第232話 巻き添え

  ◇◆◇◆◇


 コルティナはライエルとともにリリスの街に来ていた。

 コーム都市国家連合第二の都市、リリス。かつて詳細不明な壊滅事故が発生し、一度滅んだ街。

 そこからコームの援助により再建した街ではあるが、それがゆえに闇を抱えた街でもある。そしてこの街に潜む闇は今なお健在だ。


 マテウスのジェンド派も、この街を拠点にしているという噂があった。

 そこで土地勘のあるコルティナと、最大戦力であるライエルがこの街を訪れていた。

 殲滅力という点ではマクスウェルがダントツでトップなのだが、彼の破壊力は街中では発揮しにくいという問題がある。


「じゃあ、私はとりあえず宿を取っておくわね」

「ああ。俺はこの街の騎士団に話を聞いてくる」

「マクスウェルが各地に通達を出しているから、成果は薄いと思うけど、ひとまずはお願い。宿の場所は騎士団に伝えてもらうから」

「頼む」


 今のところ、クレインの逃亡が先んじている状況だ。

 この差を詰めるため、マクスウェルは冒険者ギルドの通信網を利用し、各地に通達を飛ばしていた。

 しかし、その成果は芳しいものではなく、どのギルドからもクレイン目撃の報は入ってきていない。


 この街にもその通達は届いているはずなのに、その返答がない。という事は、正規軍である騎士団でも新たな情報が入る可能性は望み薄だった。

 それでも、情報の伝達にはどうしても時間差が生じるものだ。直接確認するのは、決して無駄足ではない。

 対して土地勘のあるコルティナは、この街で安全な宿を選んでそこを拠点にするつもりでいた。


「ここにクレインの手の者がいるかもしれないんだから、あまり一人で出歩くのはよしてくれよ? コルティナの身に何かあれば、俺がマリアとニコルに殺される」

「それは理解しているわ。それでも出歩かないといけない場合はあると思うけど……その時は書き置きを残していくし、連絡も入れるから安心して」

「ああ、だがくれぐれも慎重に行こう」


 そう言い残して、ライエルは騎士団へと向かう。

 コルティナも、表通りにある安全な宿を求めて通りを進む。この街は犯罪者の集団が巣食っている地域もあるため、宿選びには特に気を使う。

 この地方出身のコルティナは、その候補をいくつか知っていた。


「あの宿、まだあるかしらね」


 しかしそれも二十年以上前の話だ。通りにあったいくつかの店は姿を消し、見慣れない店が軒を連ねている。

 その光景に、長らく忘れていた望郷の念に駆られた。


「まー、帰る故郷なんてないんだけどね。私も孤児だったし」


 孤児院からその才を見出されたコルティナは、軍学校の寮に放り込まれた。

 その孤児院もすでに潰れており、彼女には明確な『帰る場所』というモノは存在しない。


 その後いくつかの宿を巡ったが、大都市だけあって数軒の宿にはすでに満室と言われ断られてしまった。

 街路を何度か往復して、ようやく落ち着ける宿を見つけ出し、そこで部屋を取る。

 無論この宿に宿泊するわけではない。夜にはマクスウェルが迎えに来るので、ラウムへと帰還する。だが拠点があれば、緊急時の相談もしやすい。

 どんな時でも、拠点を用意するというのは冒険者時代に得た教訓である。


 部屋を取り、軽く荷解きして少し身軽になったコルティナは、騎士団のライエルに宿の場所を伝えるための手紙を書いて、カウンターへと向かう。

 そこで使用人の少年を一人捕まえて、言伝メッセンジャーを頼んでおいた。

 それからしばらく、ライエルが戻ってくるのを大人しく部屋で待っていた。


 騎士団に情報の確認に行くだけだから、それほどの時間はかからないはず。

 そして万が一襲撃があったとしても、ライエルならば単独でどうとでもできる。

 そういう面では、コルティナは心配していなかった。

 しかし、大人しく宿で待ち続けるというのも、暇を持て余す。


「ふわあぁぁっぁぁぁん」


 椅子に座ったまま盛大に欠伸しながら、身体を伸ばす。

 夜には一度戻る予定だったため、暇をつぶす道具も持って来ていない。どうした物かと思案し始めた時、部屋の扉がノックされた。


「んにゃ?」


 この宿の扉は内側からカギがかけられる仕組みになっていて、しかものぞき窓も付いている。

 安全性はこの街でもかなり上位。狼藉者が踏み込んでくる可能性は少ない。

 しかし、ノックが宿の者なら、その後に声が掛けられるはずだ。だが一向にその気配はない。

 それどころか、ドアの隙間から、一枚の紙が差し込まれた。


「なに……?」


 明らかに不振な行動。

 コルティナは扉の他に窓も警戒しつつ、その紙を手に取った。

 窓を警戒したのは、扉に注意を引きつつ窓から突入され、不意を突かれることを警戒したからだ。


 護身用の杖を持ちつつ、紙を引き抜く。するとその紙には、一切れの布が結び付けられていた。

 赤黒い何かが染み付いたその布に、コルティナは微かな既視感を覚える。


「この布……どこかで?」


 そして紙にはこう書かれていた。『メッセンジャーの少年は預かった』と。


 そこまで目を通したところでコルティナは思い出す。その布は、言伝を頼んだ少年付けていたエプロンの物だと。

 巻き込んだ――そう思ってドアを開く。そこには誰の姿も無かった。

 続いて窓に駆け寄り、街路を一望した。誘拐犯がここまで来たのなら、何か情報を残しているかもしれないと考えたのだ。

 すると通りの向こうに、妙に腕の長い男がコルティナの手にある布と同色の服を持って、こちらに向かって手を振っていた。


「あいつ……まさかマテウスって男!?」


 クレインの護衛に就く、凄腕の暗殺者。その特徴はニコルとミシェルから聞き出している。

 長い腕に二刀流という、特徴的なスタイルはどこにいても目を引く。

 マテウスはニヤリと場違いなほど陽気な笑顔を浮かべると、通りの影へと消えていった。

 それを見て、コルティナは新たな書き置きを残し、わざと派手な音を立てて窓を突き破って街路に飛び出す。

 これで何事かと宿の主人が様子を見に来るはず。そして残された書き置きを見つけてくれるはず。そう確信して、マテウスの後を追ったのだった。

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