第94話 いつもの放課後

 およそ一ヵ月をかけて、堤防を築き上げ、遊泳池を作り出す。

 あとはそこを教員たちが土壁アースウォールの魔法で固め、補強すれば完成だ。


 俺たち生徒の尽力により築き上げ、そこにコルティナ以下数名の教員の魔法によってようやく完成した後でマクスウェルが顔を出したのだ。

 ひょっこり顔を出したクソジジィは、好々爺然とした態度を崩さないまま、あっさりと周辺の堤防を更に広げてしまったのだから、言葉を無くした。

 俺たちの一ヵ月の苦労は一体何だったのだろうか?

 素直に感嘆して、英雄を憧憬の目で見つめるクラスメイトが羨ましい。


 ともかくこれで水練の授業の場は完成した。

 あとは勝手に水が流れ込み適度な深さのプールができあがるという寸法である。

 その頃には俺の水着も完成していて、更に羞恥の谷に突き落とされもしたが、まぁそれはいい。忘れよう。


 そんな訳で新しい授業の準備も完成し、俺達はようやくいつもの日課に戻る事になった。

 つまり、放課後の冒険もどきの狩猟である。


 土木工事は授業時間内に行われていたのだが、やはり幼い身体に重労働はキツイ。

 放課後、家に戻った途端にバタリと倒れ、夕食までお昼寝してしまう毎日を送っていた。

 そして夜は夜で、クラウドを鍛え上げ、冒険者として育成する。俺の睡眠時間はここのところ、露骨にその量を減らしていた。


 それも今日まで。今日からは、水練が始まるまで通常の授業形態に戻る。

 疲労も溜まらないので、放課後から夕食までの時間、ミシェルちゃんとレティーナを連れて森に行く程度の体力は残っていた。


「朱の二、群青の一、山吹の三。放たれし弓勢に力を与えよ……どうかな?」

「んうぅぅぅぅ……! ぐぬぅ、ダメみたい」


 俺の干渉魔法を受けて、ミシェルちゃんは白銀の大弓を引こうと頑張っているが、その弦は多少たわむ程度で、放てるほどは引けなかった。

 以前はびくともしなかったのだから、これはこれで進歩とは言える。

 育成学園で鍛え上げ腕力の増した彼女と、朱の二階位まで使えるようになった俺の魔法の成果だ。


「成果はよくわかりませんけど、いつ見てもその弓はすごいですわね……」

「一応、神様から下賜されたものだから」

「え、あのお姉さんって神様だったの!?」

「……あ」


 これはうっかりしてた。最近俺は口が軽くなってるような気がする。以後気を付けねば。

 まぁ、こんな弓をホイホイ配って回る存在なんて、むしろ神とでも名乗ってくれた方が説得力はある。


「えーっと……うん、必死にお友達を助けようとしたミシェルちゃんに、神様からのプレゼントだったんだよ、きっと」

「そっかなぁ? あ、でもすっごくきれいなお姉さんだったから、そうかもしれないね!」

「うん、そう。ミシェルちゃんは覚えてる?」

「ん? あれ……そう言えば顔を正確に思い出せない?」

「あなたたち、顔を思い出せないのに、どうして綺麗ってわかるんですの?」

「なんでだろー?」


 美少女に見えた事は確かだ。しかしその印象が記憶に残らない。おそらくは認識阻害魔法とか言うのを使っているのだ。転生の時も、それを使っているようなことを言っていた。

 だがそれは、俺だから知っている事であって、ミシェルちゃんには判らない事だ。

 まぁ、余計な事を言って口を滑らせるのも、もうこりごりなので、これ以上の言及は避けておこう。


「使えないなら仕方ないよ。無理に使う必要もないし、今日はいつもの弓でがんばろ?」

「そうですわね、早くしないと日が暮れてしまいますわ」

「うん、そだね!」


 子供というのは切り替えが早い。

 俺がそう促した後、二人はすぐさま狩猟モードに入っていた。


 ラウムの近辺は冒険者が頻繁に猛獣を狩りに出ているため、危険な動物は少ない。

 しかもエルフの集落も近くに存在するので、その安全性は他とは比較にならない。だからこそ、俺たちのような子供でも安心して森に出る事ができる。

 今まで平和を脅かしていた人攫いも討伐され――したのは俺だが――トレントの種を盗み出した盗賊も皆殺しになった。これもやったのは俺だが。

 とにかく現状、ラウムを脅かす危険はないと見られている。


「あ、いた」

「もう見つけましたの? 相変わらず目聡いですわね」


 俺はかなり離れた場所で草をんでいた野山羊ヤギの姿を発見していた。

 あれは野生の山羊で、飼育している山羊と、生物学的にはほぼ変わらない動物だ。この近辺は危険な獣がいなくなったため、こういう穏和な動物が寄ってくる。

 だからと言って完全に危険が無いわけではない。俺達のような猟師に見つかったのが運の尽きである。いや、俺は猟師じゃないけど。


「じゃ、いつものように」

「うん、わかった」

「わかりましたわ!」

「レティーナ、声大きい」

「わ、わかりましたわ」


 いつものようにとは、俺がこっそりと近付いて足止めし、そこへレティーナとミシェルちゃんの遠距離攻撃で仕留めるというコンビネーションの事だ。

 これが俺一人だったのなら、糸をこっそりと飛ばして足を絡め、動きを封じた所を一撃入れれば終わる。

 しかしそれでは彼女たちの鍛錬にならない。前線との連携を含め、彼女たちが学ばねばならない事は多い。


「さて……それじゃ、行きますか!」


 俺は隠密のギフトを使用せず、気配を消して山羊に近付いて行ったのだった。

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