第230話 計画通り

 ◇◆◇◆◇


 マクスウェルが埋めた大岩の地下。その入り口があった場所に二人の男が訪れていた。

 二人とも、どうという特徴のない顔つき。街中で擦れ違っても、数分で忘れてしまうほど、印象が薄い。


「様子はどうだ? やはり埋められているか?」

「ああ、これは明らかに人為的な仕業だな」


 一人が入り口を調べ、その様子をもう一人に告げた。

 これほどの天変地異に全く驚いていない様子。巨大な岩の地下空間が、一夜にして崩落する。その事自体は珍しいものではないだろう。

 しかしそれを、音もなく極秘裏にやって見せるのは、神技と言っていい領域だ。

 彼らはそれを知って、なお平然としていた。


「ここまで派手な事を、誰にも知られずにやってのけるということは……」

「間違いなく、マクスウェルの魔法だろうな」

「ならこの地下にあった『アレ』も見られたか」

「そうだな……予定通りに」

「ああ、予定通りに」


 男たちは互いに頷き合い、入り口近辺の痕跡を更に埋め立て、念入りに消していく。


「ここは俺がやっとくから、お前は『旦那』に報告してきてくれ。昨夜にこれをやったのだとすれば、猶予はあまりないぞ」

「そうだな。ここから首都まで……荷役カーゴの魔法を使っても半日ほどかかるか。じゃあ後は任せる」

「おう、手遅れになる前に知らせないと、俺たちが旦那に殺されちまうぞ。急げよ」


 一人がその場を離れていく。残された男は、その姿が消えるまで見送っていた。

 やがてその背中が森の中に消えると、ボソリと呟く。


「やれやれ、マテウスの旦那もここが嗅ぎ付けられるとわかっているのだったら、ここで仕掛ければいいのに……」


 ため息混じりに愚痴を漏らし、穴のあった痕跡を消していく。

 雑に埋め立てただけのマクスウェルの隠蔽工作では、ここに何があったか見破られる可能性がある。

 この場所を自分たち以外が悪用されるのは、彼等にとっても都合が悪い。

 使えなくなったのならば、完全に封じてしまった方が良い。そう指示されていた。


「それにしても……ここに来て標的を変えるとはね。旦那も性格悪ぃぜ」


 ぼやきながらも手は止まらない。周囲に他に人がいないか警戒しながらの作業は、効率が悪く捗らない。

 それでも男は手を止めることはなかった。その作業は日が暮れるまで続いていた。



 ◇◆◇◆◇



 街を出た俺達は、街道沿いから離れないようにしながら獲物を探していた。

 ギルドで受けた依頼は薬草探しだが、食肉の確保はクラウドの地位向上にも役立つ。むしろこちらの方が緊急性は高いといっていい。

 しかし、ギルドの仕事も無論重要だ。結果として、獲物の小動物を探しながら薬草の葉も探すという、複数の行為を同時に行う事になっていた。

 もっとも、これはこれで並列思考の訓練になっていいかもしれない。


「むー、集中できない」

「あ、ミシェル。これミルドの木じゃありませんの?」

「そーだけど、下の方に葉がないよ? 登らないと」

「わたしが登って取ってこようか?」


 四人の中で俺は断トツで身が軽い。

 ミルドの木は低い位置にも葉を付ける木なのだが、手の届く範囲はすでにむしり取られていた。

 どうやら受付の人が言っていた、ミルドの葉の不足はこんなところまで影響を出しているようだ。

 俺の申し出に過剰に反応したのは、ミシェルちゃんだった。


「ニコルちゃんは木登りしちゃダメ!」

「え、なんで?」

「だって、ニコルちゃんが木登りしたらモンスター見つけちゃうじゃない」

「それ、もう何年も前の話だよ?」


 彼女と遊びに村を抜け出したとき、コボルドに襲われたのはもう七年も前の話だ。

 あの時はこの身体の能力を知らなかったので、いいようにあしらわれてしまったが、今の俺がコボルド程度に後れを取るはずもない。

 そもそも、モンスターを発見するという保証だってないのだ。


「それ、何の話ですの?」

「昔ニコルちゃんが無茶した時の話でねー」


 レティーナにミシェルちゃんが昔の武勇伝を語りだした。

 それを聞いて目を輝かせたのは、意外にもクラウドだった。


「三歳でコボルドを倒したのかよ、スゲェ」

「一番いいのは戦わない事だったんだけどね。目を離すわけにも行かなくって」

「村をモンスターから守るために戦闘とか、カッコいいじゃん?」

「勝てなかったら無駄死にだよ。冒険者なら生き残る事が最優先」

「うっ、それはわかってるけど」

「何度でも言うって言ったでしょ……ん?」


 そこで俺は小さく草が揺れるのを目にした。風とは違う揺れ方。あれは何かが潜んでいる揺れ方だ。

 騒ぐミシェルちゃんたちを手で制し、黙らせる。彼女たちも俺の行動を見て、無駄話をやめた。

 この辺りはしばらくパーティを組んでいるので、慣れたモノだ。


 俺がカタナを引き抜き、逆の手で糸を伸ばす。

 同時にミシェルちゃんは弓を、クラウドは盾を構えた。レティーナも杖を構え、魔法を放つ準備をしている。

 俺は音もなく近づき、低い状態から草むらに飛び込んで、先制攻撃を掛けようとした。

 俺たちを察知できなかった相手は、完全に不意を突かれ、硬直している。

 そこにいたのはモンスターや野獣ではなく、一人の男だった。


「うおっ!?」

「っと、とと――ストップ、人だった!」


 悲鳴を上げてひっくり返る男と、急停止する俺。後続のクラウドたちが追撃しないように、警告も発しておく。

 俺の警告を聞き、ミシェルちゃんが慌てて弓を下に向ける。


「なんだ、ガキか……脅かしやがって」

「獲物かと思ったんだよ。ごめんなさい」

「冒険者の真似事か、気を付けろよ」


 吐き捨ててから、男は立ち上がり、姿を見せる。

 見たところ普通の村人っぽい服装だが、腰に帯剣していた。風貌は……妙に印象に残らない。


「まったく、おちおち休憩も出来やしねぇな」

「でもこんな草むらで隠れてるから」

「どこで休もうと俺の勝手だろう」


 確かにここは街の外。どこで休もうが自由だが、それを言えば襲われたって文句も言えない。


「気を付けろよ」

「うん、ごめんね」


 なんだか姿を隠していたらしい男は、俺に見つけられ、ばつの悪そうな顔をしていた。

 それをごまかすように地面に唾を吐いてから、男は立ち去っていく。

 今回は俺たちの方が悪いので、謝罪してその背中を見送っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る