。

 その数は、魔法を使っているコルティナに匹敵するほどだった。

 全員を捕まえ終わり、その比率を見て彼女は舌を巻く。


「参ったわね、魔法まで使って生徒と同じ程度だなんて……なまったかしら?」

「近接戦闘を学んでいる者と、そうでない者の差じゃないかな?」

「それにしてもねぇ……ニコルちゃんが優秀過ぎて、教師としてツライわ」

「コルティナはいいところ一杯あるし」

「そう言ってくれるのはありがたいけどねぇ」


 ひそかに落ち込むコルティナの頭を、俺は溜息交じりに撫でて、励ましたのだった。

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