第450話 リターンマッチへ
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夜も更けてから、マリアとライエル、それにコルティナが戻ってきた。
それぞれ、張り詰めた空気がなかったので、おそらくは尋問はすんなりと済んだと見える。
俺もクラウドから連中の一味を捕縛したという情報があるから、そう察することができただけで、それがなければ上機嫌で戻ってきたという事実以外何もわからなかっただろう。
マリアは情報を聞き出せたとだけ伝え、俺には早く寝るようにいってきた。
「ニコルも今日は早く眠りなさい。怪我が治ったばかりで街に出たんだから、疲れたでしょ?」
「でも教皇を助けることができたよ」
「この街で彼女に害を加えても無意味なのにね」
「え?」
彼女の身に何かあっても心配品風なマリアの言葉に、俺は首を傾げた。
それを見て、悪戯っぽくマリアは微笑んだ。
「世界樹教が
「うん」
「ならそれが本当に蘇生が可能な魔法なのか、実際に発動するものを知らないと真贋を見極めることができないでしょう? つまり、世界樹教は蘇生魔法を知っている。そして工夫さえすれば、それは使用できる」
マリアの話によると、四種の魔法を同時起動することで蘇生魔法は発動する。
魂を呼び戻す術式、肉体を再生させる術式、呼び戻した魂を肉体に固定する術式、そして生命活動を再起動する術式。
四つの術式の並列起動。それは一人でやるならば超絶の技能を必要とする。
しかし四人が集まって同時に発動させるのならば、難易度はそこまで高くはない。もちろん一流の技能が必要だし、四人のタイミングを合わせればいけないので、最高難易度なことに変わりはないが、アシェラの実力ならば起動は可能だ。
そしてこの街では、四人で起動することができる術者も存在する……らしい。
「それって、死んでも蘇生させることができるってこと? 世界樹教の教皇が?」
「何ごとにもご都合主義ってものがあるのよね。レイドの時は絶対に協力してくれなかったのに」
ふくれっ面をして見せるマリアだが、それはもちろん無理な理由があったからだ。
北部の村とベリトでは距離が離れすぎている。この街まで輸送する間に、俺の魂は完全に世界樹に取り込まれていただろう。
遺体を保存すればそれをぎりぎり防ぐことはできたかもしれないが、次に問題になるのがレイドの種族と職業だった。
半魔人であるレイド。暗殺者であり、各所の要人にすら恐れられていたレイド。
そんな危険人物を好んで蘇生させようとする者は少なかったはず。
無論アシェラなら協力してくれただろうが、彼女の周辺の権力者は、半魔人であり暗殺者でもあったレイドを蘇生させようとは思わなかっただろう。
そのような事情があったからこそ、マリアはこの街とは完全に決別していた。
「それにクファルは私が倒しておいたから、もう安心していいわよ?」
「え、コルティナが?」
「そうなの、この子ってば、私に内緒で自分だけ美味しいところを持って行っちゃうんだから!」
マリアの話では、コルティナはクファルの動きを読み切り、ライエルやクラウドには取り巻きの逃走経路だけを教えていたそうだ。
そして彼女本人は騎士団の魔法兵を借り受け、クファルを待ち伏せし撃退したらしい。
奴がスライムであること、核から離れた部分をも操ることができるなど、前情報さえあれば、対処する方法はいくらでもあるらしい。
「奴は俺が倒す気でいたのに……完全に不完全燃焼だ」
「父さん、なんか変な言い回し」
「それくらいモヤッとしたってことだよ」
「それより、今日は早く休みなさい。あの人が治してくれたとはいえ、疲れは残ってるはずよ?」
「うん、わかった」
俺は表向きは素直にそう頷いておき、自室へと戻っていった。
もっとも彼女のいうことをそのまま聞くわけにはいかない。今回は破戒神とその一行に大きな借りを作ってしまった。
少なくとも一言くらいは、礼をいっておかねばならないはずだ。
俺は部屋を抜け出す決意をして扉に手をかける。
しかしそこで俺の動きが止まった。部屋の中に、誰かの気配を感じたからだ。
敵意は感じない。こちらにも気付いているだろうに、反応する気配もない。
だが警戒を解くこともできず、腰のカタナの鯉口を切っておく。
いつでも反応できるように警戒しながら、扉をゆっくりと開いていく。
果たして部屋の中には――
「なんだ、バーさんじゃないか」
「その呼び名はすごく不本意なんだけど……」
「自分で名乗ったじゃないか?」
「いや、それは仕方なくで――っと、そうじゃなくて。今日は少し情報を持ってきたんだ」
「情報?」
聞き出すべき情報はマリアたちが引っ張り出したはずだ。悪いが、正気を保っていたあのウーノという男には同情せざるを得まい。
いざというときのマリアは、それはもう誰よりも冷徹になれるのだから。
いや、それはともかく。そのマリアですら聞き出せなかった情報があるということだろうか?
「そうそう。クファルだけどね……まだ生きてるよ」
「なんだって!?」
コルティナは戦闘力で劣るが、その分、戦況を見るに聡い。その彼女が敵を見逃すとは、思えなかった。
いや、ひょっとするとクファルには他に何か手を残していたのかもしれない。
「どうやら、自分の核だけを荷物に隠して、窮地を逃れたようだね。いや、なかなかに賢いスライムだ」
「核だけ? そうか、奴は核が無事なら他の部分は離れていても操れるから……」
「そう。ダミーの核を用意し、それを分体に取り込ませ、操っていたらしい」
「まさかコルティナが騙されるとはな」
「初めて出会うタイプの敵なんでしょ。ならそれも仕方ないところだと思うけどね。で、どうする?」
「なに?」
「奴はまだ生きていて、この街にいる。でも放置すれば逃げ出すだろうね」
つまり、追ってとどめを刺すか、見逃すか選べというのか?
そうと聞かされて、俺に見逃すという選択肢があろうはずはない。
いや、ライエルたちに伝え、彼らに任せるという選択肢ももちろんあるのだが……
「……それはそれで、おもしろくないよな」
俺はクファルに一杯食わされた。コルティナもまた、奴に騙された。
これほどまでにコケにされたのは、生まれて初めてだ。
その借りを、おとなしく他人に預けるなどと、できようはずがない。
「だが、マリアは今回、かなり俺を気にしている。抜け出したら様子を見に来るかもしれない」
「そこはそれ、任せたまえ」
そういうとバーさんが視線を横に逸らす。
その先には、白い少女の姿があった。
「破戒神……じゃないな」
「そう。僕の眷属であり、彼女の眷属でもある。君も会ったことがあるだろう?」
「会ったこと?」
神の関係者なんて白いのとハスタール神、それと彼くらい……いや。
「ひょっとして、カッちゃん!?」
「違う、魔竜ファーブニル! 温泉町で会っているはずだ」
「ああ、あの黒い……でかいの?」
「大きさくらい
「ってことは、正規の主は白いのなんだな」
「そう。彼女に君の身代わりをさせる。寝ている間なら、バレる可能性はないよ」
俺の姿に変身し、毛布をかぶって寝たふりをする。如何なマリアといえど、それだけで見抜くことは確かに不可能だ。
「悪いが、任せていいか?」
俺が少女にそう尋ねると、コクリと頷き、その姿が滲む。そして一瞬後には、俺とそっくりの姿に変貌していた。
そのまま何も言わず、寝台に潜り込み、軽く寝息を立てる……振りをする。
「それじゃ行こうか。あっちもあまり長くは放置できない」
「ああ。それに少し、準備も必要だ」
一度やり込められた相手だ。ただ倒すだけじゃ物足りない。ここはしっかりと、仕返ししておかないとな。
そう決意して、俺とバーさんは部屋から姿を消した。
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