第231話 残された手紙
男が姿を消すまで、俺はぺこぺこと頭を下げ続けた。彼は予想以上に足が速く、瞬く間に街道の向こうに消えていった。
ひょっとしたらマクスウェルが使っていたように、
なんにせよ、そうでなければ納得ができないほどの速さだった。
消えゆく男に脂汗を流してお辞儀する俺を見て、ミシェルちゃんはニマニマした笑みを浮かべている。
「む、なに?」
「いやー、ニコルちゃんって実は結構ドジっ子?」
「失敬な。あれはあんなところに隠れていたアイツが悪い」
「まあ、あの人の言う通り、街の外のどこで休もうが彼の自由ですわね。でもどうして、よりにもよってあんな場所で……」
レティーナは小さく首を傾げている。
確かに彼女の言う通り、街道脇の木の陰の草むらなんて、まるで人目を避けているかのような場所だ。
服装も、街の外にいるにしては軽装過ぎた。一応帯剣はしていたが、それを除けばまるでそこらの村人と言ってもいい。
まるで目立ちたくないという意図が、その姿や振る舞いに滲んで見える。
「レティーナのいう通り、確かにおかしいね。何してたんだろう?」
「なあ、ニコル。これなんだ?」
クラウドはレティーナの言葉を受け、草むらを探っていた。そこから小さな封筒を引っ張り出してきた。
「さっきの人の落し物かな?」
「かもしれない。だとすれば、追っかけて届けないと」
「でもこれ、封がしてないぞ? 普通はこういうのって普通は封をしてるもんだろ?」
くるりと裏面をこちらに見せるクラウド。そこは彼の言う通り、封のしていない状態になっていた。これでは中が見放題である。
だからと言って、勝手に見るのはマナーに反する。
それを口にする前に、クラウドは封筒から中身を取り出していた。
「あっ、バカ!」
「なになに、『陣は見つけられた。的は誘導通り。軍師はそちらに向かうだろう』?」
「――え?」
クラウドの読み上げた文面を聞き、俺は一瞬硬直した。
このラウムにおいて、軍師と言えばコルティナを指すことが多い。的という言葉も良い感じは受けない。
そもそも誘導とは……
「待って、誘導?」
陣……あの岩場の地下、描かれていた魔法陣はそれほど大きなものではない。
そもそも、床は岩盤ではなく土が剥き出しだったのだから、ちょっと地面を耕せば魔法陣を消すことは容易いはず。
それなのに魔法陣は丸々残されていた。一週間という時間で風化しかけていたが、マクスウェルが行き先を読み取ることも可能だった。
いや、それよりもデンを見逃したのも、そもそもおかしくないか? デンは知性の面で異常進化をしていたが、身体能力は通常のオーガと変わらない。
そしてオーガという種は筋力に優れていても、敏捷性にはそれほど秀でていない。
その気になれば、取り逃がす可能性は限りなく少ない。手間のかかる転移魔法を使う場合、儀式中に襲われる危険性を鑑みれば、確実に仕留めておいた方がいいはずだ。
それに転移魔法を使えるレベルの人材を集められるなら、オーガを倒すくらいは容易いはず。
だというのに、デンは見逃されていた。
「もしや、誘導されたのは……マクスウェルたち?」
「えっ?」
俺の言葉にレティーナは驚愕の声を漏らす。
英雄たちを罠に嵌めたと聞かされたら、平静ではいられない。
「どういうことですの!?」
「ちょっと待って。今考えてるから」
そうだ、あの痕跡は明らかにおかしい。あからさまと言っていいほど露骨に残されていた。
デンを逃がしたのも意図的だとすれば、どうだろう?
オーガが出れば討伐の依頼が出る。通常は会話などできるモノではない相手だ。そして討伐した後は、他に撃ち漏らしがいないか確認するために、その住処を探したはず。オーガの仲間や子供が存在していれば、さらに危機は続くからだ。
ならばあの魔法陣は、いつかは見つけられる事態になっただろう。
そして正体不明の魔法陣を冒険者が発見すれば、それはすぐにでもマクスウェルの耳に届く。
近隣でのクレインの動向を知るマクスウェルなら、即座にそれが何の痕跡か、把握できるだろう。
微妙に絞り切れない転移先を解析し、尻尾を掴んだと思う。これも自然な流れだ。
そう、転移先が特定しきれないというのも、真実味を増す一因になっている。だが、特定できないとはいえ、行き先はコームかリリスの二か所に絞られている。
ならば、後を追う六英雄がそこにやってくるのは、容易に想像できる。
だがなぜ、そんな面倒な真似をする?
答えは簡単だ。俺たちを障害の多い街中で待ち伏せるため。街中だと俺たちの能力は著しく制限されるからだ。
ライエルやガドルスならともかく、マクスウェルやマリアは街中で大きな魔法を使う事ができない。
大規模な魔法を使おうと思えば、無関係な市民を巻き込んでしまう。コルティナも人を指揮できねば、その戦力は激減する。
最大戦力のマクスウェルは、否応なく小規模な魔法を使用せざるを得ない状況に持ち込まれてしまう。
そしてコルティナは、策を持って敵を攻める軍師。逆に言えば実質的な戦闘力は仲間の中でも一番低い。
街中での乱戦に持ち込めば、彼女は最も狙いやすい獲物と化す。
だとすればこの情報を受け取るのは――
「狙いは……コルティナか!」
六英雄殺し。それを狙うとすれば真っ先にコルティナを選ぶだろう。
そして、二つの街に的を絞らせなかったという事は、俺達もそこに分断されるということでもある。
実際、今五人は分断して街を調べている。敵がどこにいるかわからないが、二手に分かれるのなら最大三人、最小で二人を相手にすればいい。
戦力の都合を考えれば、コルティナに付くのは護衛能力が高いライエルかガドルス。どちらも前衛職だ。
一番の危険人物、多彩な魔法を使いこなすマクスウェルは、人数の都合上、コルティナとは一緒になる可能性は低くなる。
実際はマリアがコルティナ宅で留守番しているので、なおさらコルティナとマクスウェルは分かれて行動しているはず。
「まずい……早く知らせないと!」
今は夕方。コルティナは昼過ぎにマクスウェルに呼び出され、そこから自習になっている。
つまり、いま彼女はコームかリリスに移動しているはず。
狙われていることを早く伝えないと、手遅れになる可能性もあった。
「ミシェルちゃん、レティーナ! すぐ帰るよ!」
「え、もう……?」
「うん……いや、俺――ううん、わたしだけでも先に帰るから! 後から戻ってきて」
「そりゃいいけど……どうしたんだ?」
「説明は後!」
クラウドは急に焦りだした俺を訝しんでいたが、それこそ説明する時間すら惜しい。
そして重装備のクラウドや、運動の苦手なレティーナの歩調に合わせていれば、街への帰還がそれだけ遅れてしまう。
俺の敏捷性は四人の中でも別格なのだ。一刻も早く知らせるには、他の三人が足手まといになってしまう。
幸いここは街道沿い。安全はある程度確保されているため、危険は無いだろう。
俺はクラウドから手紙をひったくり、ラウムの首都へ駆け戻っていったのだった。
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