第497話 クラスメイトと仲間たち

 素知らぬ顔で挨拶してくるミシェルちゃんとクラウドに、俺とレティーナは藪にらみの視線を送る。

 ここにこうしている以上、俺たちを驚かそうとしてやってきたことは明白である。


「こんにちは。わたしはミシェルっていうの。よろしくね!」

「俺はクラウド。前線の防御を担当する。今日はよろしく頼むよ」

「なにを白々しい」


 俺の言葉に視線を逸らすクラウドと、後頭部を掻いて誤魔化すミシェルちゃん。

 そのやり取りにサリカとザナスティアは目を丸くする。

 ちなみにサリヴァンは目をハートにしていた。ミシェルちゃんに手を出したらコロス。


「お二方とは知り合いなんですか?」

「ええ、まあ……というか、元仲間です」

「ニコルちゃん、ヒドイ! 今も仲間だよぅ」

「わたし、今は生徒なので」


 悪戯の仕返しに、ツンとした態度を取って反撃する。

 そんな俺の仕草に、慌てたようにミシェルちゃんが弁明した。


「ニコルちゃん、怒らないで? あのね、クラウドくんがね、どうせ話ししないといけないんだったら、こっちから出向こうって言うから」

「あ、こら、ミシェル! 俺のせいにするなよ!?」

「別に怒ったわけじゃないけどね。でも迂闊に顔を出すのはどうかと思うよ」


 ここは敵地でもある。俺やレティーナと彼女たちが知り合いだと知られたら、何らかの行動を起こされる危険があった。

 できるならば、彼女たちは距離を取ってもらいたかった。

 だがそれをここで諭すのは危険かもしれない。なにせ今は教員の目が光っているのだから。


「とにかく、今は初対面の振りをしておいて」

「え……うん、わかった」


 俺の神妙な顔に、ミシェルちゃんは反論をせずに受け入れた。

 彼女は俺を信頼してくれているので、説明が不足している状況でも素直に俺の言葉を聞き入れてくれる。

 その反応を、俺はありがたいと感じていた。


「よし、冒険者との顔合わせは終わったな? それでは今から森に行く。昼までにモンスターとの戦闘を三度は経験しておくこと」


 教員の言葉に周囲を見ると、すでに七組の集団ができていた。

 三十人近い生徒が、それぞれ四人ずつ班を作った計算だ。それに冒険者が一名から二名ついて行くことになる。

 移動の時間を考えると、昼休みまで二時間強。その間に三度の戦闘となると、結構厳しいノルマを課されたことになる。

 探索能力の高い俺たちの班はともかく、他の班は敵を探し出すだけで一苦労だろう。

 先頭を行く教員についていきながら、俺はそんなことを考えていた。


「じゃあ、二人は初等部の頃から冒険を?」

「うん、ニコルちゃんがいてくれて本当に助かったんだよ?」

「一応俺の師匠でもあるからな。そこいらのガキとは違ったよ」

「確かにニコルちゃんは綺麗だもんな。そりゃ注目されるって」


 移動の間、ミシェルちゃんとクラウドはサリカたちと談笑していた。あと何かと女子生徒にゴマをするサリヴァンを、クラウドは微妙な顔で対応していた。

 彼はこういう典型的なタラシ男とは、あまり相性が良くないのかもしれない。

 しかし二人とも、俺の過去について過大に誇張して話すのは、遠慮して欲しいところだ。


「サリカちゃんってベリトの出身だったんだ? じゃあ世界樹とか、見たことある?」

「そりゃ、地元だもん。だからニコルさんのことが気になって……」

「あ、教皇様を助けたんだっけ。ひょっとしてニコルちゃんって地元の英雄?」

「銅像を建てるかどうか、まじめに議論されたほど」

「うわぁ」

「勘弁して……」


 サリカがフォルネウス聖樹国の首都ベリト出身とは知らなかった。

 しかしそこで起こっている事態を知って、俺は頭を抱えそうになった。


「ちなみに主導しているのはアシェラ様本人」

「止めなきゃ!」


 今度会ったら絶対釘を刺しておかないと。そう決意して、俺は拳を握る。


「そういえばあの一件以降、世界樹が鳴きだしたとか噂があるんだよ?」

「世界樹が――鳴く?」

「うん。夜中にキシッ、キシッって」


 俺は一瞬、世界樹の内部に逃げ込んだクファルが何かしたのかと、疑いを持った。

 しかしいくら変異種のスライムとはいえ、世界樹に干渉するとなるととんでもない力が必要になるはずだ。

 それこそ世界樹をへし折った破戒神クラスの力が必要になるはず。

 クファルにその力があるとは思えないので、これはおそらく別件なのだろう。

 俺たちはその後も世間話を交えながら、パーティの役割を話し合っておく。

 こういう前準備が団体行動では必要だと、ライエルたちと組んで学んでいた。


 街を出ればすぐに森というラウム特有の地形なので、この街も門を出たところはすでに深い緑に囲まれていた。


「よし、それでは開始しよう。くれぐれも冒険者の言うことには従うように」


 教員の言葉で、それぞれの班が動き出す。

 ここまでの移動でそれぞれが話し合い、最初は緊張していた生徒たちも打ち解け始めていた。

 だがそれは、気位の高い貴族の子息という本性が漏れ始めたことでもある。

 そうなると平民出身どころか、出自すら明らかではないものが多い冒険者の言葉など、聞き入れない生徒も出てくる。

 だからこそ、教員は冒険者の指示に従うよう、念を押していた。


「やれやれ、この私が冒険者風情の言葉に従うとはな」

「かといってこの課題を達成できねば、単位を落としますからな。ツライところです」


 その証拠にあちこちから不平を漏らす声が聞こえてきた。

 もちろんその声は教師にも届いていたが、いつもの事なのか聞き流していた。


「さて、それじゃわたしたちも行こうか」

「うん、でもどこへ?」

「それは『冒険者さま』にお任せするしかないね」

「えー、ニコルちゃんが索敵してくれるんじゃないの?」

「それは課題にありませーん」


 俺の言葉にミシェルちゃんは途方に暮れた顔をした。

 彼女も感覚は鋭い方だが、俺に比べるとさすがに及ばない。だがまあ、いじわるするのはこれまでだ。

 俺も無駄に単位を落としたくはない。


「ほら、こっち」


 森の一角を指し、俺は先行することにした。

 ひときわ藪の深い場所で、獣道もない場所。大抵の班が獣道を進んでいったのとは違う場所。


「ニコルさん、そっちは道なんてないよ?」

「うん、うん」


 サリカが疑問を呈し、ザナスティアが首をコクコクと振る。

 彼女たちの疑問ももっともだが、今回の課題は戦闘を三回である。

 獣道が残るような、大物を狙う必要はない。そこいらの野鳥でも戦闘の一つに数えられる。


「さっきチラッとラウムキジの姿が見えたよ」

「ほんと!? あの鳥、美味しいんだよね」


 ラウムキジはこのラウムの森林地帯に生息する、大型のキジだ。

 羽を広げたら二メートルに及ぶ大きな身体を持っているが、基本的に草食で人は襲わない。

 しかし襲撃された場合は、その大きな身体を支える爪で掴みかかってくるため、素人には少しばかり荷が重い。

 それにしてもミシェルちゃんや、最初に出た感想がそれなのか……?


「ミシェルちゃんの言葉は無視するとして、あれも充分モンスターの範疇に入るから、まずはあれから相手しようか?」

「う、うん」


 サリカが緊張した面持ちで頷く。ザナスティアも同じ感じだ。

 しかしクラウドやレティーナはすでに慣れたもので、それぞれの得物に手をかけていた。

 そして、俺の言葉に意気揚々とミシェルちゃんは弓を抜いたのだった。

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