第530話 フィーナのギフト

 この辺境の村の教会は、世界樹教の神殿とは比べ物にならないくらい、小さなものだった。

 しかしその堅牢さは、勝るとも劣らない。

 頑丈な石のブロックを組み上げて積み上げた外壁は、ちょっとやそっとでは崩れないだろう。

 もっともライエルならば、余裕で破壊できそうだが。


「それじゃ、私とフィーナちゃんは中で洗礼式を行ってくるから、あなたたちは外で待っていてね」


 洗礼式は、まず教会前で皆に祭祀者が訓辞を述べ、それから一人ずつ教会の中に入って魔法陣の中に足を踏み入れる。

 そうすることで、脳裏に自身の持つギフトが浮かび上がるのだが、今回は三歳になる子供がフィーナしかいなかったので、その辺も実にアバウトだった。

 これは祭祀者のアシェラが、わりと雑な性格をしているからかもしれない。


「訓辞はマリアの教育を信頼してるから、省略ね」

「そんなんでいいのか……」

「いいのよ。ニコルちゃんだって、この時の訓辞がどんなのだったか覚えてないでしょ」

「そういえば?」


 俺の時は、例年のようにマリアが訓辞を述べていたのだが、当たり障りのない話題だけで、内容をほとんど覚えていない。

 当のマリアも、この時の言葉は例年同じことしか言っていないと、聖職者にあるまじき発言をしていた。

 つまりは、その程度しか重要性を持たないということである。


「フィーナちゃん。お話が聞きたかったら、あとでマリアから聞いておいてね?」

「はぁい!」

「ちょっと、私に丸投げ!?」


 いい加減なアシェラの言葉に、元気よく両手を上げて答えるフィーナが可愛い。

 それを聞いて、珍しくげんなりとした顔をするマリア。その顔はあからさまに『面倒なこと押しつけやがって』と語っていた。

 もちろん、それくらいでこたえるアシェラではない。素知らぬ顔でフィーナと手を繋ぎ、教会の中に入っていった。


「マリアがやり込められるのは珍しいわね」

「あの人は昔から苦手なのよ。悪い人じゃないんだけど。むしろ尊敬すべき先達なんだけど……」

「俺もあの人は苦手だったなぁ」

「過去形じゃなくて今も、でしょ」


 マリアとライエル、双方が苦手意識を持つとは珍しい人材である。

 考えてみれば権力も魔法技術でも、この世界でトップクラスに位置する者だ。

 六英雄とも聖女とも呼ばれてはいるが、実際の立場は一介の教区長にすぎないマリアとは、格が違うというべきか。


 マリアとライエルからアシェラについての愚痴を聞きながら時間を潰し、フィーナが出てくるのを待つ。

 しかし、なかなか出てくる気配はなかった。俺の時はもっとすんなりとことが終わったはずなのに。

 それは子煩悩なライエルも同じようで、そわそわと貧乏揺すりを始め、マリアに問いかけていた。


「なあ、少し遅くないか? ひょっとして何かトラブルとか……」

「ギフトの鑑定にトラブるなんて起きようがないわよ」

「でも、わたしの時はもっと早かったよ?」

「ニコルも落ち着きなさい。アシェラが付いているんだから、心配なんてないわ。ああ見えて実力はピカイチなんだから」

「それは知ってるけど」

「もし私がいなかったら、彼女自ら六英雄に名乗り出ただろうって言われているくらいなのよ?」

「それは勘弁してほしい」

「うん?」


 アシェラと一緒に邪竜退治など、考えるだけでも恐ろしい。

 ある意味無邪気な彼女は、悪意無く場を引っ掻き回し、マクスウェルと共謀して悪戯を仕掛け、仲間たちを混沌の渦に巻き込んだはずだ。

 俺も当事者の一人として、それだけは断固として断りたい。


 しかしライエルの心配ももっともな話で、ただ鑑定するだけなのだから、これほど時間がかかるはずがない。

 俺とライエルがそわそわと教会の扉を睨み、十数分も経ったころだろうか。ようやく扉が開き、二人が出てきたのだった。


「いやあ、参ったわ。フィーナちゃんってば神託受けちゃってさぁ」

「神託!?」


 神託とは、神が直接信徒に語り掛けてくることだ。この神託を受けている時間は人によって変わるが、その間は呆けたように立ち尽くしてしまうらしい。

 フィーナの場合、かなり長く神託を受けていたようで、そのためこれほど時間がかかってしまったということか。


「それで……その、どんな神託を受けたのかしら? いえ、それより身体は大丈夫なの?」


 マリアとしても、滅多にあり得ない事件だけに興味津々というところだ。

 ちなみに俺の場合は、わりと頻繁に神本人が足を向けてくるため、神託に対してそれほど幻想を抱いていない。


「うん、げんきだよ。あのねあのね、白いおねえちゃんがね、『この先必要になるかもしれないから、この力を授けます』って」

「神自らギフトを!?」


 マリアの驚愕の言葉が響くが、俺はげんなりとした気分で脱力していた。白いの、お前の仕業かよ。


「うん。それでね、お花畑であそんでもらったの!」

「あー、そう」


 妙に長かったのは、そのせいか。余計な心配を掛けさせやがって。

 どうやら俺たちにとっては十数分の出来事だったが、フィーナにとっては一時間ほどの時間だったらしく、意識を乖離させた後、幻想の空間で散々遊んできたらしい。

 暢気なフィーナの言葉に、俺は空虚な返事を返すことしかできなかった。


「で、どんなギフトをもらったんだ?」

「それなのよ。事態が事態だから私が聞いてもいいかと思ったんだけど、ギフトのことだから、やっぱり両親の確認が必要だと思ってね。私は少し席を外すから、その間に確認してて」

「そうね。あなただと色々しがらみとかあるものね」


 そういうとひらひら手を振って教会の中に戻っていくアシェラ。ギフトを鑑定するための魔法陣の後始末でもして来るのだろう。

 その間に、俺たちはフィーナが授かったギフトを聞くことにした。


「で、フィーナ。どんな力を貰ったんだい?」

「えっと、『やくがく』だって」

「薬学……ポーションとかに関する知識なのか?」

「それだけじゃなく、薬全般に関してよ。医療に関わる人間としては、喉から手が出るくらい欲しいギフト」

「そこまでか!? これも危険な力なんじゃないのか?」

「そうね、悪用しようと思えば、ミシェルちゃん以上に危険かもしれないわ。なにせ生かすも殺すも自由自在な薬すら作れるようになるんだもの」

「かなり、まずいよな?」

「そうね。エリオットには間違っても聞かせられない」


 最後のライエルの言葉には、コルティナが返事を返す。

 エリオットは悪い男ではないが、立場上フィーナの力は押さえておきたい能力である。

 それに、エリオットに不満を持つ連中にしても、これは欲しい能力になるだろう。

 フィーナを除く俺たち五人は顔を見合わせ、盛大に溜め息をついた。


「大変なことになった……」


 声を揃えて、そう愚痴る。

 本当にあの神様は、面倒ごとを運んできてくれる。

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