第238話 取引

 コルティナの襲撃にかかわったのは男三人。

 そいつ等すべてを拘束し、コルティナの確保した宿屋に戻った。

 コルティナだけは少し残って宿の主人に礼を述べていた。これはライエルへの伝言を行ってくれたことへの物だ。

 書き置きを残し、わざと宿の窓から飛び降りたことで、主人に部屋の様子を見に来させる。

 一々伝言を残す暇もなく、玄関から出るにはマテウスから目を離す必要もあった。

 その危険を避けるために、こういう手段を取ったらしい。


 元々二人部屋を取っていたため、そこに六英雄の五人と俺、男たち三人が入るとかなり狭苦しい。

 マクスウェルが防音のために壁際に風の魔法を流し、空気を拡散することで音が外に漏れるのを防ぐ。


「そういえばニコルちゃん、さっきすごい勢いで動いてなかった?」

「えっ、き、きのせい?」


 コルティナが音を防いだ後で俺にそう尋ねてきた。考えてみれば、覚えたての筋力強化を使ってライエルに突進したのだから、その速度を怪しまれてもおかしくはない。


「普通に突っ込んでいっただけだよ。コルティナも見てたでしょ?」

「いや、見てなかったから尋ねてるんだけど……そうね、ニコルちゃんは小さいから、視界に入ってなかったかも」

「小さい言うな。ママはどう?」

「私も……悪いけど、あの時はライエルの方に目が行っていたから」


 幸いといっていいか、あの時、皆の視線はライエルに集まっていた。

 ことさら身長の低……いや、これでも伸びてる方なのだが……まあ、視界に入りにくい俺の行動を目にしたものは、あの場にいないだろう。コルティナの気のせいと押し通しても、問題はないはず。

 それに体内に干渉する身体強化だったので、俺に繋がるヒントも残っていない。もし、糸を身体にまとわせる方を使用していたら、言い訳できなかったかもしれない。

 そういえばマテウスは俺が糸を使うことを知っているな。後で口止めしておかねば。


「さて、話してもらいましょうか? クレインがどこにいるのか」


 縛り上げ、ベッドの上に放り出されたマテウスに、コルティナが詰め寄る。

 正直俺はマテウスに殺意が増していくのを感じた。ベッドの上でコルティナに詰め寄られるとか、断じて許せん。いや必要なのはわかっているが、許せんのだ。


 それに、残る二人はまだ意識を取り戻してはいないので、話せる相手がこいつしかいない。

 俺たちの目的はクレインを倒すことと、奴が持ち逃げした徴税権の証明書を取り戻すことだ。そのためには意識のあるマテウスを尋問するしかないのは理解している。


 だが尋ねられたマテウスは何か思案顔で考え込んでいた。


「この期に及んでだんまりするつもり? 言っとくけど、マリアの目の前で自害できるとか思ってないでしょうね?」

「いやいやいや。さすがに俺も命は惜しいって。それにクレインの旦那にゃ、命を預ける価値はないっしょ?」

「なら、何を悩んでいるのよ?」


 コルティナの疑問に、マテウスは首を振って答える。

 その表情にはふてぶてしい笑みが浮かんでいた。


「そりゃこの後のことさ。どうせ俺はあんたらに殺されるか、死刑になるかしかないっしょ?」

「そりゃそうでしょ」

「だよな? だけどさ、最後の最後で俺はもう懲りちまった。どうしようもない強者がいると思い知らされた。この仕事を続けるつもりは、もう無くなっちまった」

「何が言いたいのよ?」

「だからさ……洗いざらい話すから、見逃してくれねぇかなぁって話?」

「見逃すわけないでしょ!」


 コルティナは即断で否定したが、そこに割り込んできた人物がいる。マクスウェルだ。

 爺さんはいつものような悪戯っぽい顔をして、ヒゲをしごいていた。


「まぁ待て、コルティナ。こやつの話も損ばかりではなさそうじゃぞ」

「え、あんた、こいつの言うこと信じるつもり?」

「むろん全面的に信じられるわけなかろう? じゃがこういう男の口を割るのは結構な手間じゃ。しかも死に際にホラを吹くとも限らん」

「ならどうしろってのよ」


 コルティナは子供のようにほほを膨らませ、マクスウェルに不満を漏らす。

 腰に手を当て、睨みつける仕草は、歳不相応に幼く見える。


「ふむ……見逃すならば、二つ条件を付けさせてもらおうかの」

「二つ?」


 マクスウェルはマテウスに向き直り、ときおり見せる性格の悪そうな笑みを浮かべていた。

 マテウスに顔を近付け、悪巧みをするかのように話しかける。


「一つ、お主は暗殺者を引退してもらう。今後二度と仕事を受けないでもらおう」

「お、おう。それはもちろん了承するぜ。もうそっちの旦那みたいなバケモノと殺りあうなんて、二度と御免被るし?」

「バケモノとは言ってくれる。その口聞けなくしてやってもいいんだぞ」

「落ち着くんじゃ、ライエル。それからもう一つの条件は、一定期間ワシの監視下に入ることじゃ」

「監視下?」

「簡単に言えば、お主の力を便利に使わせてもらおうという話じゃな」

「待ってくれよ、俺はもう引退して畑でも耕して暮らそうと思ってたんだぜ? あんたの手下になったら、また不穏な目に合うかもしれないじゃないか?」


 マクスウェルの言葉に、慌てて否定の言葉を返すマテウス。

 それにコルティナも便乗して反論した。


「そうよ、それにこいつを部下にするなんて、信じられると思う!?」

「むろん信じられるわけなかろう。しかし歯向かえばライエルをけしかければいいだけの話じゃ。そんな危険を冒してまでワシらを騙したいかのぅ?」

「とんでもねぇ、もう二度とそっちの旦那と戦うのはゴメンだ!」


 顔を蒼白に染め、首を左右に振って拒否の意を示している。それほどライエルにひどい目を見せられたということか。

 いったいどれほどの恐怖を味わったことやら。


「で、どうする? 無論、拒否すれば情報を引き出すために、ライエルとマリアに頑張ってもらわねばならんわけじゃが」

「拒否する自由が存在しねぇ! わかったよ、話すし、手下になるから!?」

「素直で結構なことじゃな」

「本当にいいの? 正直、更生するタイプとは思えないんだけど」

「コルティナ、お主が疑う気持ちはわかるがの。ワシとしても手駒はもう少し欲しいと思っていたところじゃ。一人失ったところじゃからな」

「あのハウメアってレイドの生まれ変わりね?」

「はて、そんなことは一言も言ったことがないんじゃが?」

「この期に及んで――」

「今はそれどころじゃあるまいよ。ほれ、クレインはどこに逃げたか話すがいい」


 詰め寄るコルティナを手で制し、マテウスの話を促す。

 話を促されたマテウスは、ライエルとコルティナをちらちらと見ながらも、大人しく話し始めた。


「クレインは今、ジーズ連邦のセディムって街にいる」

「セディム……ジーズ連邦の首都か」

「ああ、少し前に連絡があった。そこで奴隷商と一緒に隠れてて、ジェンド派の護衛がついているはず。ただ、俺はジェンド派の連中とは少し距離を取ってるから、連絡が遅れてる可能性もある。俺が知る最新の情報って限定すれば、そこで間違いはない」

「なぜ、距離を取ってるのよ?」

「頭目がな……戦闘狂バトルジャンキーな野郎で、まあいつか首を取ってやろうかとか思ってて?」

「あんたの酔狂な性格は、そいつの影響ってわけね」

「生来の物でもあるだろうけどな?」


 ジーズ連邦はアレクマール剣王国と同じく、南部都市国家連合から独立した大陸南西部の国だ。

 コームを主軸とした都市国家連合とは休戦状態にある。これは邪竜コルキスが出現したことで行われていた休戦だ。

 そしてライエルの故郷でもある。


「ジーズならライエルが土地勘あるじゃろう」

「いやその……実は俺は、故郷のクロアの村以外はあまり詳しくなくて……」

「お主……本気で田舎剣士じゃったんじゃな」


 呆れたように言うマクスウェルに、俺もしみじみと同意したのだった。

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