第496話 校外実習

 元々暗殺者として大成した俺にとって、錬金術を始めとした魔術儀式というのは、実は少々苦手な面がある。

 自分でいうのもなんだが、細かなところに気が及ばず、また事をシンプルに纏めてしまおうという性格であるため、細心の注意を必要とする調薬作業は、俺にとって天敵ともいえた。

 勢いよく薬品を瓶にぶちまけ、謎の煙を大量発生させてしまったり、薬効を台無しにしてしまったりということが何度かあり、この高等部でも意外とドジというイメージが定着しつつある気がする。

 だが魔術理論に関しては、マクスウェル直伝の者があるため、抜群の成績を残していた。


「ほら、ニコルさん! 早く着替えませんと」

「え、次の授業って魔法の実技実習だよね?」


 一限の授業を終え、レティーナから着替えが必要と聞かれて、俺は首を傾げる。

 魔法の実技実習。つまり魔法を放つという行為だけなら、着替える必要などあまりない。

 初等部の頃も体力錬成や水練以外では、着替える必要などあまりなかった。


「今日の実技は、パーティを組んでのモンスター討伐ですわよ?」

「なにそれ、聞いてない」

「高等部はより実戦的な魔法の使用法を教えてますのよ? 実戦が無いはずがありませんわ」

「そりゃそうだ」


 さいわいにして、指定の体操着は用意してあった。俺はこういった一般的な生活では頻繁にドジを踏むため、着替えは必須なのだ。


「うん、日頃の備えは大事」

「そっちの備えは普通は必要ないはずですけど?」

「うるさい。ほら、更衣室へ行くよ!」


 レティーナのツッコミをごまかすように、俺は彼女の手を引いて教室から飛び出した。

 さすがにこの年齢になると、教室内で男女が着替えるというわけにはいかない。奔放な性質のあるエルフのレティーナなら、気にしないかもしれないが。

 そう考えると、貞淑なフィニアは奇跡のような存在なのかもしれない。


 俺たちは更衣室に飛び込み、指定の体操着に着替える。すでに更衣室には何人も女子が集まっており、実にかしましい状態になっていた。

 十年ほど前の俺なら、この状況に歓喜していたところだろうが、今の俺にとって意識するような状況でもなくなっている。

 確かに年頃の少女の着替えを目にするというのは、中々あるモノではないが、いかんせん俺の方が女性らしい体つきをしているので、見慣れてしまったのだ。


「うう、なんだか負けた気がする……」

「なにを仰っているのやら。あなた、このクラスでも圧勝しているでしょうに」

「そういう意味じゃなくて」

「どういう意味ですの?」

「いや、いい」


 出るところは出ていて、それでいて手足やウェストは細く華奢な体型。

 輝く銀髪に整った容貌。そして眼帯やオッドアイというアクセント。

 レティーナが言うように、俺はこのクラスでも……というか学年全体においても飛び抜けた容姿をしていた。

 しかしそれは俺が欲しいモノじゃない。俺が望むのは、もっとこう……勇ましい類のモノだ。


 とにかく、激しい運動をするのなら、下着から付け替える必要がある。

 運動用にデザインされたそれを身に着け……ああ、これも手馴れてしまったものだ……半袖にスパッツという運動着に着替える。

 これに野暮ったい上着を羽織って集合場所の運動場に移動した。

 ほどなくして授業開始の鐘が鳴り、実習担当の教員がやってくる。


「全員揃っているな。欠席者は返事しろ」

「欠席してたら無理でーす」


 教員はやや寒いお約束の冗談で場を和ませ、生徒を整列させてから、出欠を取る。

 それから今日の授業内容を口にしつつ、十名ほどの冒険者を運動場に呼び寄せた。その中にはミシェルちゃんやクラウドの姿もあった。


「あ、あれ?」


 こちらが姿を見つけたことに気付いたのか、二人は小さく手を振って返してきた。

 その顔には悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている。


「今日は予定通り、森に入って実際に魔法を使った戦闘を行ってもらう。もちろん君たちはそういったことには不慣れだろうから、護衛の冒険者も一緒だ」


 教員の言葉に十名程度の冒険者がそれぞれ軽く会釈を返す。

 彼らは緊張した面持ちで一列に並んでいた。


「森の中に関しては彼らが先輩だ。諸君がたとえ貴族位を持っていたとしても、彼らの言うことには必ず従うように。さもないと命の保障はできないからな」


 教員の忠告に、ゴクリと唾を飲む音が、そこかしこから聞こえてきた。

 やはり貴族の子息と言えど、実戦を前にして緊張を隠すことはできないらしい。

 もっとも経験豊富な俺とレティーナは、慣れたものだったが。


「それでは各自、四、五人の班を作ってくれ。そこに彼ら冒険者を入れて行動してもらう。今日は二限と三限を実習に取っているから、昼までたっぷりと森で楽しんでもらうぞ」


 教師の言葉を受け、生徒たちは思い思いの集団を作り始める。

 しかし俺もレティーナと組むことにしたが、他の生徒が寄り付かなかった。


「なんで……?」

「そりゃ、命を預けることになる実習で、しょっちゅう気絶するニコルさんは敬遠されて当り前じゃありませんこと?」

「うっ、しかし経験は一番豊富なはず」

「それを知っている生徒はわたししかいませんわね」

「ぐぬぅ」


 如何に俺が美貌の持ち主と言えど、命にかかわるとあっては実力を重視するしかなかったようだ。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありというべきか、二人組の女子生徒が俺に声をかけてきた。


「ニコルさん。よかったら、私たちと一緒に行きませんか?」


 それは朝にロッカーで声をかけてきた女子生徒だった。

 少し大人しそうな生徒ではあるが、高慢な性格のものが多いこの高等部において、人柄はずば抜けて優しそうだった。


「えと、いいのかな?」

「もちろん。レティーナさんも成績優秀だし、できるならこちらからお願いしたいくらい」

「なら大歓迎」


 万が一彼女たちがかなり鈍かったとしても、俺とレティーナ、それにミシェルちゃんたちが一緒なら、問題はあるまい。

 ミシェルちゃんたちも、そのつもりでこの仕事を受けたのだろうから。


「えっと……」

「あ、私の名前はサリカです。サリカ・ヘリオン。彼女はザナスティア・アマミヤ」

「ドワーフ……?」


 紹介されたもう一人の少女は、高等部の生徒にしては小柄な体格だった。だがアマミヤという姓はマタラ合従国の一部地域にある独特の姓だ。

 あちらも、ガドルスのような平民は姓を持たないが、それがあるということは、結構育ちのいい留学生なのかもしれない。


「ザナスティアです。ザナスと呼んでください。よろしく」


 ぺこりと、勢いよく頭を振り下ろしてお辞儀をする。その仕草は初等部の生徒と言われても違和感がない。

 とにかくこれで俺たちの班は人数を満たしたことになる。


「なら俺も混ぜて!」


 そこにさらに声をかけてきたのは、サリヴァンという少年だった。

 細身で中背。ヘラリとした雰囲気が無ければ、どこか生まれ変わる前の俺に似た雰囲気を持つ少年だった。

 しかしこのメンツに声をかけてくるとは、中々に勇気がある。

 女子ばかりの中に男子一人で突撃するのは、いろいろと気恥ずかしいものがあるはずなのに。

 俺はレティーナに視線を向けると、彼女も軽く肩を竦めて同意を返す。


「ま、いいんじゃないかな?」

「やったぜ!」


 最大人数が集まったことで、授業に参加することができるようになった。

 一時はどうなることかと思ったが、無事に森に出ることができそうだ。

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