第97話 旅行計画

 取りあえず、ライエル達の出立は阻止する事ができた。

 その後、恒例の宴会が強引に行われ――ガドルスとマクスウェルが居たため、フィニアが準備で可哀想な事になっていた――ともかく、夜半過ぎにようやく解散となった。

 その日はクラウドの鍛錬も休日にしておいたので、俺もゆっくりと体を休める事ができる。

 俺は自室のベッドに身を投げ出し、先ほどまでの喧騒の熱を息ごと吐き出して、心を落ち着けていく。


「子供にオーバーワークを課すのは、身体を壊す原因になる。適度な休日は必須だよな」


 口に出してみると、サクリとブーメランが刺さったような気がしたが、ここは気にしない事にしておく。

 一息ついてから身体を起こし、この機会に装具の点検を行うべく、準備を始めた。


 踏み台を持ってクローゼットに歩み寄り、中の天板を剥がしてその奥に隠しておいた道具類を取り出す。

 俺は鍛錬の時は、身体に糸を纏わすために黒い革ジャケットと頑丈な生地のニーソックス、それにスパッツを着用している。

 靴も膝下までのブーツを着用しているため、肌の露出はほとんどない。その代わり身体のラインはよく出ているけど。


 これはフィニアが見繕ってくれたもので、ミシェルちゃんと狩りに出る時を想定してコーディネートしてもらった物だ。

 森の中で飾りの多い服は邪魔になる。しかも色合いが派手な物も、獲物に気付かれやすい。

 珍しく黒が主体の一揃えなのは、そういう意味がある。


「とは言え、最近は妙にハードだったからな」


 革の上着はあちこちにほつれが見え始め、糸にも血や埃がこびりついている。


「上着の方は俺じゃ無理だよな。フィニアに修繕を頼んどくか」


 俺の力では革に針を通す事は不可能だ。さすがに糸の筋力補助でも指先の力まで補助できる訳ではない。

 この上着は狩りに出る時にも着ているので、修繕を頼みやすいのもある。

 

 見られたらマズイ戦闘痕や返り血の跡を修繕しつつ、俺は次の作業に移る。

 鋼糸は細い金属をって作られているだけに、摩耗や消耗が激しい。

 また、合間に埃や血がこびりついているので、これも整備用の油で丁寧に拭っていった。


「とは言え、もうこれも限界かな? 新しいピアノ線を調達しないとなぁ」


 むしろ、ピアノ線だと消耗が早すぎて効率が悪い。

 前世では、とある鍛冶師がミスリルの糸を調達してくれて、それを俺専用に調整してくれていた。

 しかもその糸を片手につき五本、一本当たり百メートル以上も内蔵できる籠手を作ってもらい、愛用していたのだ。

 その武器は俺の象徴でもあり……


「あれ? そう言えばあの籠手って、どうなったんだろう?」


 俺が死んだあと、装備が消えてなくなるはずがない。

 つまり俺の愛用の籠手はどこかに残っていてもおかしくはないはず。しかも仮にも六英雄の装備だ。壊したり溶かしたりして別の材料にするとも考えにくい。


「という事は、誰かが保管してくれていたりするのか?」


 一番可能性が高そうなのは、俺の最期に駆け戻ってくれたであろうコルティナと、俺に転生リーインカーネーションを掛けたと推測されるマリアだ。

 しかしマリアの家のにも、このコルティナの家にも、そんな物は無かった。

 斥候職をこなした俺の探索である。どちらの家にも存在しないのはほぼ確実。


「コルティナがマクスウェルに預けたのかな?」


 マクスウェルの宝物庫なら、俺でも確認のしようがない。

 そしてこの街で最も厳重な警備が施されている。この街で、いや、この世界で最も安全な保管場所かもしれない。


「でも、あそこじゃ俺も手が出せないしな……やっぱ、しばらくはピアノ線で代用か」


 俺は週に二回だけ、音楽室に顔を出している。

 表向きはクラブ活動としての参加なのだが、実際はこっそりピアノ線の調達するのが目的である。

 熱心に俺に楽器を教えては生み出される騒音に悶絶している音楽教員には、少しばかり申し訳ない思いをしていた。


「あまり消耗が激しいと、怪しまれるからな。やっぱ糸に頼らない戦い方も考えないと……」


 そこで俺の部屋の扉がノックされた。この勢いあるノックはフィニアじゃないな。

 そう判断した直後、案の定コルティナの声が聞こえてきた。


「ニコルちゃん、いるかな?」

「あ、うん。ちょっと待って」


 今、俺の部屋には狩り用の黒服と長々と伸びたピアノ線が散乱している。

 黒服だけならともかく、この糸を見られたら、さすがに言い訳できない。

 慌てて糸を巻き取り、箱に突っ込んでからベッドの下に押し込む。隠し場所としてはありきたりだが、本格的に隠す場所はここじゃないので、とりあえずの隠し場所、である。


「どうぞー」

「ゴメンねぇ、夜分遅くに」

「いいよ?」


 パジャマ姿のコルティナが扉を開けて入ってくる。

 ダボッとしたパジャマは胸元やへそ周りがチラチラと覗き、無防備極まりない。

 俺が男のままだったら、そのままベッド送りにされてもおかしくない姿だ。


「あ、狩りの道具を整備してたんだ? 偉いわね」

「そーでもない」


 鋼糸は隠しておいたが、部屋の中には黒を主体にした狩り用の服が放置したままだ。

 これは別に見られてもおかしくないので、隠さなかっただけである。


「あちこち解れてきてたから」

「ミシェルちゃんと頑張ってるからね。ちょっと無理しすぎじゃないかとは思うけど」

「レティーナもいるから、大丈夫」

「そっか、そっか。ニコルちゃんは優等生だねぇ」


 細くしなやかな指が俺の頭を撫でてくる。彼女の尻尾も、機嫌良さそうに揺れていた。

 どうやら、先程の議論……俺を捜さないという結論に遺恨は残していないようだ。


「それで、なんの用?」

「あー、それね。うん、さっきの話だけどさぁ」


 遺恨は残していないと思ったが、そうでもなかったか? 俺がそう訝しむ表情を浮かべたので、コルティナは慌てて手を振って否定した。


「あ、違うよ? さっきの結論には異論無いの。でもほら、感情とかうまく整理するのには時間かかるじゃない?」

「うん」

「それでね? みんなでパーッと気晴らしに小旅行しない? ほら、もうすぐ学院も連休があるでしょう? 場所はこの近くにあるエルフの集落。あそこって温泉が湧いてるのよ」


 そう言えば、水練用の遊泳池作りで無理をしたので、来週には連休が設定されている。

 それに近くのエルフの村には温泉が湧いている名所も存在していた。

 コルティナはその期間を利用して、旅行に行こうと考えたのだろう。


「悪くないと思うよ。でもみんなって?」

「私とニコルちゃんとフィニアちゃん。後ミシェルちゃんとレティーナちゃんは有志で」

「ライ――パパは呼ばないの?」

「あー、あいつら呼んだら、今日みたいになるし」


 ライエルも酒癖が悪い訳ではないのだが、ガドルスやマクスウェルが一緒にいると、ハメが外れる傾向にある。

 やはり仲間同士、離れていた時間が長いため、思うところがあるのだろう。


「フィニアちゃんも休める時間を用意してあげないとね」

「うん、それはいい考えだと思うよ」


 今日もそうだが、フィニアは裏方として家や料理、掃除洗濯とフル回転している。この街に来てからは剣の鍛錬も行っているくらいだ。

 ましてや今夜の騒動だから、そうとう疲労も溜まっているに違いない。


「じゃ、決定ね。来週の連休に出発したいから、ミシェルちゃんとレティーナちゃんに話は通しておいてね」

「りょーかいです」


 ビシッと敬礼して、俺は了承の意を返す。

 こうして翌週、俺達は小旅行に出る事になったのだ。

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