第240話 出発前

 その日の夜はひとまずコルティナの元に戻った。

 玄関のドアを開けた瞬間、俺は小柄な影に抱きすくめられることになる。

 柔らかな感触を持ちながらも、やや物足りないこの感触は……


「おっかえりー!」

「コルティナ?」

「正解! ニコルちゃん、私のピンチをマリアに知らせてくれたんだって? ありがとね」

「それはとーぜんだけど……うーん?」


 俺はとりあえず生返事を返しながら、頬に帰ってくる感触を検証する。

 この膨らみのレベルはミシェルちゃんやフィニアと同等くらいか。だが残念ながら、コルティナの成長力には未来がないので、これ以上の豊満さは望めない。

 しかし、あまり肉々しいのは俺の好みからは外れているので、俺的には大正義である。ミシェルちゃんには悪いけど。


「まー、これはこれでレアリティ?」

「ン、何のこと?」

「いえ、なんでも。それより足の様子はどう?」

「うん、大丈夫。マリアが念入りに治してくれたから」


 俺はリリスの街で、コルティナは左足に怪我を負っていたのを目にしている。

 命に関わるような大怪我ではなさそうだったので、マリアに任せていたが、気にはなっていた。

 もっとも、死ななければどんな怪我も治してしまえるのが売りのマリアならば、問題なく治せると確信はしていた。

 俺が怪我の様子を尋ねたのは、単に社交辞令的なものに過ぎない。


「あ、でも……いたたた」

「なに? ひょっとしてママが治し損ねた!?」


 唐突に足を抑えてうずくまるコルティナ。俺はその様子に血相を変えて足元をのぞき込む。

 一見すると、彼女のふくらはぎには傷跡は残っていない。

 だが傷が治っても精神的に傷を覚えてしまって、行動に支障をきたす場合はある。クラウドがそうだったように。

 コルティナの足も、その状態になってしまったのだろうか?


「あー、いたい、いたい。これはニコルちゃんにお風呂でマッサージしてもらわないと治らないなー」

「……コルティナ、棒読み」


 それはもう、騙されやすいと言われる俺ですらわかるほどの棒読み。

 その口調で彼女の足には、何も問題がないことを理解する。

 しかし彼女も今回は大立ち回りを行っている。少しばかり甘えたい気持ちになったとしても、無理はあるまい。


「もう、仕方ないなぁ。今日だけだからね?」

「うぇへへへ、よろしくおねがいしまーっす」


 だらしない顔でへらへら笑って見せるが、その顔も生き延びてこそだ。

 よくぞマテウスという格上相手に生き抜いたと褒めてやりたい。その褒美の意味も兼ねて、俺はコルティナの申し出を受諾した。

 いや、俺にとっても、これは結構ご褒美になるしな。





 コルティナをフィニアと二人掛かりでマッサージするというご褒美を終え、俺は夜中に家を抜け出した。

 俺の部屋には、毛布を丸めた偽装人形と、それを俺に見せかける幻覚魔法を掛けたカッちゃんがいるので、見破られる可能性は少ないだろう。

 幻覚魔法の維持する魔力はカッちゃんから供給されるので、途切れることはない。

 その代わり俺が変装することができなくなるが、どのみちこれから先は人目を避ける仕事になるので、大丈夫だろう。


 マクスウェルの屋敷は俺が来ることがわかっているので、トラップはすでに解除されている。

 これで以前のように罠が仕掛けられていたら、あの爺さんには覚悟してもらわねばならない。


 いつもの居間にはすでにマクスウェルが準備を整えており、爺さんの外にも男が二人待機していた。


「遅かったな、レイ……ニコル」

「時間指定してなかっただろ。こいつらは?」

「コルティナ襲撃に関わった二人じゃよ。怪我は治しておるから安心せい」


 言われてみると、男の一人は首筋をしきりに撫でており、もう一人は足で反対の足を掻いている。

 おそらく怪我をした跡が気になっているのだろう。


「つまり、そいつらが案内人ってわけだな」

「そうじゃ。無論、逃げ出した場合は即座に激痛が走るよう、強制ギアスを掛けておる」

「なら逃げだす心配はないな。つーか爺さんの強制ギアスって死亡レベルのダメージだすだろ」

「こ奴らがか弱いだけじゃ」

「こいつらがか弱かったら、全世界の七割くらいはか弱くなるっての。ほら、無駄話してないで、行くぞ」

「待て待て、そう急ぐ出ない。こ奴らから新しい情報が入っての」

「新しい……マテウスの奴が情報を伏せていたということか?」

「いや、どうやらそうではないらしい」


 話によると、現在クレインはセディムの街の中ではなく、街外れの屋敷にかくまわれているらしい。

 それはマテウスの情報でもあった通りだ。その屋敷は奴隷商人が現在使っており、賓客としてもてなされている。

 そこまでは俺も知っていた。しかし――


「今その屋敷に、ジェンド派のトップが訪れておるらしい」

「……へぇ」


 あのマチスちゃんの一件の人攫いの男や、マテウスを育てたジェンド派。その首領たる人物が奴隷商人と組み、クレインと共にセディムにいる。

 そう聞いて、俺は静かな闘志が沸き上がるのを感じていた。

 連中には事あるごとに面倒に巻き込まれてきた。その礼を返すチャンスとも言える。


「マテウスは頭目とは仲が悪かったらしくての。おかげで奴には情報が遅れて届くらしく、奴には流れてなかったらしい。どうする? 面倒な人物のようじゃし、日を改める手もあるぞ?」

「いや、いい。この際まとめて始末してしまおう」

「今のお主で大丈夫かの?」

「任せろ。いろいろと考えはある」


 そう言って俺はマクスウェルの屋敷の装備をいくつか借りていく。

 主にスローイングナイフ類だ。糸を使って遠距離攻撃できる俺だが、狭い室内での戦闘となると、素早く点で攻撃できる投げナイフの方が便利だと考えたのだ。

 ナイフを入れたケースをベルトに収め、腰に巻こうとしたが……


「む、サイズが合わない」

「一番小さいベルトの穴でも大きいのか……お主、ちょっと細すぎじゃろう?」

「いや、これは肩にかければ問題ない。うん、問題ない。俺は細くない」


 本来腰に巻くベルトを、肩に斜めに掛けておく。最近微妙に膨らみつつある胸部が強調される結果になったが、敢えてここは目を逸らしておいた。

 そうして準備を入念に終えた後、マクスウェルと共にセディムへと飛んだのだった。

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