第483話 推定黒幕との会話

 厨房にデンの出入りを許可してもらった後、俺は寮中を歩き回り、怪しいところを調べてみた。

 レティーナにはデンに伝言を頼み、場を外してもらっている。この散歩も調査の一環なので、一緒に居られると不味い事態になる可能性もあったからだ。

 しかし、見つかったものといえば、合法薬物の痕跡(いわゆる煙草)や裏庭に隠すように埋められた酒瓶程度で、めぼしいものは発見できなかった。

 もっとも、そんなに簡単に発見できるものだったら、先の冒険者とやらが見つけていたことだろう。

 発見できなかったからこそ捜査が長引き、怪しまれ、排除されてしまった。


「思ったよりも凶暴な連中かもしれない、か……」


 下手な手出しをすればレティーナはもちろん、フィニアやデンにまで危害が及びかねない。

 いや、それだけならばまだ対処する力がある。問題は事件とは無関係と思われる寮母や料理長まで巻き込まれるのは、俺としても後味が悪すぎる。

 だがそこで、俺は近付いてくる気配を一つ、察知していた。


「こんな時間に散歩でもしているのかな?」


 少しばかり気取ったような、軽薄な口調。

 俺の背後から、視線を避けるように近付いてきたそいつは、しかし姿を隠そうともせずそんな声をかけてきた。


「隠れたいのか、そうじゃないのか、どっち?」

「気付いていたのか。さすが高等部に転入してきたことだけはある、と」

「その口調だと、わたしが誰かも知っているんじゃない?」

「レティーナ・ウィネ=ヨーウィ侯爵令嬢のご親友、だろう」

「ご明察。では、そんなあなたはどちら様で?」


 俺がレティーナの友と知って図々しく声をかけてくるような存在となると、数は少ない。

 大抵は自意識過剰な高位貴族の子息である。おそらくこいつも、そんな連中の一人と思われた。

 典型的な金髪碧眼。鍛えてはいるようだが、肉の付き過ぎない体型。手入れの行き届いた髪は、そこいらの女性よりも艶やかだ。

 一見した印象はバランスよく鍛え上げた優男、という感じだろう。しかしその足取りはしっかりとしていて、鍛えただけの弱者ではないと感じさせた。

 こいつはそれなりに『使える』やつだ。


「僕かい? 僕はカイン。カイン・メトセラ=レメク」

「ああ、あなたがあの……」


 もちろん、知らないはずもない。今回のターゲット。それが俺の目の前にわざわざ顔を出してくれたというわけだ。

 そこで俺は思案する。ここでこいつを始末してしまった方が手っ取り早いのではないか?

 要はカインがいなくなれば、レティーナの結婚相手がいなくなるし、この学院で怪しいことをしている黒幕がいなくなる……すべて上手く行くのではないかと、考えてしまった。


 しかし俺は、小さく頭を振ってその考えを否定する。

 かつて依頼主のいうことを真に受けて暗殺を行った結果、相手が替え玉で殺した相手は、ただの手柄を横取りしたいだけの貴族だったという一件があった。

 いや、いうまでもなく、コルティナとその手柄を横取りしようとした飼い主の貴族だったわけだが。

 あの一件以来、俺はきちんと裏付けを取ることを学んでいた。

 今回もレティーナの言葉だけを鵜呑みにして、事に当たっては間違いが起きかねない。

 それにレメク公爵の子は彼だけではない。確か嫡子は四男くらいまでいたはずなので、こいつをここで始末しても、レティーナの婚姻騒動は消えないだろう。


「僕をご存知でしたか、レディ?」

「ニコルでいいですよ。どうせ名前も知っているのでしょう?」

「それでもご本人から聞くまでは、知らぬと通すのが紳士という物でしょう」


 芝居がかった仕草で一礼して見せるカイン。しかしその目は、俺から少しも外れることはなかった。

 まるで値踏みするような視線。それは、俺の勘違いではない。奴は間違いなく、俺の価値を見極めようとしていた。

 英雄の娘として、ベリトの英雄として、利用できるかどうかを。

 その蛇のような視線に、俺は背筋に氷を投げ込まれたかのような感覚を覚える。

 俺も、女として成長してからは、爬虫類じみた欲情混じりの視線はよく受ける。だがやつの視線は、それよりも遥かに粘着質だった。


「……そうですか。それでは、今後ともよろしくお願いいたしますわ。カイン先輩」

「こちらこそ。栄えあるライエル様とマリア様のご息女と同じ学び舎で学べるのですから、光栄の限りです」


 前情報によると、カインはこの学院の最上級生の十八歳。高等部には入学試験があるので、三十代の新入生なども存在する。しかし入学資格は十二歳からなので、三年のブランクは、かなり早く入学できた方と見るべきだろう。

 噂によると、初等部を卒業した後は領の騎士団で鍛え直してから、高等部に入学したのだとか。


 そしてその情報は、このメトセラ領の人間ならだれもが知っている情報だ。

 この程度なら口に出しても、怪しまれまい。

 それにしても、レティーナが派手に動くことで注目を集め、俺がその隙に調査をする手はずだったのに、先にこいつに目をつけられてしまうとはな。

 運がいいのか、悪いのか、判断に困るところだ。


「それでは失礼ですが、先に部屋に下がらせてもらいますね。あまり身体が丈夫な方ではないので。今日は引っ越しの支度で疲れました」

「それはそれは。お引き止めして申し訳ありませんでした。レディの体調に配慮できないとは、僕もまだまだ修行が足りませんね」

「とんでもない。初めての土地で心細い限りでしたの。今後もよくしてくださるとうれしいです」

「ハハハ、それは光栄だな。ではお言葉に甘えて、気軽に声を掛けさせてもらうとするよ。今度食事でもどうかな?」

「申し訳ありません。虚弱なもので、食事も使用人に管理してもらっているんです。なので外食は控えるようにしていまして」

「なるほど、それでは使用人も心配してしまいますね。あなたは部下に慕われているようだ」


 ばさりと前髪を書き上げ、そう宣言してくる。

 こいつの言動、一つ一つがうさん臭く感じる。こんな奴と食事するくらいなら、エリオットかクラウドと食事した方が遥かにマシだ。

 少なくともエリオットはもうすぐ妻を持つ身だし、クラウドに下心は……まあ、あるけど……少なくともこいつほど裏表が激しいわけではない。むしろ顔に出過ぎて困る。

 俺はカインに愛想笑い一つ返しておいて、逃げるようにその場を立ち去ったのだった。

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