第95話 発覚

 山羊一頭という大収穫を得て、俺たちは喜々として街へ戻ってきた。

 さすがに数十キログラムという重量を俺やミシェルちゃんで持ち帰るのは難しかったので、交代して時間をかけて戻ってきた。

 街に入る時、門番が俺達の戦果を見て羨ましそうに見ていたのが印象的だった。

 おそらく、彼の今夜の酒の肴は山羊肉の炙りになるだろう。


 俺たちミシェルちゃんの家に寄って、山羊を解体してもらう事にした。

 彼女の家は猟師として様々な道具もある。解体用のナイフなども多数揃えてある。

 大物を獲って帰って来たので、彼女の母も張り切って解体を引き受けてくれた。


 その間の待ち時間、お茶を振る舞われながら身体を休める事にする。

 体力的には余裕はまだあったのだが、獲物が大きすぎたために早めに撤退したので、時間はまだ余裕があった。

 いつもは小さな兎や鳥程度なので、あと何度か戦闘をする時間がある。


「ほら、できたよ」

「ありがとうございます」


 解体の為、血に染まったエプロンを脱ぎながら、ミシェルちゃんのお母さんが革袋を三つテーブルの上に乗せる。

 取った獲物はみんなできっちり三等分が、いつもの決まりになっていた。


「いいのかい、こんなにたくさんもらっちゃって? どうせ今日もニコル様が前衛に立って、うちの子は後ろからピシピシ撃っていただけなんだろ?」

「おかあさん、ひどーい」

「いいですよ。わたし一人じゃ、倒せないし」

「ニコル様はか弱いからねぇ。ミシェルが前衛に立って上げられたらいいんだけど」

「役割というのもありますので。あと、様はやめてくれるとうれしい」

「そうはいきませんよ! ライエル様には私たちはとんでもない恩があるんだから!」


 これも何度も繰り返してきたやり取りだ。

 彼女たち一家はライエルの援助でこのラウムまでやって来ている。その娘である俺に、人一倍恩義を感じていた。


「わたしも一応、侯爵家の令嬢なんだけど……」

「レティーナちゃんは高貴さを感じないから」

「なによ、それぇ!」


 ミシェルちゃんとレティーナがほっぺたを引っ張り合っている。この二人はなんだかんだで同じレベルに収まってるな。

 主にレティーナが下に落ちているだけだが。


「それじゃ、解体、ありがとうございました」

「こちらこそ。夕飯のいいおかずになるよ」

「わたしも! お母様のお土産になりましたわ!」

「それじゃ、ミシェルちゃん。また明日ね」

「うん、またね!」

「ついでにレティーナも」

「わたしはついでですの!?」


 賑やかに手を振り合い、俺達はそれぞれの家路に就いた。

 野山羊の血を抜き肉だけを取り分けた袋は、それだけでも五キログラム程度の重さがある。

 俺はそれを担ぎ上げ、よたよたした足取りで家に向かう。

 コルティナの家はミシェルちゃんの隣なので、俺は楽だ。少し遠いレティーナはかなりの重労働だろう。


「ただいまー」

「おかえりなさいませ、ニコル様」


 俺が戻ると、奥からフィニアがいそいそと駆け寄ってきた。

 どうもその表情にホッとしたような感情が浮かんでいる。


「ん、なにかあった――あれ?」


 コルティナの家は、靴を脱ぐタイプの家だ。

 つまり玄関口には、各人の靴が置かれている。そこにある靴の数が、明らかに多い。


「誰か来てる?」

「はい。ライエル様とマリア様、それにガドルス様にマクスウェル様」

「それ、全員じゃない」

「まぁ、そうですね。正直、給仕をするのも気後れしてしまって……」

「ああ、それでホッとしてるんだ?」

「うっ……な、ナイショですよ?」


 ライエルとマリア、コルティナだけなら、彼女も多少は慣れている。

 だが一見偏屈そうなガドルスに、この国の王族でもあるマクスウェルまでいるとなると、緊張しても仕方あるまい。


「なんでここに集まってるの?」

「それがマクスウェル様が、何か新しい情報とやらをお持ちになられて、それを聞いたコルティナ様が全員を集合させまして」

「ふぅん……? あ、これお土産。山羊が取れたんだよ」

「おお、すごいですね! 山羊は少し臭みが強いので……そうですね、赤ワインで煮込んでシチューにしてみましょう」

「やった」


 前世から生まれ変わっても、肉は正義だ。

 今はあまり量が食べられなくなったが、それでも肉と甘いモノは俺の好物である。


「じゃあ、わたしは身体を洗ってくるね」

「その前にライエル様達にもご挨拶を」

「あ、そうだね」


 ライエル達は毎晩のように押し掛けてきているが、ガドルスは滅多に顔を出せない。

 マクスウェルにもいつも世話になっているし、挨拶くらいはしておいた方がいいだろう。


 短い廊下を抜けて、リビングに入ると、そこには緊迫した表情のかつての仲間がいた。


「い、いらっさい。どーしたの?」

「おかえりなさい、ニコル。ちょっと相談事があっただけよ」


 やや噛みながら挨拶する俺に、いつもの調子に戻ったマリアが笑顔を向ける。

 だがその顔も、少し強張っている。


「なにかあったの?」

「うん。パパとママ、少し旅に出ようかと思って」

「え、なんで?」


 ライエルには守るべき村がある。マリアも同じだ。それなのに旅に出るとは、余程の大事である。


「昔の仲間が見つかったかもしれないのよ」

「昔の仲間……? って、レイド――さま?」


 俺が知る限り、マリアとライエル共通の仲間と言えば、俺達六英雄だけだ。

 そしてこの場に居ない六英雄とは、俺しかいない。

 いや、しかしその本人がここに居るのに、なぜ旅に出る必要がある?


「見つ、かった……の?」


 俺の事じゃない。俺がレイドだとバレた訳じゃない。それを理解していても背筋を冷たい汗が伝っていく。

 ではマリア達は、一体誰を捜しに行くというのか?


「いえ、まだ『らしい』というのがわかっただけなの」

「ニコルも親の事じゃからな。話しておいた方がいいだろう」


 そう言うとマクスウェルは一連の流れを語ってくれた。

 事の発端は俺が救い出したマチスちゃんを匿っていた家である。


「無論、そこの住人はすでに生きてはおらんかった。じゃが、屋敷の燃え跡からあちこちに奇妙な傷痕が見つかってな」

「傷痕?」

「そうじゃ、扉の淵や窓の桟。厩の柱などに切れ込みのような傷跡が残っておったのじゃ」

「それは私達にとって、すごく見慣れた傷痕だったの。つまり――」


 マクスウェルの言葉を受けて、マリアが後を継ぐ。そこまで言われて、俺も思い到った。

 それは全て、敵を吊るしたり罠を仕掛けた鋼糸の痕跡である。


「レイドの罠の痕跡よ。それにマチスちゃんの証言。黒ずくめの小さな人影」

「最初は小人族の暗殺者かと思ったのじゃが、もしこれが子供だったら……レイドの転生時期にピタリと嵌まる」

「レイドが生まれ変わっている。だとすればなぜ私たちに会いに来ないのか不思議なんだけど……」


 それは名乗り出れない境遇だからです。これ以上追及しないでいただきたい!


「とにかく、その可能性がある以上、私達は彼を捜したいの」

「そ、そう……」


 俺は虚ろな表情で、そう呟くしかなかった。

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