第239話 裏の依頼
その日の夜は俺たちはラウムへと戻ることになった。
犯人の三人も一緒に連れ帰っていた。彼らはこの後、ラウムで裁判にかけられる予定になっている。
マテウスがマクスウェルの口利きで、執行猶予を得た以上、他の二人にも救済の手は差し伸べられていた。
彼らは今後、マクスウェルの部下として、各地で働くことになるだろう。
もちろん、マクスウェルの監視下に置かれており、裏切りを働いた場合は即座に六英雄が抹殺に動くことになるので、迂闊なことはできない状態だ。
しかも、マクスウェル直々に
これに歯向かうとか、俺でも考えたくはない。
俺とミシェルちゃんたちも、後日マクスウェルの取り調べを受けることになった。
これは俺が得た情報を運んでいた男を目撃したからである。
冒険者ギルドにも手配が回り、とりあえず大雑把な特徴を知らされて、指名手配されている。
これで伝言を運んでいたあの男も、街から出ることは難しくなっただろう。
日も暮れてようやく一息つけるかという段階で、俺はマクスウェルに呼び出されていた。
表向きの理由は、新しい皮鎧の調整だが、それが口実であることは知っている。
屋敷の居間に通され、いつものように茶を振舞われつつ要件を聞く。
「で、こんな遅くに何の用だ?」
「うむ、実はレイドに頼みがあってな」
そこで俺は少し違和感を覚えた。今、マクスウェルは俺をニコルと呼ばずにレイドと呼んだ。
無論、そう呼ばれることが無かったわけではないが、この時に関しては深い意味を持っているように感じられた。
「俺をそう呼ぶってことは、そっち系の仕事ってことか?」
「うむ……少々気は引けるのじゃがな」
そう前置きしつつ茶を啜るマクスウェル。
カップの中身を飲み干し、大きく息を吐き……ようやく俺の方に向きなおった。
「レイド。お主にクレインの暗殺を頼みたい」
「……ほう?」
その頼みは俺にとっても予想外だった。前世の俺は暗殺者ではあったが、マクスウェルからそう依頼されたことは一度もなかったからだ。
いや、仲間の誰からも、暗殺を依頼されたことはない。
「なぜだ? マテウスもいるだろうに」
「奴は表向き引退を表明しておるからのう。その日のうちに覆させるわけには行くまい」
「だがなぜ先んじて暗殺する必要がある? 放っておいてもライエルたちが始末をつけてくれるだろう?」
「それはそれで問題なのじゃよ。クレインは他国の首長を暗殺しようとした大罪人じゃ。その罪は本来ならば血縁者にまで及ぶ」
「……ドノバンか」
「そうじゃ。このままでは、一族郎党にまで死罪を命じねばならんじゃろう。だがそれでは、お主が交わした約定に背くことになる」
俺とコルティナは、ドノバンと約束をしている。彼がクレインの行為と無関係であると宣言し、徴税権を取り戻すと。
だが一族郎党にまで罪が及ぶと、ドノバンにまで死罪が命じられる。それでは約束は守れなくなってしまう。
「そこでお主に暗殺してもらうことにした。クレインを暗殺し、極秘裏に徴税証明書だけを取り戻してもらう。死体は身元不明として処理し、永遠に見つからない……」
「主犯が見つからなければ、事実は確定できず、うやむやにできると?」
「幸か不幸か、現状では実行犯の一人のタルカシールも口を封じられておる。生きておれば共犯を主張されたかもしれんが、すでに死んでおるからの」
「クレインが捕まれば、共犯が確定してその罪はドノバンにも及んでしまう。それを防ぐために極秘裏に始末しろってことか」
「限りなくグレーと言うか、もはや屁理屈の域じゃがの。じゃが屁理屈も理屈のうち。異論ある者を言いくるめられれば、それでよい」
確かに国の要人を襲われて、その血縁がお咎めなしとなれば、納得できない相手もいるかもしれない。
とくに北部三か国連合、エリオットの部下は納得できないだろう。少なくともサルワ家の取り潰し、場合によっては一族郎党の処刑を要求される可能性も高い。
そしてそれを断ることは、ラウム側としては難しい。
しかし、その罪が未成年のドノバンにまで及ぶとなると、俺たちも気分がよろしくない。
ここら辺が手の打ちどころになるのかもしれない。
彼は確かにいけ好かない性格をしているが、能力的には有望な人材であることは間違いない。それに顔見知りが死罪を受けては、俺も後味が悪い。
「なるほどな。事情は理解した」
「引き受けてくれるかの?」
「そうだな……受けるしかないか」
別に俺にドノバンとの約束を守る義理は、実のところあまりない。
それでも、コルティナが他の生徒の前で約束した以上、それを反故にするのは問題があるだろう。
マクスウェルの提案は、コルティナの面子と国の面子の双方を立てる、ぎりぎりの判断なのかもしれない。
「だが、俺じゃジーズ連邦に行くのに二週間以上かかるぞ。送迎くらいはしてくれるんだろうな」
「それくらいはワシも手伝ってやるわい。首都のセディムなら、何度か足を運んだことがあるから、問題はないはずじゃ」
「セディムって言っても、結構広いはずだ。その中からクレインだけを探し出すのは結構骨が折れるぞ」
「それは……そうじゃな。マテウスの奴も連れて行くかの」
「それじゃ俺の正体がバレるじゃねぇか」
暗殺に向かった先まで一緒に来られたら、俺の暗殺のことが知られてしまう。
あの男はそれなりに勘がいいので、俺の異常性にも気付くかもしれない。
いや、そもそも俺の戦闘力はすでに年齢不相応な、異常な域に達している。そしてマテウスはそれを知っている。
これ以上、不審な行動を奴に見られたくはない。
「マテウスを連れて行くのは、さすがに遠慮してくれ。これ以上俺のことを知られるのはまずい」
「ふむ……ならば他の二人に話を持って行ってみるかの」
他の二人も、コルティナ襲撃に参加したくらいだから、クレインの居場所を知っている可能性もある。
「あの二人はもう目を覚ましたのか?」
「うむ。今は三人まとめて詰め所に放り込んであるわい。前のこともあるから、見張りは増員した上でな」
「なら今夜にでも行動を起こした方がいいかもな。マテウスが捕縛された情報がクレインに伝わると、また姿を隠される可能性がある」
「そうじゃの。ならばさっそく話を通してくるわい。お主はスマンが、また夜に出直してきてくれぬか?」
「ああ、承知した」
久しぶりの暗殺仕事ならば、装備の整備もしておきたい。
新しい装備の実戦はまだ経験していないわけだし、できるだけ慣れておきたかった。
こうして俺は、マクスウェルの暗躍に加担することになったのだ。
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