第451話 本来の戦い方

 俺との距離を詰めてくるクファル。

 近接戦闘での戦闘力は圧倒的に俺の方が上なのだが、奴の得意とする中間距離も俺の糸が威力を発揮する間合いだ。

 奴に有利な距離は存在しない。これは奴としても苦肉の策なのだろう。俺に触れることができれば、病毒に感染させることができる。それを狙っているのかもしれない。

 そしてそれは、俺にとっても警戒しなければならない攻撃だ。


 糸を飛ばし、奴の顔をめがけて攻撃を仕掛ける。むろんこれが命中したところで意味はない。

 しかし人の形にこだわる奴は、首を傾げてこれを避けた。

 ここまでは俺も予想したとおりだ。糸はクファルの横を通り過ぎ、民家の軒先に飾られた植木鉢に絡みついた。

 それを力ずくで引っ張った。奴の背後に伸びた糸はそのまま引き戻され、絡みついた植木鉢を奴の背後から叩き付ける結果になる。


 背後から飛来した植木鉢を避けられず、ガボンと奇妙な音を立てて命中する。

 奴の頭部は直撃を受け、人の形を維持できずに飛び散った。しかしそれが致命傷にならないことは、俺も承知していた。

 すぐさま元の形に再生するが、接近の足を止めることには成功した。


「小賢しい真似を!」

「悪いがそれが俺の売りでね」


 間合いを詰めることに失敗したクファルは、苛立たし気に吐き捨て、腕を一振りする。

 もちろんただのポーズではなく、これは奴の体液を飛ばす攻撃である。

 世闇に紛れて奴の猛毒を含んだ粘液がこちらの顔面に襲い掛かるが、わかっていれば躱すことは容易い。

 細かな飛沫なども警戒して大きく横っ飛びに避けて、今度はもう一本の糸を引く。

 それは屋根の上に置いてあった窓枠を引きずり下ろし、奴の上に落下させた。


 俺が屋根の上から現れたのは、ただ格好をつけていたわけではない。

 バーさんの転移によって近くまでやってきた俺は、この罠を用意するために屋根の上にいたのだ。

 取り外された窓枠の内側には、縦横無尽に糸が張り巡らされている。

 それが液体の奴の身体の上に落ちればどうなるかは、言うまでもない。


 高さと重さで糸は奴の身体を切り刻む。

 一瞬にして細切れにされた奴は、その場でパズルのピースのごとく散らばって落ちた。

 しかし元が粘液体の奴の身体には、それは有効なダメージにはならない。俺の狙いは別にある。


「ぐ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 クファルの悲鳴が夜の路地に響き渡る。

 窓枠に仕込んだ糸は奴の身体を寸断した。それだけではダメージになり得ないが、それが体内に隠した核を傷つけるとなれば話は別だ。

 元々スライムが擬態した姿だけに、どこに核があるかは一見してわからない。

 だから窓枠に糸を張り巡らせ、押し切る形で細かく切り刻み、まとめてダメージを負わせようと考えたのだ。

 結果は致命傷にはならなかったが、核を掠めるかどうかしてダメージを負わせることには成功したようだ。


「くそ、小細工ばかりを……」

「お前がそれを言うか?」

「うるさい!」


 叫ぶと同時に、背後で微かな音。

 おそらくは先ほど躱した奴の粘液が、動いた音だ。

 視線を向けず背のマントを払うようにして頭部を護る。それは狙いを過たず、背後から不意を打とうとした分体を払い落とした。

 本来ならマントごと、奴の粘液で腐食するところだが、このマントはハスタール神が用意してくれた特別製。

 ミスリル糸になる前の液体を広げて均し、布状に加工したものだ。液体が染み込むような隙間も存在せず、腐食もしない。

 つまり奴の攻撃を完全に防ぎきってしまえる優れ物である。


「なぜ溶けない!?」

「何度も同じ手を食うかよ。前までの気の抜けた俺と一緒にしてもらっては困る」


 前回も、油断したつもりはなかった。

 しかし心のどこかに隙があったのは否めない。本来の俺は正面切って戦うような、そんなまっとうなじゃなかったはずだ。

 そんな隙に付け込まれ、致命傷すれすれの傷を受けたのが前回の戦いだった。

 今回の復讐戦に当たり、俺はそんな自分を強く戒めている。

 待ち伏せ、罠を仕掛け、網を張る。俺本来の戦い方を心掛けていた。


「目指す戦い方ではないんだがな。お前にはこっちの方が相性がいいだろう?」

「黙れ、黙れ、黙れぇ!」


 喚きながらも身体を再構築する作業はやめないクファル。核にダメージを与えたのは確かなようだが、まだまだ活動に支障はないらしい。

 かろうじて人の身体を維持した状態で、四つん這いになって俺へと迫ろうとする。

 そんなクファルに俺は容赦なく次の一手を打った。

 懐から拳程度の大きさの袋を取り出し、奴に投げつける。


 もちろん奴は、それを容赦なく薙ぎ払った。

 本来なら毒や目潰しなどを警戒して、躱すのが定石だ。しかし毒の塊であるスライムのクファルには、毒も目潰しも効果がない。

 自分の進路を妨げるだけの足止めとでも判断したのだろう。


 しかしそれは間違いだ。

 薙ぎ払われた衝撃で袋の中身が飛び散り、クファルの全身へと降りかかる。

 白い粉末状のそれは、別に毒でも何でもない……人間にとっては。


「ふ、ぐ……な、んだ、これは……」


 しかしクファルにとっては、猛毒である。

 シュウシュウとかすかな音を立てつつ、奴の身体は一回り小さくなっていく。

 同時に動きもぎこちなくなったようだ。


「塩だよ。塩には水分を吸い上げる効果があるからな」


 粘液の塊であるスライムは、いわばナメクジに近い性質を持っている。

 塩によって表面付近の水分を吸い上げられ、中心部との濃度に差が出たことにより、まともな動きを妨げる結果になったのだろう。

 今の奴は身動きすらままならない状態。後は遠距離から糸を叩きつけ、核が壊れるまで攻撃を続ければいい。


「終わりだ!」

「畜生、畜生……きさま、レイド……ただでは、済まさんぞぉぉぉ!」


 俺が腕を振り降ろすと同時に、クファルは怨嗟の声を吐き出していた。

 叫びと同時に奴の背中がメキョリと開き、さらに別のスライムが這い出して来る。

 いや、奴は身体の表面部分を捨てて、自由に動く中心部だけで逃亡を図ったのだ。


 俺の糸は残された表面部分にずぶりとめり込み、動きを封じられていた。

 とっさに引き戻して再度攻撃を仕掛けようとしたときには、すでに相当の距離を取られていた。

 これも、奴のスライム離れした力の影響だろう。普通はここまで素早く逃げられない。


「逃がすか――!」


 だが今回こそ、決着をつけてやる。その決意をもって、俺はクファルの後を追いかけたのだった。

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