第105話 神の名前と贔屓の理由
カーバンクル――そのモンスターならば、俺も知っている。
猫くらいの大きさの、ハムスターみたいな外見をした幻獣だ。一応竜族に分布される幻獣で、額に宝石を一つ貼り付かせている。
それは竜珠の一種で、様々なマジックアイテムの原材料になる。
強さのわりにこの宝石の価値が高いので、見かけたら容赦なく乱獲され、国が保護している場合も少なくない。
このラウムでも、当然保護指定対象だ。
「それを狙いに来たのか」
「まさか。むしろ保護しに来たんですよ。こう見えてもわたし、竜族と縁がありまして」
「そうなのか?」
「眷属にドラゴンがいるんですよ。可愛い子ですよ? 見ます? 見る? 見たいでしょ」
「うぜぇ!」
無駄にずいずいと推してくる神を押しのけ、俺もミルクを購入する。
俺にスルーにされた神はその場に
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないですか。わたしだって家族自慢の一つや二つしたい事もあるんですよ」
「いいから! じゃあ、そのカーバンクルの保護が目的なんだな?」
「いえ、それはあくまでついで、です。本当に目的は湯治だったんですよ。この身体は壊れやすいので。壊れませんけど」
「どっちだよ?」
「すぐ死ぬけどすぐ生き返るって意味です」
不死かよ。さすが神様、トンデモナイ能力を事も無げに言ってのける。
「その体質はある意味あなたにも受け継がれてますよ」
「俺も不死なのか?」
「そうじゃなく……回復速度が通常よりも高い程度です。後、魔力を貯め込みやすくて、虚弱で非力。全部わたしにそっくりです」
「へぇ……」
悪い所まで受け継いで――
「って、受け継いでる?」
「はい。ああ、言ってませんでしたね。あなたはわたしの血統なんですよ」
「ハァ?」
「かなーり、遠い子孫ってところです。だから色々目を懸けてるんです」
俺が、神様の血を引いている?
だから転生の際に手を貸したのか。俺の仲間に武器を授け、ギフトの使い道を伝授し?
「だったら邪竜退治の時にも力を貸してくれればよかったのに……」
「あの時期はわたしも用事がありまして。それにわたしや眷属を差し向けると北部一帯が完全に焦土と化す危険性もありましたし」
「じゃあ、魔神の時は?」
「あの時は念入りに隠匿されてましたからね。わたしでも気付くのは難しいかと」
「神様ならそれくらい感知してくれよ」
「神様だからって何でもできる訳じゃないんですよ。わたしの専門はアイテム作りと破壊工作です。情報収集は苦手なんです」
「そういうもんか?」
確かに神によっては冠する称号が変わる者もある。
戦神アレクや風神ハスタールのように、司る物が違うのだ。
「そう言えばアンタは何の神様なんだ?」
「破戒神ユーリですよ?」
「邪神じゃん!?」
「失敬な!」
破戒神ユーリ。その名の通り、戒律――すなわち世界樹教の根源たる世界樹を破壊し、へし折った神。
伝説によると、不死を狙った魔王を阻止するためだったとされるが、それは世界最大宗教である世界樹教を敵に回す行為だ。
故に世界樹教徒からは邪神認定を受けている。マリアなど、唾棄すべき神として忌み嫌っていた。
今の俺にその神の血が流れているという事は、マリアかライエルにも流れているという事か? それとも生前の俺に流れていたという事だろうか?
どちらにしても皮肉な話である。
「今と生前、どっちの俺に流れてたんだ?」
「どっちもですよ。かなり薄まってますけどね」
「やべえ、また人に話せない秘密ができた」
「まぁ、いい気はされませんよねぇ。あはは」
「笑い事じゃねぇ」
あの人当たりはいいが教育には厳しいマリアに、『邪神の血統でした!』なんて知られたら……さすがに誅罰を下される事は無いだろうが、微妙な顔をされるだろう。
「いや、待て。そもそも生前の俺と今の俺の両方に流れているとか、どんな確率だよ?」
「そんなに低くないですよ。あれから何年経ったと思ってるんです? 私の血は世界各地に潜んでるのです」
「疫病かよ」
「重ね重ね失敬な」
伝説によると、破戒神が地上で活躍したのは千年ほど前。
その後は文明が進んだり戻ったりしつつ、停滞している。
その時代からなら血統が各地に広まっていても、おかしくはない。
ともかく、なぜこの神が俺に執着しているかは、なんとなくわかった。
自分の血統が邪竜退治に駆り出され、それを成したので特別扱いされているのだろう。
「まぁ、転生させてくれたことには感謝してるよ」
「もっと讃えてもいいのですよ? よ?」
「そういう所が無かったらな!」
俺は空き瓶を専用の回収箱の中に放り込んで再び温泉へと戻った。
神がここに居る理由が、俺と関係ない事だと確認できただけでも、話した価値はある。
この二泊旅行の間、大人しくしておけば、厄介事に巻き込まれる可能性はなさそうだ。
「あ、そうそう。少し待ってください」
「なんだ?」
ふいに背後から呼び止められ、俺は神へと振り返った。
そこにはいつのまにか、数本の矢を持った神がいた。全裸のままで。いい加減服着てくれ。
「これをあの子に。鋼鉄製の矢です。捩じれが入っている方が貫通力が高い物なので、取り扱いには注意を」
「いや、そもそも引けないから」
あの弓が引けるほどの補助魔術は、俺にはまだ掛けられない。なので、今はただの厄介モノと化している。
それを察したのか、今度はどこからか小さな腕輪も取り出してきた。バングルタイプの腕輪で、精緻な彫刻が施されている。
「はい。そこでこれを。筋力を強化する術式が込められています。効果時間はおよそ三分。
「メギンギョルズ……どういう意味だ?」
「異界の言葉で、装着者に凄まじい力を与える帯の名前ですよ」
「そりゃ、ぴったりだな」
試しに自分の腕に付けて、キーワードを唱えてみた。
「メギンギョルズ――!」
すると上半身に満ち溢れるように力が湧き出してくる。その強化力は俺の比ではない。
この溢れんばかりの力……これも神器級のアイテムなんじゃないか?
「あっ、あっ」
「すっごいな、これ……倍率はどれくらいだ?」
更衣室に設置されていたベンチすら、片手で持ち上げられる。この俺の身体で、だ。
「十倍は軽く。でも反動が大きくて……早く解除した方がいいですよ?」
「へ?」
言われて術式を即座に解除してみた。すると全身が引き攣れたように痙攣を始める。
無論、それに伴う激痛も。
「ふ、ぎいぃぃぃぃぃ!?」
「無から有は生み出せません。力も同じです。つまり――力を前借してるようなもんなんですよ。その反動が、その苦痛な訳です」
「先に……言ええぇぇぇぇぇ!」
全身を襲う苦痛に、床をのたうち回りながら、俺は絶叫していた。
「まぁ、身体ができてくれば反動も弱まりますし、期間も短くなります。それまでは緊急避難的アイテムとして使用してください」
「ぬがあぁぁぁぁぁ……」
結局、反動の効果が切れるまでおよそ十分間、俺は床を転がり回ったのだった。
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