第607話 首都での攻防

  ◇◆◇◆◇



 魔神の襲撃は北部全域に及んでいた。

 もちろん三か国連合王国の王都トライアッドにも、魔神の群れは襲来していた。

 むしろ住民が多い分、他の集落などよりも遥かに多い数が集まった影響で、騎士団をほとんど戦線に投入する程の激戦区と化していた。


「陛下、北門の防御がすでに限界です。守備兵の被害が多数出ています!」

「南門の兵士に余裕があったはずだ。それと後詰めの騎士団も投入せよ」

「西の第二門、どうにか魔神の侵攻を押し止めています!」

「なに!? どうやってだ?」


 一体ですら強力な魔神。それが八体、このトライアッドに襲い掛かってきていた。

 それぞれが連携せず、一点突破してこない分だけ耐えられているのは、不幸中の幸いである。

 しかしそれでも劣勢であることには変わりない。だというのに西の第二門だけは耐えられるというのが、納得のいかないことだった。


「ハ、第二門にはラグラン伯と妃殿下が対処に当たられてまして」

「プリシラが!? 姿を見ないと思ったら、そんなところに……」

「ですがお二人が協力してくださってるおかげで、魔神に対抗で来ていることも事実ですし――」

「それは王妃の仕事ではなかろう! まったく、なぜ危険な場所に乗り込んでいくのか」


 王の発言に抗弁することは、基本的にできない。だから周囲の臣下たちはそれに反することはしなかった。

 そしてエリオットも、それを知っているからこそ、連れ戻せとは口にしない。

 現状、魔神に対抗できている唯一の戦場から、戦力を引き抜くわけにはいかない。

 この紙一重のバランスを崩すことで、一気に戦線が崩壊しかねない危険を承知していたからだ。


「プリシラの安全もだが……他の戦場も――」


 戦況は劣勢であり、ラグラン伯爵親娘が参戦していない場所は、城壁を利用してどうにか持ち堪えている状況だ。

 このままでは撃退するどころか、逆に王都が陥落しかねない。


「ライエル様とマクスウェル様には、まだ連絡がつかないのか?」

「ハ、どうやらラウムと開拓村にも、魔神の襲撃があったようで……」

「あちらにもか! 一体何なんだ、この魔神の氾濫は!」


 ガンと玉座の肘置きに拳を叩きつける。温厚なエリオット王にしては珍しい激昂。それだけに臣下の恐怖はかつてないほどだった。

 だがエリオットとしては、それどころではない。このままでは無駄に兵士を死なせてしまうだけだった。何らかの手を早急に打たねばならない。


「……………………トライアッドを、放棄する」

「な、なんですと!?」

「南門の敵は手薄なんだな? ならそこから市民を逃がせ。今すぐにだ」

「陛下、それだけはご再考を! まだ、この都は耐えられます!」

「そうです。ようやく再興したこの王都を放棄するなど……どうかお考え直しください!」

「その間のどれだけの兵が死ぬと思っている。今できることは可能な限り兵力を維持しつつ、体勢を立て直すことだ」


 臣下とエリオットの意見が対立し、場が混乱して指示が停滞する。その時、伝令兵が謁見の間に飛び込んできた。


「伝令! 西の第三門、突破されました!」

「なにぃ!?」

「すでに住民にも被害が出ております! え、援軍を――」


 そこまで口にしたところで、伝令兵は前のめりに倒れこんだ。

 よく見ると身体中に傷を負い、疲労困憊の様子だった。おそらくここまで駆け込んでくるだけで、体力を使い尽くしてしまったのだろう。

 その様子を見て、エリオットに反対していた臣下たちは言葉を失った。

 王城の中では気付かなかったが、そこまで戦況は悪化していたのだと、ようやく知ったのだ。


「見たか? もはや一刻の時間もない。早く住民の避難を――」

「ああ、それはええ判断やけど、ちょっとだけ待ってくれんか?」


 エリオットの言葉を、唐突に遮る声が現れた。

 同時に、天井を支える柱の陰から、一人の女性が姿を現した。

 細身の体に小剣ショートソードを二本腰に差している。

 肩口まで伸ばした黒髪の、美人というより親しみやすい愛嬌の方が目立つ顔立ち。

 どちらかというとプリシラに近い印象だろうか。


「うちはギルドの北部方面統括支部長や。いつもはストラールの街におるねんけどな」


 女性はそう名乗り、軽く後頭部を掻いてみせる。

 独特の訛りを持つしゃべり方が、彼女に独特の雰囲気を与えている。


「あの魔神の対策なら、うちらの方でいくつか立てとってな。なんやったらお手伝いしようかと思て」

「手立てがあるのか!?」

「あるでぇ」


 彼女は細い目をさらに細め、にやりと口角を上げてみせる。

 エリオットの方は、その何か企んでいそうな笑顔すら無視し、提案に飛びついていた。


「できるというなら、ぜひ頼む! 報酬は可能な限り応じると約束しよう!」

「ほな、契約成立ということで」


 女性はそう言うと、懐から小さな箱状の道具を取り出した。その動きに反応して、即座に抜剣し警戒の体勢を取る護衛兵たち。

 だが彼女はそんな周囲の様子も意に介さず、平然と箱に向けて話し始めた。


「こっちの了解は取っといたで。あとはそっちがしっかりしぃや」

「了解」


 箱から聞こえてきた返答はたった一言。それだけで通信らしきモノは途切れてしまった。

 それから緊張した状態で十数分が過ぎた。細身の女性は相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべたまま立っている。

 状況がわからないエリオットも、その間何らかの反応を見るべく、動くことはなかった。

 そして待望の伝令が謁見の間に訪れた。


「伝令! 東の第一門、魔神を撃破しました!」

「なんだと! いったいどうやって!?」

「ハ、冒険者の一団が破城槌を持って急襲し、魔神を足止めしつつそれで串刺しに」

「魔神に……破城槌だと?」

「は、はい」


 驚愕の声を上げるエリオットに、女性はニヤニヤしたまま答えを返した。


「防御が硬くて有効打を与えられんのなら、それ以上の破壊力をぶつけたらええだけやろ? 城門を破壊する破城槌の一撃なら、いくら魔神でも耐えられんて」

「そんな単純な……」


 そもそも破城槌というのは巨大な目標に向かって叩きつける、丸太の先を尖らせただけような兵器だ。

 もちろん補強もされており、加速しやすくるために車輪なども取り付けられている。


「さいわい魔神の図体はでっかいことやし、ぶつけるのは意外と簡単やで」


 三メートルを超える巨体。今回はそれが仇となった。もちろん魔神とて回避行動は取るだろうが、こちらの数がいればその機動力も封じられる。

 特に冒険者という様々な戦況に対応できる人材ならば、それも可能だろう。


「北の二門、東西の三門の計八門にすでに破城槌は派遣してある。連中、勉強不足らしいし、ここいらでちょっくら人間の怖さを学んでもらおか」


 そう言ってさらに口角を吊り上げる女性。その笑みはまるで、戯曲に登場する人を騙す悪魔のようだ。

 同時に複数の伝令兵が謁見の間に飛び込んでくる。

 それを見てエリオットは、この戦いの勝利を確信したのだった。



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