第149話 現れない管理人
この日のスケジュールでは、この休耕地で昼食を取った後、農園の人の案内でコスモス畑を見学して回ることになっている。
俺達はそのスケジュール通り、昼食を取り終え、食休みをしていた。
そこへコルティナが、尻尾を揺らめかせながら通りかかる。
細い指を顎に添えて歩く姿は、彼女が考え事をしている時の特徴だ。
「コルティナ、どうかしたの?」
「ん、ああ……ニコルちゃんか。うん、ちょっとねぇ」
彼女は俺の背後に視線を向けて、言い淀む。
その仕草から、生徒に聞かせられない問題が発生していると俺は推測した。
シートから腰を上げ、コルティナについて行って生徒達から距離を取る。
レティーナ達も、そんな俺の行動の意味に気付いたのか、後を追ってきたりしない。この辺はパーティ戦闘を繰り返してきた成果だ。
周囲に声が届かない距離までやってきたところで、コルティナは話を始めた。
「まあ、ニコルちゃんになら打ち明けてもいいかな? 予定ではそろそろ畑の管理人さんがやってくるころなんだけどね。姿が見えないのよ」
「姿が? それは大問題じゃない?」
こちらに来るという予定の人間が姿を現さない。
それは相手方が予定を忘れているか、都合が入ってこちらに来れないか、それとも来れない状況に追いやられているのか、だ。
忘れているだけなら、まだいい。
都合が入っているのに連絡がこないというのも問題だが、来れない状況に追いやられているというのが一番怖い。
急病か、それとも別の用事か。とにかくその案内人の身が心配である。
「ちょっと、探しに行った方がいいかもしれないね」
「そうなんだけど、私は生徒の引率があるから離れられなくって」
「エリオットは? 彼も非常勤とは言え教師でしょ?」
「彼を単独で動かすのは……それはそれで問題なのよね」
ああ見えて奴は北部三ヵ国連合王国の現国王。
その命を狙う輩も、いまだ存在する。だからこそプリシラと言うエリートの護衛がついていた。
この辺境の地で彼を単独で動かすのは、そういう輩にとって絶好の機会になる。
「面倒な教師」
「本当にね」
俺の歯に衣を着せぬ感想に、コルティナもクスリと笑みを浮かべた。
とは言え、この状況で待ち続けるのも、あまり得策とは思えない。
「じゃあ、わたしたちが探してきてあげる」
「いいの? 大丈夫かな……」
「こう見えても結構冒険してきてるから、大丈夫」
さすがにマチスちゃんは連れていけないが、ミシェルちゃんとレティーナならば、俺と一緒に森の中での立ち回りをかなり経験を積んでいる。
ちょっとした非常事態程度ならば、充分に対処できるはずだ。
「……そうね。このまま待ち続けるのも心配だし、お願いしようかな?」
「まかせて」
「でも無茶しちゃだめよ? ニコルちゃんはこういう時、絶対無茶するんだから」
「…………前向きに善処します」
目の前にトラブルが飛び込んできたら、多少の無茶をすることもある。
だから俺はしないとは断言せず、適当な事を言ってごまかすことにした。
皆の元に戻った俺は、そのまま事情を話し案内人の捜索に出ることにした。
マチスちゃんには行きがかり上話してしまったが、彼女が口が堅い方であることは承知している。
彼女なら、他の生徒に話しを漏らしたりしないだろう。
「それで案内人さんってどんな方ですの?」
レティーナの質問に、俺はコルティナから聞いた畑の主人の特徴を伝えていく。
小太りで筋肉質。ひげ面。歳の頃は四十代で、背は高くない人間種。
「で、この畑の向こうにある……あそこの小屋に住んでるんだって」
休耕地の向こうにあるコスモス畑。その更に向こうに、小さく小屋のようなものが見えていた。
コルティナ曰く、そこが彼の自宅らしい。
この近辺は畑が多いため、一軒一軒の距離が遠い。見渡す限りでは、他に民家らしきものは見当たらなかった。
「まずはそこを探しに行こうと思う」
「ま、当然ですわね」
「もし怪我とか病気だったりしたらどうしよう?」
「その時はコルティナに知らせればいい。わたしが駆け戻るから、ミシェルちゃんは看病してて」
この三人の中で一番足が速いのは、俺だ。
と言うか、学院と支援学園を見渡しても、俺より早い生徒は存在しない。
持久力ではミシェルちゃんもかなりの物を持っているが、瞬発力では俺には及ばなかった。
「とにかく、そう言う事態も考えると、早く行った方がいい」
「そうですわね。でも一応装備は持っていきませんと」
森の中を行くという事で、レティーナは愛用の杖を持って来ていた。これはトレッキング用の杖の代用としてだったが、思わぬ出番が回ってきたようだ。
ミシェルちゃんも、いつもの狩弓は持って来ていないが、常に
この弓は破戒神にもらったバングルの筋力強化を使用すれば全力で引けるが、俺の支援魔法でも、なんとか半分程度は引けるようになっている。
彼女単独ではまだ使用するには及ばないが、一緒に行動するなら問題ない威力は出せるだろう。
俺もまた、振動するナイフとカタナを持ち歩いていた。
さすがにレイド愛用の手甲は持って来ていないが、ピアノ線なら五束、懐に入れている。
これだけあれば、大抵の問題には対処できるはず。
他の生徒でこれほど武装を整えてきている生徒はいない。
どうにも物騒な生徒になったモノだと、自分でも思う。
それでもこういう非常時には役に立つのだから、まさに備えあれば、と言う奴である。
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