第529話 道中の拾い物
フィーナを抱き上げて、俺たちは村の教会へと向かっていた。
一緒に歩くのはフィニアにマリアとライエル。そしてやたら豪華な法衣を纏ったアシェラ。
そこまで見渡して、俺は約一名、足りないことに気付いた。
「あ、あれ、コルティナは?」
「ああ、監視をつけて持久走に出している。三時間ほど」
「うわぁ……」
猫人族のコルティナは決して身体能力の低い種族ではない。むしろ人間よりも遥かに瞬発力に優れた種族である。
しかし逆に、持久力に関しては人並みか、それ以下でしかない。
これは高い瞬発力を維持するために、筋肉の質がそういう方面に特化したことが原因だとか。
猫人族が総じて小柄な者が多いのも、この辺りが理由だそうだ。
そんなコルティナが三時間の持久走とか、俺でも死ねる。
「ママー、見て見て、人がよけてく」
「そうね。きっと派手な服着た若作りの『オバサン』がいるからよ」
「マリア、なんか口調に棘が無い?」
「そりゃもう。本来私が執り行うはずだった洗礼式を横取りされたんだもの」
「だってだって、ニコルの時は呼んでくれなかったじゃない!」
やたら長い袖をバタバタ振って、大仰にアピールするアシェラ。
その見た目だけなら、初等部の生徒と大して変わらない年頃に見えるが、中身はマリアがオバサンと呼んでも差し支えないほどの高齢である。
まったく、白いのと一緒で大人げないったらありゃしない。
「でも、あなたのせいなのは本当よ? こんな僻地の寒村で、そんな豪奢な法衣なんて着てくるんだもの」
「あら、マリアの法衣は私より高価じゃない」
「これは見かけは質素に見えるから良いの」
よく見ると、マリアの法衣は地味な黒色だが、光が吸い込まれるような深みがある。
しかも表面はざらっとした感じがあり、織り目が見えない。これは何かの皮か……いや、この皮は見覚えがある。
「ひょっとして邪竜の被膜?」
「あら、よくわかったわね。ライエルの鱗鎧を作った時、一緒に仕立ててもらったの。針が通らなくて大変って、針子さんに叱られちゃった」
「……よく仕立てられたね」
「ライエルの聖剣で針穴を開けてもらったのよ」
「なんて無謀な」
聖剣を針穴開けるために使うとか、悲し過ぎて涙が出てきそうだ。
しかも法衣の縫い目なんて数えきれないほどあるのに、そのたびに聖剣で穴を開けさせられたライエルの苦労を考えると、むなしさを察して余りある。
フィーナに悟られないように冷や汗を流す俺。話を一段落させるべく、視線をマリアから前に向けると、そこにボロ雑巾のような毛皮が転がっていることに気が付いた。
「なんだ、あれ」
「うぅ」
不思議なことに毛皮が呻き声を上げた。違う、毛皮ではない。ボロ雑巾のように疲れ果てたコルティナが行き倒れていた。
俺の腕の中からフィーナが飛び降り、コルティナの元へ駆け寄っていく。
「てぃーなー」
「うー、フィーナちゃん、ダメよ、ここには鬼がいるの。ライエルっていう名の鬼……が」
「しぬなー、きずはちめーしょーだぞぉ」
「それ死んでるから! それより、誰からそんな不吉なセリフ教えてもらったの?」
「ママー」
「いい、フィーナちゃん。奴は裏切り者なのよ。埋伏の毒なの」
「なんだってー!」
「いい加減なことを吹き込まないで」
不穏なことをフィーナに吹き込むコルティナの頭を、マリアがペシンとはたく。
続けて流れるように
多少は効果があったのか、コルティナはよろめくように身を起こした。
「そういえばコルティナ、見張りにつけていた二人はどこへ行った?」
「ああ、私がぶっ倒れてピクリとも動かなくなったから、慌てて水を汲みに行ったわ」
「そこはまず、母さんを呼びに来るべきなんじゃなかろーか?」
「そんな真似したら、更なる苦行を押し付けられるに決まってるじゃない!?」
「あー、そう……?」
コルティナは滂沱の涙を流しながら、俺に詰め寄って来る。その視線は昔と違い、俺と同じくらいの高さにあった。
ラウムを離れてから三年。俺もそれだけ背が伸びたということである。
「ってか、ニコルちゃんもひどいわよ。全然顔を見せに来てくれないんだもの!」
「えっと、そう、かな?」
実際はレイドとして頻繁に会っているし、ニコルとしてもこちらにはときおり訪れている。
コルティナとも、その度に会話しているのだが、彼女としてはそれでは物足りないらしい。
「代わりにフィーナちゃんを存分に愛でてるから、この地獄にも耐えられるけど」
「にゃああぁぁぁ!」
ワシワシとフィーナの頭を掻きまわし、頬擦りをするコルティナ。おかげでせっかくセットしたフィーナの髪形が乱れてしまっている。
そのコルティナの手からフィーナをひょいと回収し、手早くセットしなおすフィニア。彼女も物怖じしなくなったものである。
「それにしても、すごくめかし込んでどこ行くの?」
「これからフィーナの洗礼式を行うのよ。そのためにアシェラも来てくれたわけだし」
「へぇ……って、アシェラ? ひょっとして教皇様!?」
「あら、私のこと知ってくれてるのね。光栄だわ」
「なんでこんな場所にいるの!? 世界の超重要人物じゃない」
「それをあなたが言うのも、不思議な感じね」
マリアがコルティナに冷静なツッコミを入れる。確かにコルティナやマリアがいる以上、重要人物度ではアシェラは一段落ちるだろう。
それでも、世界でも有数の重要人物であることに変わりはない。
コルティナは頭を抱えて悶えるが、それでアシェラが懲りるはずもなかった。
むしろ誇らしげに胸を張っているので、暗に『こんなところに出てくるな』というコルティナの皮肉を理解していないだけかもしれない。
「まぁ、いいわ。洗礼式なら私も見に行きたいんだけど?」
「教会の中には入れないから、あまり意味はないわよ」
「それでも! せっかくのお祝いなんだから、参加させなさいよ。ライエルも、それくらいならいいでしょう?」
「そうだな。今日は限界まで走らせたことだし、あとは休息とするか」
「やった!」
パチンと指を鳴らして喜ぶコルティナ。
こうして彼女も洗礼式に参加することになったのだった。
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