第261話 防寒対策

 ひとしきり、水辺で仲間と戯れた後は、真剣に検証することになった。

 まず第一に、今の水温で長時間の水中活動が可能かどうかの判断だ。


「さすがにちょっと……キツいかもしんない」


 ミシェルちゃんはタオルに包まって、震えながらそう主張した。

 およそ一時間、ぶっ続けで冬場の水遊びに興じていれば、そうもなろう。


「そうですね。私も持久力にはあまり自信がありませんので、少し厳しいかと思います」

「お昼はともかく、夜になるともっと水温が下がるのよね? わたくしも難しいと思いますわ」


 ミシェルちゃんの主張に、フィニアとレティーナが相次いで同意する。やはり冬場という時期が、今回の最大の敵になったようだ。

 ちなみに俺は、腰までしか水につかっていないので、体力の消耗はほとんどしていない。

 なお、クラウドはまだ水から上がってきていない。理由は……上がれない理由ができたんだとか。

 意味はわから……なくもない。俺も元男だしな。ミシェルちゃんの露出で、あのスキンシップの激しさは、男にとって凶器以外の何物でもない。


「それに水の中では、予想以上に行動が制限されますね」

「うん、弓はさすがに使えなさそう」

「マクスウェル様の水中呼吸ブリージングで、呪文の方は問題なく使えましたけど、波が予想以上に身体を揺らしますから照準が甘くなりそうですわ」


 水中呼吸ブリージングの魔法を使えば、一時間は水の中でも息ができる。

 それだけでなく、水中での発声も可能になるため、魔法だって使用できるようになる。

 問題は水の抵抗で、魔法陣を描く動作が鈍くなり、波によって身体が揺らされ狙いがブレてしまうことにあった。

 実際にレティーナが使ってみた結果、下手をすれば数メートルも魔法がズレたこともあった。


「これはわたしにも大問題。付与術の照準もズレちゃうから、下手したら敵にかかっちゃう可能性もある」

「それはピンチなんてモノじゃありませんわよ?」

「寒くて身体が動かなくなるから、よけい危ないよぉ」

「そこはクラウドにがんばってもらおう」

「なんで俺ばっかり!」

「うるさい、文句は水から上がってから言え」

「出れねーんだよぉ!」


 まあ、クラウドの気持ちもわからなくもない。

 今ミシェルちゃんは、寒さで自分の体を抱きしめるようにして震えている。

 そう、むぎゅっと。寄せられているのだ。いろいろな肉が。しかもいつもと違う露出の多い水着で。

 クラウドの視線が釘付けになったとしても、俺としては責められない。理解できてしまったから。


「ともあれ、寒さの方はワシの方で対処しよう。いや、ニコルに対処させよう」

「俺?」

「干渉系の魔法には、保温ウォームという魔法があったじゃろう? そろそろお主でも使えるはずじゃ」


 保温ウォームという魔法は、主に寒冷地や熱帯地など、普通に過ごすには厳しい気温の地域に赴くときに必要になる魔法だ。

 特定装備に掛けることで、その装備の温度を一定に保てるようになる。しかも効果時間は基礎魔力消費だけでおよそ六時間にも及ぶ。

 これは個人に掛けるのではなく装備に掛けることで、少ない魔力消費で長時間効果を発揮させることができる。光明ライトなど長時間の発動が不可欠な呪文と同じく、そういう工夫が施された魔法だった。

 地味に冬場などはシーツに掛けておくと快適だと聞いたことがある。

 利便性が高い魔法だけに中級に属している、そこそこ難易度の高い魔法だった。


「そっか。でも使えるかな?」

「今のお主の能力なら、まず問題はあるまい。それに失敗しても成功するまで掛け直せばいいだけじゃ」

「なら寒さ対策は何とかなるね」


 その時、マクスウェルの提示した解決策に、即座に食いついてきた者がいた。

 調子に乗って冬場の水遊びを堪能しすぎて、今なお震えているミシェルちゃんだ。


「ニコルちゃん、今! その魔法を試す時は、まさに今だよ!」

「……寒いからでしょ?」

「うん」


 即座に肯定した素直さに免じて、ここは保温ウォームを掛けてやることにしよう。

 夜中にぶっつけ本番でやるより、今試すほうがよっぽど余裕があるし。


「朱の一、山吹の六、翡翠の三――保温ウォーム


 試しに俺はミシェルちゃんに対し、魔法を掛けてみる。

 魔力は最小限で、時間は六時間。彼女までの距離は三メートル。展開する魔法陣は、以前マクスウェルの個人授業で学んだことがある。

 記憶からそれを掘り出し、展開し、魔力を通して術を構成し、放射。

 ミシェルちゃんは俺の放った魔力の光に包まれ、ほっこりと温まった顔をしてみせた。


「うわー、あったかい! 水着があったかいよ、ニコルちゃ……あ、あれ? あつ、あっ、熱!?」


 その顔も束の間。どうやら温度調整が高すぎたらしく、ミシェルちゃんは砂浜を転がり始めた。


「あわわわ、か、解除の魔法! えっと、えっと……」

解除ディスペル


 俺が狼狽している隙に、マクスウェルが手早く魔法を唱え、解除してくれた。

 ミシェルちゃんはというと、砂浜でぐったりと倒れ伏したままだ。


「ふむ、火傷している風でもないし、まあ問題なかろ」

「そういう問題じゃない! ミシェルちゃん、大丈夫!?」

「う、うん。やっぱりちゃんとテストしてよかったねぇ……冒険前だったら無駄に疲れちゃうところだった」

「そうだね。やっぱ事前準備は必要だね……というわけで実験体はクラウドに変更」

「なんで俺!」


 水の中に半身を浸けたままのクラウドに向けて、俺は保温ウォームの魔法を放った。

 無論、付け焼刃の魔法がいい具合に発動するという、ご都合主義なことは起きるはずもなく……


「あっつあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁあああぁぁぁ!?」


 クラウドは粗末な海パンを押さえて、水の中で悶え苦しんでいたのだった。

 まあ、最近エロい目で俺たちを見る奴のイチモツなど、焼けても問題なかろうなのだ。

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