第423話 アヤシイお店
深夜。
コルティナもミシェルちゃんたちも寝静まった後、俺はこっそりと宿を抜け出していた。
別に、何か用があって出たわけではない。ただ、この新しい街で自分が寝泊まりする周辺を調べたいと思っただけだ。
それも、冒険者ニコルとしての視点ではなく、暗殺者レイドとしての視点で。
隠密のギフトを使用して宿の屋根の上に登る。
すでに街中の明かりはほとんどが落ちており、ベリトの街は闇に沈んで――
「ん?」
真っ暗な街中で一か所だけ、明かりのついている家があった。
宿からそれほど離れていない路地裏。上から見た限りでは、それほど目立った造りはしていない、地味な家。
しかし、窓から漏れ出る明かりから何かの看板が出ていることは見て取れた。
「こんな時間に空いてる店だと――?」
夜はすでに深まっている。日付も変わってしばらくたっており、この時間に空いてる店は皆無といっていい。
だというのに、その店だけは、まだ明かりが漏れていた。
こんな時間に営業しているということに、俺は不審な何かを覚えていた。
「何より、宿のそばってのが少し怖いか」
このベリトの街に置いて、半魔人はそこらの野良犬と同列に並べられるほどに、権利がない。
宿の中にいるうちは安全だろうが、宿を出た途端、不審な連中に絡まれるのは避けたい。
ましてやこんな時間に開いている不審な店の存在は見過ごせない。
「少し、様子を見に行ってみるか」
クラウドのことで、俺も少し過敏になっているのかもしれない。
だからと言って、見過ごすのも怠慢かもしれないので、下調べはしておこう。
糸を使って屋根から飛び降り、人のいない街路を風のように駆け抜けた。
大通りを外れ、路地裏に飛び込み、記憶にある店へ向かう。
いくつかの街路を曲がり、大通りからの死角になる位置にその店は存在した。
窓明かりに照らされた看板には、道具屋を示す意匠が刻まれている。ただしその構造が異常だった。
屋根は世界樹の根が覆いかぶさっており、まるで地面と根の隙間に押し込まれたような形で存在していた。
「こんな場所でこんな時間に……道具屋?」
窓は民家でよく使われている落とし窓ではなく、ガラスを嵌め込んだ高級なものだ。
こんな裏通りに構える店としては、実にふさわしくない。
だが今の俺にとってはありがたい限りだ。街路から中を覗くのに、これほど便利な窓はない。
そっと中を覗き込むと、中は明かりに照らされた普通の道具屋の光景が広がっていた。
いや、普通というのはふさわしくない。
商品棚に並ぶ品々は、俺が見たこともないような道具ばかりだったのだ。
もちろん普通の一般的な道具屋に置いてある商品だってある。
それに売り物だけではない。店内を照らす明かりも通常の石に
「なんだ、あれ」
見たところ、店内に店員の姿はない。不用心なこと、この上ない。
しかし、その店内を見て、俺は一息つく思いだった。
「とりあえず、怪しい店ではなさそうだな。いや充分怪しい店ではあるが……」
とにかく、見たことない道具というのは、好奇心をくすぐられる。
ましてやこんな時間に営業しているという点でも、興味は湧く。
俺は恐る恐るという風情で静かにドアを開け、首だけで店内を窺った。
そこに甲高い、子供と勘違いしそうなほど幼さの残る声が掛けられた。
「いらっしゃーい、お客さんですか? いやもう、三週間振りですよ。歓迎してやろう、盛大にな!」
店の奥から俺に似た銀の髪をした少女が姿を現す。
その口調といい、声といい、姿といい、俺には見覚えのあるモノばかりだった。
「お、おまえ――!?」
「おや?」
パタパタと奥から現れた、エプロンを付けた少女は――破戒神ユーリその人だった。
「なぜこんなところにいる!」
「いや、だって……ここ、わたしの店ですもん?」
俺の詰問に首を傾げる白いの。その言葉に俺は目の前が真っ白になった。
神が……店?
「ほら、今あなたのお仲間が使っている振動短剣。あれってこの店で売った品が流れに流れて、あなたの元に辿り着いたものですよ?」
「そういやそんな感じのことを言ってたっけ?」
確か温泉旅行に行った時だったか。あの時アイテムショップを営んでいることや、短剣を含む道具が俺の元に向かったという話を、この神から聞いた記憶がある。
しかしなぜ、こんな時間に営業しているのか……そこが謎である。
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