第234話 窮地
ぶらりと、まるで散歩でもしているかのような歩調でマテウスが姿を現す。
背後の瓦礫はいまだそのまま。逃げ道はない。
仲間の男は無力化したとはいえ、この男一人で充分な脅威になる。
「おおっと。素手で二人を仕留めるとは、意外とやるね。さすがは腐っても六英雄ってところかな?」
「こう見えても身体能力には自信があるのよ」
相変わらず緊迫感のないマテウスに、コルティナも軽口で返す。
軽い口調を返しながらも、周囲を探る視線は止まらない。
「新入りじゃあ、荷が重かったか。なら俺が一仕事するしかねぇなぁ?」
「真面目なだけの男はモテないわよ。適度にサボるのもありだと思うけど?」
「あー、生まれてこの方、モテたことねぇや」
マテウスは決して外見が劣っているわけではない。だが軽薄な態度とは裏腹に、どうしても剣呑な気配がまとわりついている。
女たちもその気配を感じ取って近づかないのだろう。
「そうね。でもレイドはモテてたわよ? 本人が気付いてなかったけど」
「そいつぁうらやましい。俺も名を上げればモテるかもしれねぇな。じゃあいっちょ俺のために犠牲になってくれない?」
「それは勘弁してほしいわね!」
マテウスは暗殺を生業にしている。この手の人種は攻勢に優れ、先手を取らせればこちらが不利になってしまう。
ならばこちらが先手を取らねばならない。そう判断してコルティナは姿勢を低くしてマテウスに迫る。
その途中で、倒した男の持っていた剣を拾い上げる。
その剣で斬りかかる――と、見せかけて、脇をすり抜けようとした。
しかしその動きはマテウスの不意を突くには至らなかった。
「おおっと、そう簡単には逃がさないよっと?」
「きゃっ!?」
いまだ剣を抜いていなかった彼は、そのまま片足を真横に突き出し、コルティナの脇腹を蹴り飛ばす。
コルティナは腰の剣にのみ注視していたため、この攻撃をまともに受けることになった。
みしりと軋む脇腹。その苦痛に一瞬身動きできなくなる。なす術もなくほぼ真横に吹き飛ばされ、街路の壁に叩きつけられた。
そのままずるりと地面に崩れ落ち、大きく咳込んでマテウスを睨みつける。
「ぐっ、ゲホッ、ケホッ」
「いや、新入りの剣を拾って襲い掛かるとか、油断も隙もねぇな?」
「コホッ、それが私の売りなのよ。それにアナタも甘いじゃない。レイドだったらさっきので私は殺されてたわよ」
よろめきながらも立ち上がり、慣れない剣を構えるコルティナ。
それを見てマテウスもゆっくりと剣を抜く。
「最後の警告だ。おとなしく降伏してくれないか?」
「答えは同じよ。断る」
「あっそう?」
その答えを予想していたのか、さして感銘を受けるでもなく無造作に剣を振るう。
本来ならば届かない間合い。だがマテウスの長い腕はその距離でも攻撃を可能にしていた。
首元を狙う一撃を持っていた剣でかろうじて受け止める。
しかしその一撃は重く、支えることができず、あっさりと剣を弾き飛ばされてしまった。
よろめいて地面に手を付けるコルティナ、だがそこにあった木箱の破片を手にし、マテウスに向けて投げつける。
これを首を傾けただけで避け、もう一刀で追撃する。
コルティナはこれを避けきれず、左のふくらはぎを薄く斬り裂かれてしまった。
「あぐっ! この――」
「粘るねぇ?」
最初の一刀を切り返し、間断なく切りかかるマテウス。
コルティナは地面を転がるようにして、避け続ける。逃げるだけでなく、短かい詠唱で済む初級の魔法を放って反撃する辺りが、さすが尋常ではない。
しかし、これもマテウスはあっさりと躱しきってみせた。
幾度も斬りかかるマテウスと、地面を転がりながら魔法で反撃するコルティナ。
足元という低い位置から頻繁に打ち上げられる魔法を、こともなげに躱し続ける。
人間にとって足元は死角だというのに、手こずる様子すら見せない。彼の経験の深さが、その位置からの攻撃に対処させているのだろう。
コルティナはマテウスの横をすり抜けるという目的を果たすことなく、逆に追い払われてしまう。
右に左に転がりながら、効果の薄い反撃を行うのが精一杯だった。
しかしそれも悪足掻きに過ぎない。
次第に追い詰められ、結局すり抜けることも適わず、瓦礫の元に押し返されてしまう。
コルティナは木箱の山を背に後ずさり、荒い息を吐いている。
追い詰められたコルティナに剣を突きつけ、マテウスは勝利を確信していた。
「さて、それじゃ、これで終わりだな?」
「ええ、そうね。追いかけっこはもうおしまい」
余裕を見せるマテウスに、ニヤリと笑い返すコルティナ。
彼女の足からは出血が止まっておらず、立って歩くことは難しい。背後は木箱で塞がれ、逃げ場は無いに等しい。
だと言うのに、追い詰められている彼女が見せる余裕。マテウスがそれを訝しんだ瞬間――背後の木箱が爆発した。
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