第98話 いつもの道中

 連休は週末を含めて四日間ある。

 この期間を利用して二泊三日の温泉旅行を企画していた。

 目的地の温泉地はラウムから森の中を数時間進んだ先の、エルフの集落にある。


 その集落までは森を切り拓いた小道が交易路として繋がっているため、往来はそれほど困難ではない。

 参加するメンバーは俺とフィニアとコルティナ。それにミシェルちゃんとレティーナの五人だ。

 彼女達の両親は用事があるため参加できないらしい。


  そういうわけで早朝から温泉町を目指して出発した俺達ではあるが、その道のりは想像以上に厳しかった。

 具体的に、俺にとって……だが。


「ぜひゅー、ぜひゅー……」

「ニコル様、またですか?」

「体力不足だけは、いかんともしがたく」


 俺は整備された石畳の上に両手を突き、へたり込んでいた。

 魔力蓄過症はトリシア女医の処方してくれた薬のおかげで、完全に抑制されている。

 以前のように急激に疲弊し失神するような事態には陥っていないが、だからと言って、かねてよりの虚弱体質まで払拭された訳ではない。


 特に森の小道は日光が遮られ、湿度が高く、さわさわと吹き抜ける風が微妙に体力を奪って行く。

 それも適度な時間ならば心地いい環境なのだが、長い時間そこを歩くとなると話は違う。

 コルティナもその辺りは把握してくれているので、俺に水筒を渡して小休止を取ってくれた。


「まぁ一時間歩けるようになったんだから、進歩してるわよ。時間には余裕を持たせてあるし、ここらで少し休憩しましょ」

「我ながら、ふがいない」

「仕方ないわよ、むしろその歳にしては貴方たちが元気過ぎるのよ」


 コルティナがミシェルちゃんとレティーナを指差して、そう指摘した。

 確かにミシェルちゃんは歳に似合わない体力を持っていて、十代の少女と比較しても遜色がない程だ。

 逆に街育ちのレティーナは実はインドア派なので、最初の勢いはあるが、疲労するのも早い。

 今は余裕を見せているが、あと三十分も歩けば俺と同じような醜態を晒すはずである。


「ニコルちゃん、病気治ってなかったの?」

「ううん、ちゃんと治ってるよ? ただ体力がまだついてないだけ」

「仕方ないですわね、ここで少し休憩しましょ」

「もうコルティナがそう言ってるし」


 ちょっとリーダーを気取ってみたい年頃なのだろう。平たい胸を張ってそんな指示を飛ばすレティーナを、俺は微笑ましい思いで見やっていた。

 だが足腰が立たない事には違いない。俺の足をフィニアが甲斐甲斐しくマッサージしてくれて、心地いい。

 完全にリタイヤ状態の俺を見て、コルティナは心配そうにこちらの様子を尋ねる。


「大丈夫、魔力が溢れてたりしない? 吸引しなくても平気?」

「うん。それは平気」

「チッ」

「なんで舌打ちしたし!?」


 今の俺は強制的に解放力を開いた状態になっているので、それを放出するコツを学べるまでは他人の補助を必要としている。

 それをなぜか、フィニアとコルティナは『ごほうび』と捉えており、朝晩の吸引作業を取り合ったりもしていた。

 正直俺としては二人の美少女と唇を重ねる事ができるため、大いに歓迎したい状況ではあるのだが……これはもちろん二人には内緒だ。


 道の端に寄って通行の邪魔をしないように避難しながら、生温い水を口に運ぶ。

 少し体が冷えてしまっているので、温かい酒などが飲みたい気分だが、ぜいたくは言えない。

 というか、この身体はアルコールに非常に弱いため、酒を口にした瞬間に酔い潰れてしまう。

 せめてミルクでもあればいいのだが、半日がかりの行程予定していたため、傷みやすい食材は排除していた。


「あ、そうだ。ニコルちゃん、ちょっと待ってね?」

「んぅ?」


 コルティナが俺の水筒を取り上げ、なにか木の実のような物を放り込んでから、別の袋に詰め込む。

 そしてその袋を地面に置き発火イグナイトの魔法を使って暖める。

 水筒を入れた袋は不燃性の布でできていて、イグナイトの魔法で暖めても燃える様子は見えない。

 そうやってしばらく暖めた後、取り出した水筒の中身を携帯用のカップに流し込んで、俺に渡してきた。


「はい、どうぞ」

「ん、これは?」

「あんずの身を干したモノを水に入れて温めたのよ。物足りなさそうな顔してたから」

「う……顔に出てた?」

「少しだけね。ニコルちゃんはまだ子供なんだから、そんな気を使う必要なんてないのに」


 子供扱いしてくれるが、実は中身はいい大人で、しかも男である。

 そりゃ気も使おうというモノだ。俺はバツが悪い思いでカップに口を付けた。

 あんずのほのかな甘みと酸味が水に染み出していて、飲みやすい味になっている。

 それを物欲しそうにミシェルちゃんとレティーナが眺めていた。コルティナもそれを察し、水筒の水を別のカップに注いで手渡していく。


「はい、ミシェルちゃんとレティーナちゃんも。フィニアも少し休みなさい」

「ええ、一段落ついたらそうさせてもらいます」

「ゴメンね、フィニア」

「むしろ役得です」

「え?」


 スカートから伸びた俺の枝のように細い足をも揉みほぐしながら、フィニアが応えた。

 どうも最近、彼女の忠誠心が変な方向に成長しているように感じる。代わりに自虐的な性格は少しずつ回復している様なので、いい事なのか、悪い事なのか。

 そうやって俺達が道端で休んでいると、一台の馬車が通りがかった。

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