第96話 保留

 俺の転生の可能性に気付き、意気上がる六英雄達。

 見込みのない旅に出ようとするライエルとマリアを見て、さすがに俺は深刻になった。


 俺が見つかったからという理由ではない。成果が上がらないとわかっている旅に出る事を見過ごすのが、さすがに後ろめたくなっているのだ。

 だからと言って、『実は俺がレイドの転生でした。てへっ』なんて言い出したら……今後の生活すら覚束おぼつかなくなってしまう。

 少なくとも俺は、マリアの胸に吸い付いた経験があり、女性全員と風呂に入りマッサージまでさせ、フィニアやコルティナに至っては、魔力吸引の為に朝晩唇を合わせている仲である。


「言える訳がねぇ……」

「ん? どうかしましたか、ニコル様」

「んや、なんでも」


 フィニアはいつも俺の背後で控えている。これはライエル達が来ても変わらない慣習だ。

 だからこそ彼女は俺がウッカリ漏らした苦悩を聞きつける。その内容まで聞き取られなかった事が幸いだ。


「待っててね、ニコル。ママ、新しいお友達を連れて来てあげるから!」


 豊かな胸を張り、ガッツポーズをして見せるマリア。もう四十が近いというのに、若々しい彼女はそんな仕草がよく似合う。

 だからと言って黙って見送る訳には行くまい。さすがにそれは、可哀想すぎる。

 どうにか理由を付けて、旅立ちを阻止しなければ、俺の良心に深刻なダメージを負ってしまう。


「え、えと……」

「ん、なに? 心配なのかな? 大丈夫よ、ママはとっても強いんだから!」

「それは知ってる」


 そうじゃないんだ、マリア。さて、どういう言い訳をひねり出すべきか。

 俺と悟られず、そして年齢的にもおかしくない言い訳というと――


「そーじゃなくて、せっかく一緒に居られるのに、また居なくなるとか……」

「あ、そうね……ニコルは寂しくなっちゃうのね」


 マリアがテレポートの魔法を習得したおかげで、俺は毎晩のようにマリア達と会う事ができる。

 だが旅に出た場合、発動が遅く消費の大きな術を行使するのは、マリアにとって大きな負担になる。

 今までのように毎日この家に飛んで来るという事は、ほぼ不可能に近いだろう。

 これがマクスウェルなら、余裕で戻ってこれるんだけどな。


「うん、だから――」

「でも私達にとって、レイドはかけがえのない仲間なのよ」

「それは非常にありがたい申し出だけど」

「え?」

「いや、そうではなく、えっと……」


 どうやれば諦めてくれるのか、俺は必死に頭を空回りさせる。

 空回りだからあまりいい考えが思い浮かばない。いやそうではない……ええっと。


「その子も子供なんだよね? だったらお母さんとかいるはずだし」

「あっ、そっか……見つけ出して連れてきたら、ご両親と引き離す事になっちゃうのね」

「相手の事を真っ先に考えるなんて、ニコルは優しいな。さすが俺の天使だ」


 必死に言い訳を考えていたせいで、背後に忍び寄るライエルに気付かなかった。

 俺は問答無用の怪力で抱きしめてくる奴を避けられず、がっちりとホールドされてしまう。


「ふぐぇぇぇ!」

「確かにレイドが生まれ変わっていたとしても、まだ子供だ。目撃証言からして、半魔人に生まれ変わった訳でもなさそうだし、親元で育てられている可能性は高いな」

「ぐえぇぇぇ!」

「ここは下手に探し出さずに、自ら名乗り出てくるのを待つのはどうだろう?」

「み、中身が出る……出ちゃう……でちゃうのぉ」

「そうね。考えてみれば子供の身でこのラウムに居たという事は、ひょっとしたらこの街に生まれ変わっているのかもしれないわね」

「ち、ちぬ……」

「それにレイドが本気を出せば、俺達じゃ見つけられないのは確かだ。本人が名乗り出ないという事は、相応の理由があるに違いない」

「そうね、今は待つべきかもしれないわね。彼が見つかったと聞いて、私もあせっていたのかもしれないわ。後、そろそろニコルを放してあげて。顔が真っ青」

「おっと、スマン」


 筋力補助の当てはついても、肉体的強度ばかりはどうしようもない。

 俺は平均よりやや虚弱な……いや、かなり虚弱な七歳児にしかすぎず、ライエルは人類史上でも有数の剛腕の持ち主だ。

 そんな奴が俺を抱きすくめたらどうなるか、推して知るべしである。

 俺はくったりと床にへたり込み、慌ててフィニアが俺を支える。そのまま床に俺を横たえ、膝枕へと移行した。

 実に見事な、流れる様な一連の動作である。


「まぁ、見つけても引き離さなきゃいいだけの話なんだけどね」

「でもコルティナ、あなたはそれを我慢できる?」

「うっ」

「そこにレイドが居て、彼があなたと離れた場所に居て、一緒に居ないでいられるかしら?」


 マリアは半ばからかうような表情で、コルティナに問い詰める。そしてコルティナも苦虫を噛み潰したような表情で沈黙した。

 おそらく俺に一番執着を持っているのは彼女だ。だからこそ、俺を発見すれば連れ帰らずにはいられないだろう。

 マリアはそれを揶揄しているのだ。もっとも当の本人は、今ここに居るのだが。


「むぅ……わかったわよ! 取りあえず、レイドについては現状維持にしましょ。アイツにもアイツの生活があるでしょうし、会いたくなったら向こうから来るでしょ」

「そうね、わたしが無理矢理転生なんてさせちゃった訳だし、これ以上波風立てるのも可哀想かもしれないものね」

「俺はいいけど、コルティナはいいのか?」

「アナタ、空気読んで」


 コルティナにしてみれば、良い訳がない。それでも俺の生活を勘案して現状維持を選んだ。その感情を台無しにするライエルに、マリアは容赦なく肘打ちを叩き込んだ。

 ズムッと鈍い音がして、ライエルが床に倒れ伏す。

 あれは的確にみぞおちに叩き込まれていたな。

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