第422話 ベリトでのミーティング

 俺たちはテムルさんと別れた後、前もって調べておいた宿に向かった。

 この街では半魔人差別が激しいため、そこいらの宿ではクラウドの安全が確保できない可能性がある。

 例えば宿の人間がクラウドの荷物を盗み、それを役人に届け出ても相手にされないという事態だって考えられた。

 奪われるのが荷物だけならともかく、命までと考える輩もいるかもしれない。

 そのため、多少値が張っても信用できる宿を選ぶ必要があった。


「あの……なんか、悪いな。俺のために」

「なに言ってるんだい、おとっつぁん」

「ごめん、ミシェルが何言ってるのかわからない」

「まあ、ミシェルちゃんの冗談は置いとくとして」

「ニコルちゃん、ひどーい」

「置いとくとして! わたしたちの身の安全もあるから、気にすることはないよ」


 プッと頬を膨らませるミシェルちゃんをスルーしつつ、俺は肩をすくめて見せた。

 何のことだ? という顔のクラウドに、顎で周囲の視線に注目するように示す。

 そこでクラウドは、ようやく気付いたかのように素早く目を走らせた。


 待ちゆく人々の視線が、俺たち……いや、俺に集中していた。

 長い銀髪とメリハリのある体型。色違いの赤青の瞳。

 何よりその容貌は、この国で聖女と崇められていたマリアそっくり。

 しかも動きやすいように身体にぴったりとフィットした服に鎧。短いスカートと足を包むニーソックス。

 コルティナの手前、手甲はつけていないが、無骨なブーツを履いている。

 それが華奢な身体とミスマッチした妖しい雰囲気を醸し出し、独特の魅力を発揮している……と俺は思っている。

 そして、その考えは間違いではないと、周囲の視線が証明していた。


「ニコルちゃんはマリアそっくりに育ったから、この街の住民なら注目して当然よね」

「まさか、ここまでそっくりに育つとは思わなかったわねぇ」


 コルティナとトリシア女医も俺たちについてきていた。

 だが今回の冒険は、俺たちが主役という判断があるのか、あまり口出しはしてこない。

 敵の索敵や伏兵に関して、助言をするくらいである。

 ストークドッグの一件は、まあ……緊急事態というところだろう。


「ラウムやストラールでは街の人も慣れてたけど、この街はそうじゃない。それに……言っちゃなんだけど、わたしたちはみんな、人買いに売ったらすごい額が付きそうだしね」


 俺やフィニアならその外見で、ミシェルちゃんはその能力も相まって。

 この街でも奴隷は禁止されてはいるが、街の外で売買している連中は多い。そういった輩に捕まったら、大金を積んででも欲しがる連中がいるだろう。


「そりゃ間違いないや。おかげで俺がどれだけ苦労してるか……」

「わたしだけじゃなく、ミシェルちゃんやフィニアまで囲ってるんだから、さもありなん」

「囲ってるとか人聞きの悪いことを言うな!?」


 クラウドが無駄に大きな声で反論した影響か、こちらに注視していた人たちの気配がざわりと動く。

 子供がこっちを指さしてる気もしないでもない。

 その不穏な気配を察して、クラウドは足早に先を急ぎだした。


「ほ、ほら、余計なことを言ってないで先急ごうぜ」

「クラウド君も言うようになったわねぇ。自分で言い出しておいて、いまさら」

「放っておいてください!」


 コルティナの茶々に、頭を抱えて悶えるクラウド。そんな与太話を続けているうちに、目的の宿が見えてきた。

 大通りに面した宿で、価格が高めなだけに外装は小綺麗に整えられていた。

 この三年、保護者の元を離れて冒険を続けているので、こういう宿のチェックインも慣れたものである。


 カウンターに向かい、丁寧に挨拶してくる受付に五日間の逗留を要求した。

 この期間は確定なので前金で代金を支払い、金払いの良さをアピールしておいた。

 受付もクラウドと美少女揃いの俺たちを見て、高めの宿に泊まる理由を察したのか、にこやかに応対してくれた。


 いつものように、俺とクラウドが一人部屋、ミシェルちゃんとフィニアは相部屋で取る。

 コルティナとトリシア女医は同室になってもらった。彼女たちは今回同行者ということで、俺たちとは少し距離を取っている。

 これは俺たちの冒険という意識があるからでだろう。 

 女性陣の中で俺だけが個室なのは、男女比の問題や、俺の秘密の多さの影響だから仕方ない。


 食事も一番広い二人部屋のミシェルちゃんたちの部屋に運んでもらい、そこで皆で食べることにする。

 これはいくら客層を選んだ宿とはいえ、一般に開放されている食堂ではトラブルに巻き込まれる可能性があるからだ。

 半魔人差別の激しいこの地域では、クラウドはあまり表立って動かない方がいいだろう。

 これは前世でも経験した事実である。


「で、これから五日後に出発予定だけど、それまでどうする?」


 クラウドに外の世界における半魔人のきつい視線を経験させるという、第一目標はすでに達成している。

 正直、彼にこれ以上ハードな思いを経験させ過ぎて、心が折れてしまうのも困るから、余り出歩くのも気が進まないところである。

 二週間に及ぶ長旅も経験したため、ここで五日間ゆっくりと引き籠るのも、別に悪くないと思う。


「せっかくだから観光はしてみたいかな?」

「あ、わたしもー」

「そういえば、コルティナ様はどうなさるのでしょう?」

「今夜はトリシア先生と一緒に呑みに行ってる。今回はあくまでアドバイザーの立場を貫くみたい?」


 何しについてきたんだと思わなくもないが、彼女のおかげで、クラウドが街に入る時のトラブルを収まったのは事実だ。

 ストークドッグに追われた時も、なんだかんだで彼女が指揮を執り、事なきを得ている。

 やはりなんだかんだ言っても頼りになる仲間なのだ。


「門番にあれだけ叩かれたのに、まだ出歩くっていうの? 意外と打たれ強いんだね」

「まあ、前もって知らされていたからな。むしろミシェルの方がキレそうになってて怖かった」

「ぐぬぅ、わたしだって怒る時は怒るんだよ?」


 あの時のことを思い出したのか、ミシェルちゃんの右手が背負った白銀の大弓サードアイのケースを撫でている。

 俺たちの装備はすべて風神ハスタールの手が入っているため、あまり人目につけたくはない。

 クラウドの盾も、フィニアの手甲も、ミシェルちゃんの胸甲も、そこらで手に入るものではない。

 外を出歩いて、質の悪い輩に目を付けられても困る。かといって無装備で出歩くのはさらに怖い。


「ふむ……じゃあ、外出する時は常に誰かと一緒にいること。特にクラウドとミシェルちゃん」

「おう」

「えー、なんでわたし?」

「ミシェルちゃんが意外と短気だってわかったから」

「納得できなぁい!」


 両手を振り上げて抗議するミシェルちゃんだが、彼女は子供っぽさを多分に残すがゆえに、血気盛んでもある。

 コルティナやトリシア女医もいることだし、誰かと一緒に出歩くのに不自由はあるまい。


「それから暗がりや人気のない場所は避けること。勝手に迷宮に入らないこと」


 この街のシンボルである世界樹の内部には、巨大な迷宮が存在している。

 俺たちは冒険者の格好をしているだけに、誰かに誘われるということはあるかもしれない。

 そういう時はできるだけ相談してほしい。勝手に誰かと組んで、迷宮に入るなんて事態は避けたいので、こう注意しておいた。

 その後も細々と皆に注意を与え、その日は解散となった。

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