第381話 大盾の守護亭
テムルさんとの別れの後、俺たちは前もって知らされていたガドルスの新しい店へ向かっていた。
そこが俺たちの宿となる大事な場所だ。
表通りから少し奥に入った場所にある、それなりに広い敷地。そこに馬車を数台停められるほどの、大きな馬停所を持つ宿が存在した。
建物は三階建てで、厩や頑丈な倉庫も完備している。ただの宿としてはいささか規模が大きいが、それでもガドルスの資産を考えると、質素な方だろう。
彼も俺たちと同じく、邪竜の素材を手にしている。その資産は小さな国に匹敵するするほどだ。
「ま、この質実剛健さがガドルスらしい、かな?」
入り口はスイングドアで、半ば解放された状態で放置されていた。
これは営業中を示すと同時に、依頼者に入りやすいように配慮しているのかもしれない。
店を見つけると、俺の隣でごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
これはクラウドとミシェルちゃんの立てた音だ。
二人ともラウム以外の冒険者ギルドは初めてなので、緊張しているらしい。
「大丈夫ですよ。ガドルス様のお店ですから、滅多なことは起きないはずです」
「でも、フィニアお姉ちゃん。もし怖い冒険者の人とかに絡まれたら……」
「その時はクラウド君が身をもって守ってくれます」
「ええっ、俺かよ!」
「男の甲斐性と言う奴ですね。がんばってください」
「フィニア姉ちゃん、実は結構容赦ないな……」
フィニアは六英雄に全幅の信頼を寄せているので、それほど緊張はしていないようだった。
元々クラウドとフィニアはガドルスに訓練を受けていたので、その人柄は充分に知悉している。
ガドルスが親友から預かった子供たちを無体に扱わないことは、百も承知だ。
「ほら、こんなところで立ってたら迷惑になるから、さっさと挨拶してくるよ」
「そうだね、今日からここに住むんだし」
「というわけで、クラウド、行け」
「俺からかよぉ!」
この期に及んで尻込みするクラウド。六英雄の営む宿となると、やはり緊張するのは当然と言えた。
ぎくしゃくした足取りでドアをくぐり、やや薄暗い店内に入ると、そこは酒場兼食堂というオーソドックスな構造になっていた。
ドワーフ用ということでホールより一段高くなったカウンターの向こう。そこでグラスを磨いていたドワーフ――ガドルスがこちらを一瞥する。
やってきた客が俺たちと知ると、そのいかつい顔をクシャリとゆがめ、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、正直言うと怖い。
「お、ようやく来たな!」
「ガドルス、世話になる」
「おうよ。部屋は二階に用意してある。個室で良いんだな?」
「うん。ありがと」
珍しく愛想を振りまくガドルスに、昼食を取っていた他の宿泊客が驚愕の声を上げていた。
「あのガドルスさんが……笑っただと」
「あの子たち何者だ?」
「恐ろしく可愛い子もいるんですが……もしや隠し子?」
「馬鹿言え、隠し子だったらあんなに可愛くなるはずないだろう!」
わりと言いたい放題軽口を叩かれているガドルスだが、さすがに最後の発言をした客は許せなかったのか、カウンターから料理用のジャガイモがものすごい勢いで飛んでいき、客にぶつけられていた。
「馬鹿なことを言うな、このクソたわけどもが。この子たちはワシの親友の子じゃ。下手な手出しをしたら許さんぞ」
「親友?」
「友達いたのか、おやっさん!」
迂闊なことを口走った客に、もう一度ジャガイモが空を飛んだ。なんだ、不愛想な男だから営業なんてできるのかと思ったが、意外と仲良くやってるじゃないか。
だが一投ごとに客が気絶するのはさすがにやり過ぎのような気がする。見ろ、ミシェルちゃんとフィニアがドン引きしているじゃないか。
「えーと、ガドルス、ほどほどに?」
「安心せい、死にゃせん」
「俺たちを心配してくれるのか……この宿にはなかった癒しがついに!?」
「この宿にもついに華が! 給仕服とか着てくれるかな?」
「やべぇ、オラ、ワクワクしてきたぞ」
「貴様ら、もう一発喰らいたいか?」
「遠慮しときます!」
一斉に頭を下げる客たち。教育が行き届いているようで、なによりだ。
「おっと、お前たちの部屋もすでに用意してある。これが部屋の鍵じゃ。無くさんようにしろ。それから皆に挨拶していけ。こんな連中でも一応先輩じゃ」
「あ、はい」
俺はガドルスから四人分の鍵を受け取り、カウンターの前でくるりと振り向いた。
「えっと、ニコルです。今日からお世話になるのでよろしくお願いします」
「ライエルとマリアの娘じゃ。手を出したら生きておれん……いや、死んだほうがマシという目に遭うと思え」
「え、あの……?」
「そうじゃ、あの英雄の娘じゃ」
「マジかよ!?」
俺の挨拶を聞き、店内が一斉にざわついていく。
「ついでにいうと、さすがの血筋というべきか、かなり剣も使える。甘く見ん方がいいぞ」
「お、おう、よろしくな!」
手を上げて会釈してくる先輩冒険者たち。どうやらかなり愛想のいい連中のようで、安心した。
場所によってはライバルを嫌って陥れようとしたり、恫喝する冒険者もいるらしい。この店はかなりフレンドリーな人材が集まっているようである。
「俺はクラウドです。一応盾役をやってます。よろしく」
「ワシの弟子でもある。厳しく教えてやってくれ」
「ええ、そこは優しくじゃないんですか?」
「甘えるな」
「おやっさんに……弟子? よく生きてるな」
「ガドルス、そんなに厳しいの?」
「普通じゃ」
蒼白になっている冒険者たちに、ガドルスの厳しさを垣間見た。
クラウドの鍛錬も結構ギリギリを攻めているので、それがドワーフ流なんだろうか。
「ミシェルです、えっと、よろしく」
「かわいい」
「大きい」
「娘に欲しい」
「ミシェルちゃんに手を出したら、わたしがコロスから」
「ありがとうございます!」
なんというか、この宿の冒険者、大丈夫か? だんだん心配になってきたぞ。
ラウムの冒険者に通じる何かを感じる。
「フィニアです。よろしくお願いいたしますね」
「嫁に来てください」
「えっと、私はニコル様のモノなので」
「百合きたー!」
「フィニア、ちょっと語弊があるから!?」
俺たちの自己紹介を餌に、なんだかよくわからない方向へ盛り上がる客。
中には調子に乗り過ぎてガドルスのジャガイモストライクを食らっている者もいたが、基本気のいい連中ばかりのようで安心した。
これならば気の弱いミシェルちゃんや、大人しいフィニアもやっていけるだろう。
それに、半魔人のクラウドに偏見を持っている人間もいなさそうだ。
ガドルスもそういう連中を選別して、宿の常客に選んでいるのだと思う。
こうして俺たちは、ストラールの街に居を構えたのだった。
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