第606話 二人の弓師

  ◇◆◇◆◇


 ニコルが北部の開拓村に向かうのとほぼ同時に、ミシェルとクラウドはストラールの街に到着していた。

 決して小さな町ではないストラールだが、魔神襲来の衝撃は街全体に響き渡り、往来を行く人の顔にも、混乱と困惑がありありと見て取れた。


「どうなってんだ、これ?」

「わかんない。とにかくギルドに行って、情報を……」


 まず冒険者の集まる場所で情報を集める。この判断はニコルと同じだ。

 ミシェルだってこう見えても、八年に及ぶ冒険者の実績を持っている。

 例えニコルがいなくとも、その場に応じた状況判断はできる。


「ミシェルじゃないか、ちょうどいいところに!」

「あ、ハウメアさん」


 急に声を掛けられた方向を見ると、そこにはエルフの二人組がいた。

 以前、ミシェルたちに弓を使った近接戦闘術を教授した、ハウメアとコールの二人だ。


「この街の様子、どうかしたんですか?」

「ええ。私たちも今着いたところなんだけど、聞いた話じゃ、なんでもでっかい剣を二本持った魔神が、なんと三体も襲撃してきたんだって」

「魔神……しかも双剣って、もしかしてレイド様と相討ちになったっていう、あれ?」

「多分、それと同じ奴。ガドルス様と、レイド様……いえ、ニコルさんが倒してくれたんで、事無きを得たって話で……レイド様とニコルさんが入り混じっていて、少し混乱してるみたい?」

「ちょっと待て、レイド様がニコルだって?」


 ハウメアの言葉に、クラウドは驚愕の声を上げた。ミシェルも、驚いたように口をパクパクさせている。


「そうなの。フィニアさんが、ニコルさん……じゃなくって、ニコル様のことをレイド様って呼んだらしいのよ。それで今、街はさらに大混乱に陥ってて」

「いやいやいや、そりゃ確かにニコルは糸を使うけど! 年齢に似合わない体術とか、持ってた……けど……?」

「クラウドくん、それって、むしろ納得の結論なんじゃ?」

「いやでも! だってニコルだぞ? いっつもドジ踏んでるドジっ子だぞ?」

「そりゃニコルちゃんはドジだけど、そこがかわいいじゃない! いや、そうじゃなくてぇ」

「おいいつまで止まってんだ!」


 わたわたと腕を振って抗弁するミシェルだったが、後ろやってきた馬車に怒鳴られて渋々馬車を道の脇に移動させた。

 ストラールの街はかなり大きな都市なので、通りも馬車が二台は通れる広さが確保されている。

 クラウドも一緒に移動し、馬車を降りてハウメアたちと向かい合った。


「それで? 詳しく話してくれませんか」

「ええ、実は――」


 ハウメアはクラウドの要請通り、一連の流れをクラウドに話してみせた。

 一連の流れを聞き終えた、クラウドはフィニアの態度に疑問を覚える。


「あのフィニアさんが錯乱? なんか嘘くさいなぁ」

「いや本当なのよ。最初は落ち着いて対処してたらしいのだけど、敵の援軍が来た直後に叫び出したって。何人も話を聞いたから、間違いないっぽいわね」

「俺たちだって、最初は疑心暗鬼だったさ。でも5人以上の冒険者から同じ話を聞いちゃ、な」

「コールさん、喋れたんですね」

「寡黙なだけだ。愛想が悪いのは自覚している」

「すみません、冗談です」


 あまりの話の内容に、思わず冗談で場を茶化そうとしてしまったミシェルだが、そこにさらに追い打ちをかけるような叫びが聞こえてきた。


「おい、また魔神が来たぞ! ガドルス様はどこだ!?」

「また!? 一体どうなってんだ、今日は!」

「ガドルス様はライエル様のところに行ったぞ! ニコルちゃん……いや、レイド様と一緒に!」

「ちくしょう、俺たちだけであれに対処しろってのか!」


 守りの要のガドルスを欠いた状態で、魔神と戦わねばならない。その事実に街行く人は絶望の表情を浮かべる。

 先の襲撃ですでに数名の死者を出している。それだけに魔神の攻撃能力の高さは思い知っていた。

 それを見て、クラウドは決断する。


「行くぞ! お二人は怪我人を後方に!」

「え、クラウドくん、戦う気? かなり危険な相手らしいわよ」

「当たり前でしょう。安心してください。後ろにはミシェルが控えているんだから、すぐ終わりますよ!」


 事実、クラウドはガドルスから日々薫陶を受けており、守りの達人になりつつある。彼が目立たないのは、ニコルとミシェルの二人があまりにも目立つから。

 そしてフィニアがあまりにも万能だからだ。

 しかしそれでも、彼の実力は周囲の知るところである。彼が前線に出て行けば、戦場の士気も否応なく上がるだろう。


「ミシェル、頼むな」

「まっかせて!」


 とはいえ、ミシェルの弓では有効なダメージを与えることはできない。即座に倒すには白銀の大弓サードアイの全力射撃が必要になる。

 その攻撃は剛力の魔法を付与されたバングルの力を解放するしかなく、そしてそれは三分間しか維持できない。

 それ以降はミシェルは筋肉痛にのたうつことになり、戦力としては期待できなくなる。


「先に三体、これで終わりだったらよかったのに、さらに一体。この調子だと、何体いるかわかったものじゃないな」

「そうだね。だとしたら、これは使えないかな?」


 ミシェルは腕輪を軽く撫でてみせる。その力を使った場合、その危機を乗り越えることはできるが、それ以降の襲撃に対応できなくなる。

 このストラールの街で最大の攻撃力を持つ彼女が戦闘不能になった場合、その損失は計り知れない。


「ミシェルはとりあえず隙をついて目とか口とか狙って。俺はなんとか、攻撃を凌いで見せるから」

「うん、わかった。でも無茶はしないでね?」

「待ちなさい、子供たちがそこまで覚悟を決めているのに、私たちが見ていられるはずがないでしょう?」

「ハウメアさん、手伝ってくれるんですか」

「当たり前よ」


 協力を申し出た二人に、クラウドは感謝の声を漏らす。

 強敵との戦闘。エルフの二人はこの街に縛られていない。ならば彼女たちは、逃げだす選択肢もとれるはずだ。

 だというのに、自分たちと危険に立ち向かってくれるのだから、クラウドが感動するのも当然の話である。

 ミシェルは緊張から無言で馬車を動かし、クラウドも再び騎乗してそれについていく。


 その日の戦いは、日が傾くまで続き、ようやく魔神は討ち取られた。

 クラウドは重傷を負ったが命に別状はなく、ミシェルも矢を撃ち尽くすまで奮戦した。

 これによって、弓聖ミシェルの名はさらに高まり、クラウドもそれに負けない英雄として、ストラールの歴史に名を刻んだのだった。



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