第608話 クファル来襲

 ライエルの屋敷に飛び込んできた兵士の言葉に、俺たちは慌てて外に飛び出していった。

 魔神と言っても、それは単体を指す言葉ではない。

 言うなれば、『この世ならざる世界』からの来訪者、それらすべてを魔神として扱っている。そして『この世ならざる世界』とは一つではない。様々な世界から、様々な能力を持った魔神が、この世界にやってくる。

 もちろん対処法も一つではなく、あらゆる手段を講じなければならない。


 こういった敵に、ただ『斬る』能力しか持たないライエルは、滅法相性が悪い。

 もちろん聖剣の力もあるため、たいていの敵は斬って捨てられるのだが、斬撃に耐性がある敵などがいた場合、他の選択肢が取れないというのがライエルの難点だった。


 その点、俺は状況次第で戦闘法を変えれるため、魔神相手ならば相性はいい方だろう。

 さらにそれらの弱点を見抜くエキスパートであるコルティナもいる。

 たいていの敵には、後れを取らないはず……だった。その敵の姿を見るまでは。


「なんだ、あれは――」


 かすれた声で、ライエルは茫然とその異形を見上げる。

 村の近くまでやってきていたのは、灼熱の身体を持つ巨人。燃え盛る炎の身体に蝙蝠のような翼を持ち、さらに捻じくれた羊の角のような物まで生えている。

 その火勢はファイアジャイアントのブレスなどよりも遥かに強い。

 そばにいるだけで汗が噴き出て、喉が嗄れてくるほどだった。


「まさか……炎の魔神、イフリート?」


 コルティナが呆然と、その正体を指摘した。


「コルティナ様、知っているのですか?」

「伝説の中に少しだけ出てくる魔神よ。最古の魔神の一柱とも言われているわ」

「そんなのが、なんでここに……」


 いるのか――とフィニアは続けたかったのだろうだが、それは炎の魔神の咆哮によって掻き消された。

 そして叫びの後に、俺の名を呼んでくる。


「見つけたぞ、レイドォォォ! まさかライエルを倒しに来て、貴様が釣れるとは思ってもみなかったぞ!!」

「レイド、お知り合い?」

「なわけねーだろ」


 どこか間の抜けた言葉を掛けてくるマリアに、俺は不愛想に答えた。

 いや、最古の魔神とやらに名指しされて、実感が薄れてしまったのかもしれない。


「忘れたとは言わせんぞ、このクファルの姿を!」

「影も形もねーじゃねぇか!?」


 ツッコミを入れながらも、俺は確かに違和感を覚えていた。

 クファルは基本的に、陰謀を張り巡らせ、自身は極力表に出てこない性格だった。

 だというのに、この日の魔神の襲撃はいったいなんだ? 大量に召喚し、手当たり次第に襲撃させ、こうして自分も姿を現す。

 それは今までのクファルの行動とは、明らかに違う。


「お前、何があった?」

「うるさい、うるさい、うるさい! 貴様を倒すために、俺は迷宮で様々な力を取り込んできた。今度こそ、今度こそ貴様の息の根を止めてやる!」

「ライエルを仕留めに来たんだろうが!?」


 なんだか言っていることが支離滅裂になっている。これもクファルの皮肉な口調とは違う。

 いや、迷宮で力を取り込んできたといったか? ひょっとすると異物を取り込み過ぎて、自我が侵食されているのかもしれない。


「お前、自分が――」

「黙れえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 俺の言葉を最後まで聞かず、クファルは燃える腕を振り上げ、襲い掛かってきた。

 これは確実に自我が侵食されている。奴とは何度も争っていたが、ここまで短絡的で衝動的ではなかったはずだ。

 むしろ出会った場合、俺の方から斬り掛かることの方が多かったくらいである。

 俺はコルティナを抱き上げ横っ飛びに跳躍し、その攻撃を躱す。

 反対側ではライエルもマリアを抱えて、同じように跳んでいた。ガドルスだけが、唯一盾を使って攻撃を受け流している。


「レイド、何だこいつは!?」

「聞いてたろ! こいつはクファルだよ。ただし、もう正気が残ってないけどな!」


 叫びつつ俺は糸を飛ばし、ライエルは剣を構えていた。

 だが俺の糸はクファルの身体をすり抜けてしまう。俺に遅れて斬り掛かったライエルの剣も、同じくすり抜けてしまった。


「なんだ!?」

「手応えがない?」

「気を付けて、イフリートはその身体の大半が炎。つまり物理的な攻撃はほとんど通じないの!」


 驚愕する俺たちに、コルティナの指摘が飛んでくる。

 しかしそれでは俺たちに対抗手段が存在しないことになってしまう。


「くそ、なら――マリア!」


 この場で魔法を得意とするのはマリアだけ。コルティナも魔法を使えないこともないが、明らかに力不足だ。

 その意を解して、マリアは衝弾インパクトの魔法を発動させた。

 これは浄化の力を持つ衝撃波を放つ魔法だ。その魔法は確かにイフリートに直撃したが、結果は炎を少し散らしただけに終わった。


「ダメ、あまり効いてないみたい!」

「くっそ、どうすりゃいいんだよ?」

「マクスウェルなら、対処できたと思うんだけど……」

「あの爺さん、なかなか捕まらないんだよな」


 多彩な魔法を使いこなすマクスウェルなら、イフリートに対処する手段もいくらでも用意できただろう。

 だがマリアは様々な系統の魔法の治癒関係の術のみをつまみ食いしてるタイプだ。

 攻撃手としては、いささか心許こころもと無かった。


「こっちよ! 村の中に誘導して!」


 その時、コルティナが声を上げた。

 正直一瞬、村の中にこいつを入れて大丈夫なのかと思わなくもなかった。

 それでも即座にコルティナの言葉通りに村の中に向かって駆け込んだのは、彼女の実績のおかげだろう。


「みんな、逃げて! 魔神を村の中に引き込むから!」


 その声に反応するように、マリアとフィニアが先頭を切って村の中に走り、村人に逃げるように声を駆けて回る。ライエルがその次に続いていた。

 俺とコルティナは、敵の注目を引くために少し遅れておく。

 最初は何事かと怪訝な表情をしていたが、門から姿を現したイフリートを見て、悲鳴を上げて逃げ出していった。


「荷物なんて置いていけ! 残ってりゃ後で取りにくればいい、今逃げないと死ぬぞ!」

「生きていれば私たちが何とかしてあげるから、今は逃げて!」


 一拍遅れて、俺も村の中に駆け込んでいく。殿しんがりはをつとめるのは、例によってガドルスだ。

 同時にコルティナの指示が飛ぶ。


「レイド、こっちよ!」


 そう言って指差したのは、村の共同井戸の方角だった。

 確かに水なら効きそうだが、いささか量が少なすぎるんじゃないか? そう思いつつも俺は村の中を疾走したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る