第399話 神の来訪
朝食を済ませた後、ガドルスにオートミールを作ってもらい、ミシェルちゃんの見舞いに行く。
さいわい、彼女のひいた風邪はそれほど重いものでは無かったようで、気怠そうにはしていたが、寝込むほどではなかった。
ちなみに女性の部屋ということでクラウドには遠慮してもらった。
汗を拭いたりしないといけないからな。
「なお、俺は例外である」
「え、ニコル様、何か言いました?」
「んや、なんでも」
ミシェルちゃんは年に似合わぬ成長を見せているので、俺にとってはこの世話は眼福以外の何物でもない。
いや、親友の体調を心配しているのは事実だが。
「ミシェルちゃん、起きてる」
「あぃ~」
俺が扉をノックして声をかけると、中から間延びした返事が返ってきた。
どうやらかなり怠そうな感じである。
扉を開けて部屋に入ると、彼女の体温に温められたのか、廊下よりも室温が高い空気が身を包む。
俺は少し心配になって彼女の体温を測ることにした。
「具合はどう? ちょっと熱測るね」
「うん」
彼女の額に自分の額をくっつけ、自身の体温と比較する。
伝わってくる熱はかなり高く、今日動くのは難しそうに思えた。
「うん、高い。これじゃ、今日のお仕事は無理だね」
「そんなぁ」
「ダメ、熱がある時はミスしやすいんだから、今日は安静にしておくこと」
「でもでも、鎧の調整とかしなきゃいけないし」
「それはまた後日だね。冒険者のミスは命にかかわることが多いんだから、慎重に行動しないと」
「あうぅ」
ぐずるミシェルちゃんをなだめ、持ってきたオートミールを食べさせる。
その後掻いた汗を拭くために上着を脱がせた。
その時の感想としては『おのれ』の一言である。冒険で引き締まったお腹と、その割に豊満な胸の対比が実に見事で、思わず見惚れてしまったくらいだ。
その後ミシェルちゃんの世話はフィニアに任せ、俺はガドルスの元に向かった。
すでに朝食の時間は過ぎており、客足もピークを越えたため、一階のホール兼食堂にはほとんど人がいない。
そんな状況を知ってか、ガドルスは前世の俺の名を呼んできた。
「レイドか。ミシェル嬢ちゃんの様子はどうだった?」
「ああ、あの調子なら大丈夫そうだ。ちょっと熱が高いけど、ただの風邪だな」
「そうか」
俺の見立てに少し安堵したかの様子を見せたガドルスに、食器を渡しておく。
ガドルスは無言でそれを受け取りながら、いくつかの装備を取り出した。
「お前の胸甲だ。ベルトの調整は済ませておいたから、具合を確認せい」
「お、もうできたのか。仕事が早いな」
「ふん、お前がレイドだと知っていたら、もっと手を抜いておったのだがな」
「おいおい、そりゃないぞ」
このツンデレドワーフめ。昨日は嬉しいと素直に言っていたくせに。
「ミシェル嬢ちゃんの方は、買い直した方が早いだろうな。完全に体型に合わんようになっておる」
「装備させずにわかるのか?」
「ここへ来た時はすでにかなりきつそうにしてたからな。変に調整するより新しく大きめを買っておいた方が安全じゃ」
「成長が早いのも善し悪しだな」
「弓士だからな。特に女は胸に弦が当たるから消耗が早い。あの体型とあの弓なら、なおさらだ」
「しかたないか。いや、それだけじゃ済まないか」
今までのような一般的な素材では、弦が当たった時に大怪我をしかねない。
「ガドルス、今度邪竜の素材を使って鎧をいくつか作るから、お前からの贈り物ってことにして渡してくれないか?」
「む? それを人が聞けば、ワシが贔屓をしたと取られかねんぞ?」
「面倒な奴だな。じゃあマクスウェルからの卒業記念とか、そんな感じで適当な理由をつけてくれよ」
「それはお前が直接交渉せい」
「そんなこともあろうかと!」
俺とガドルスの会話に、突如甲高い声が割り込んできた。
いや、この声は何度か聞いたことがある。
「出たな、白いの――って、なんでお前も一緒なんだ!?」
振り返った俺の視線の先には、案の定『白いの』と……アストの姿があった。
「『なんで』とは随分な言い草だな。嫁の不始末を詫びに来たに決まっている。ついでに詫びの品も持参した」
「嫁?」
「コレだ」
ポンポンと傍らの白いのの頭を叩くアスト。
その行動がどういうことか、その事実がどういう意味を持つのか、俺は即座に理解できなかった。
「嫁……嫁えぇぇぇぇぇ!?」
アストが既婚者であることは、すでに聞き及んでいた。だから嫁が一緒にいること自体は驚かない。
しかしそれが、白いのとなると話は変わる。
白いのは世にいう破戒神であり、その夫は風神と呼ばれる存在だ。
つまりアストは――
「まさかお前、風神ハスタール!?」
「そう呼ばれることもある」
「いや待て、そんな馬鹿なことが……」
反射的に否定の言葉を漏らしつつも、半ば納得しつつある自分を自覚した。
アストの住処にある魔道具の数々、彼からもたらされた装備の質の高さ、そしてこの間、地下から漏れ聞こえた女性の声。
あれは白いのの声ではなかっただろうか?
「いやいや、そこまで驚いていただくと、わたしとしても感激の極みです」
「今回そこは問題じゃない。お前の仲間に暴走をけしかけ、街を離れる切っ掛けを作ったと聞いてな。さすがに心苦しいので、いくつか装備を持ってきた」
そういうとアストは――いや、ハスタールはカウンターの上に三つの装備を並べ始めた。
「まず、魔竜ファーブニルの皮を使った胸甲……」
「いきなりとんでもない品を出してきたな、おい!?」
「なに、脱皮した時に回収した奴を使ったから、元手は掛かっていない。続いて鱗を使ったガントレット。こちらはエルフの娘に装備させるといい」
「フィニアのことを知っているのか?」
「嫁から聞いた。サイズも間違いないはずだ」
ハスタールの横で胸を張る白いの。そのドヤ顔を理由もなく殴りたい。いや、今回は感謝せねばならないのだが。
フィニアは槍を使うようになったのでやや防御が怪しくなっている。特に前に出す左腕は敵の攻撃に晒されやすい。
しかし隣で鼻の穴が得意げにピスピスしてる白いのが、癇に障る……
「胸甲は件の娘に渡すといい」
「待て、俺のがないぞ」
「お前にはこれまでさんざん装備を融通してやっただろう?」
「そりゃそうだが……まあいいか。ちょうど良かったよ。感謝する」
どのみちミシェルちゃんに胸甲を用意する予定だったので、手間が省けたと言える。
それに、破戒神からの贈り物となれば、俺がヘタに言い訳する必要もなくなる。渡りに船とはこのことだ。
「それにしては……妙に地味なデザインだな?」
「ああ、サードアイは目立っただろう? その反省を活かして目立たないように工夫してみた」
「その配慮はありがたいね。目立つのは、もっと実力をつけてからにしたい」
新人がいい装備を持っていると、それだけで絡まれることもある。
俺のような経歴を持っていると、親の七光りと見られる事態も多い。ギルドの階位を上げるまでは、あまり目立たぬようにした方が、印象はいいだろう。
「それと盾だな。これは一般的な金属の盾だが、内側に同じくファーブニルの皮を張っている。見かけはただの鉄だが、防御力は桁違いになっているはずだ」
「クラウド用か」
「野郎の装備など作りたくなかったのだが……」
「その意見には同意するよ」
「まあ、俺たちからの贈り物ということで皆に配ってやってくれ。これでこいつの失態は水に流してくれると助かる」
「そういうことなら、きっと許してくれるさ」
そもそもミシェルちゃんは、そういう思考にすら至っていない。
純真無垢な彼女なら、許すどころか感謝してくれるはずだ。
「では、俺たちはこれで」
「もう行くのか?」
「久しぶりの嫁との観光だからな。水入らずにしてほしいところだ」
「あ、そう……」
言うが早いか、そそくさと宿を出ていく二人。
こうして俺たちは、装備の充実を図ることができたのだった。
なおガドルスは、一言も発せず硬直したままだったのである。
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