第150話 農家の小屋

 俺たちは準備を整え、小屋へ向かおうとした。

 畑二つだけとは言え、その畑が俺たち子供にとっては結構大きい。畑一つにつき、一辺が百メートルほども広さがある。

 それが二つ間に挟まっているので、およそ二百メートル先。コスモス畑は迂回しないといけないから、三百メートルは歩かねばならない。

 できるだけ急ぐという前提ならば、一刻も早く出発したいところだった。

 だが逸る俺達をコルティナが呼び止める。


「待って、ニコルちゃん。念のため、これも持って行って」


 そう言って俺に差し出したのは、人の頭ほどもしたフサフサモコモコの存在。

 カーバンクルのカッちゃんだった。


「ど、どうしてここに……」


 前日のチェックで、俺のリュックから抜き出しておいたはずなのに。

 どことなくドヤ顔しているような巨大ハムスター――カーバンクルを俺はおとなしく受け取った。


「いつの間にか、私のリュックに潜り込んでいたのよね」

「きゅっ!」


 してやったりと言う表情のカッちゃん。コルティナも重さで気付けよ。地味にドジっ子だよ、お前。


「ま、まあ、入っちゃったものは仕方ない」

「そうなのよね。出発した後で妙に重くて、疲れが溜まるのかなぁって思ったら、中にいたんだもの。驚いちゃった」

「そういう問題だろーか?」

「なんにせよ、今回に関しては悪い事態じゃないわ。カッちゃんは基礎的な魔法なら扱えるし、連れて行けば戦力になるんじゃない?」


 そう言えば、マイキーが洞窟で遭難した時も、カッちゃんが浄化ピューリファイの魔法を一晩中かけていたのだったか。

 こう見えても竜族のカーバンクルは、使える魔法自体のレベルは低いが、魔力操作に関して非常に卓越している。

 まだ子供のカッちゃんは高位の魔法を扱う事はできないが、その制御力は一流の魔術師にも引けを取らない。

 俺達三人の中で、実践的な魔法を使いこなせるのはレティーナだけと言ってもいいので、能力的な底上げとしては実に期待できる。


「もう、仕方ないな。ちゃんと言うこと聞くんだよ?」

「きゅきゅ!」


 俺がカッちゃんを抱え上げて、そう注意すると、愛想よく返事をしてきた。

 なぜかそれを見て、レティーナが鼻頭を押さえていた。花粉症か?


「ニコルちゃん、その格好はちょっとアザとい」

「えっ、なんで?」


 ミシェルちゃんの言葉に、俺は自分の恰好をしげしげと見下ろす。

 何かの役に立つかもしれないとリュックを背負い、学校指定の体操服。ここまでは実に普通だ。

 腰にナイフを常備し、背中にカタナを背負っているところ以外は、おかしいところはどこにもない。


「その格好でモコモコのカッちゃんを両手で抱えてるとか、わたしだってお持ち帰りしたいし」

「そこ!? 帰っちゃダメだからね、今はまだお仕事があるから」

「うん!」


 返事はいいけど、最近煩悩が増えてきたな、ミシェルちゃん。

 とにかく今は畑の人を探すのが先決だ。

 改めてカッちゃんを頭に乗せ、小屋に向かって歩き始めたのだった。





 小屋のそばまで辿り着き、俺はすぐさま中を覗くべく先行する。

 中に人の気配は存在しないが、俺やあの人攫いの暗殺者みたいな、隠密のギフト持ちがいた場合、俺程度の感知力では気付くことはできない。

 そこで落とし窓を少しだけ持ち上げ中の様子を探ってみた。


 小屋の中は真っ暗で、やはり人の気配は存在しない。

 俺たちが近付いて行ったのは、あくまで偶然なので、中で気配を消し待ち伏せるという可能性は少ないだろう。


「中に人の気配がない。入ってみるけど、二人は入り口付近で警戒して」

「りょーかい」

「わかった!」


 中に入れば、閉所での戦闘になりうる。人の気配は存在しないが、万が一には備えておくべきだ。

 扉を開け、足音を忍ばせながら室内に踏み込む。

 室内は結構荒れてはいるが、荒らされたというほどではない。平均的男所帯の荒れ様とも言える。

 心配された病気で倒れているなどの事態ではなかったようで、ここは一安心だ。


「だれもいないよ」


 俺は玄関付近で警戒していた二人に声をかけ、室内を調べ始めた。

 窓を下ろしているため室内は暗い。窓にガラスを配置するような贅沢はしていないようだ。だがこのような小屋にガラス窓を入れるとなると、それはそれで窓だけ不自然に豪華になってしまうから、当然かもしれない。


「カッちゃん、お願い」

「きゅ!」


 俺の要請に従い、カーバンクルが光明ライトの魔法で室内を照らす。

 この魔法は明かりを生み出す魔法なので、実は干渉系じゃない。なので俺は使えない。


 最小限の寝具に食器、薪にカマド。小屋の裏には物置小屋と井戸と馬小屋。おっとエッチな本も発見、これは俺がこっそり没収しておこう。

 室内には文字の気配がほとんどしなく、ひょっとするとこの小屋の持ち主は字が読めないのかもしれない。没収した本も絵草子本だったし。


「うーん……」

「文字が読めないのだとしたら、今日わたしたちが来るって気付いてない可能性もあるかしら?」

「それはない」


 レティーナが室内の様子から俺と同じ結論に到り、そう推測する。だが俺はその可能性を否定した。

 室内には粗悪な粘土板が一つ置いてあり、それにはいくつかの×印が刻まれていた。

 おそらくはこれで、日数を確認していたのだろう。


「これで暦を管理していたんだとしたら、わたしたちが来る日も確認できる。むしろ毎日目にしている分、わたしたちより確実かもしれない」

「あ、そっかぁ」


 レティーナはおとなしく俺の意見に賛同し、再び室内を探し始める。

 その時俺は、小屋に近付く気配に気が付いた。

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