第281話 完全制圧

 男から聞き出した範囲では、どうやら半魔人を主軸とした反体制派が存在するようだ。

 連中は現存するあらゆる国家に異を唱え、この世界で差別を受ける自分たちの境遇改善という名目で、反対に他種族を圧しようとしている一派だ。

 無論、そのような理念に同調する者は極少数に過ぎないが、その数の不利を補うべく、異界の神……すなわち魔神を召喚することで戦力を補おうとしているのだという。


 迷惑極まりない話だが、その目論見が成功してしまうと――いや、その召喚を行おうとするたびに、生贄という実害が発生するとなると、話は変わる。

 しかも各地に奴隷商を派遣して、生贄を大陸各所から掻き集めているらしい。

 その本拠地がどこにあるかまでは、この男には理解していなかったようだが、そういう組織があるという事実だけは知ることができた。

 正直言うと、ここまで大きな話になると、俺の手に余る。


「というわけで、マクスウェルに後を任そうと思う」

「そりゃ、これほどの大ごとになれば、国単位で動かねばならんじゃろうが……レイドや、一つ重要なことを忘れておるぞ」

「あん?」

「ここは北部三か国同盟の領土。つまりワシの権力もあまり効果が及ばん」

「ああ……そうだった」


 ここにマクスウェルが来ていること自体、お忍びに近い形である。

 そこにきて、他国の領内で魔神召喚を行っている犯罪者を捕まえましたと本人がしゃしゃり出てきた場合、エリオットのメンツを潰すと同時に大騒動になってしまう。

 それは先の暗殺騒動で地盤が緩んできているエリオットにとって、かなりうれしくない事態になるだろう。

 だからと言って、この男を放置するわけにはいかない。


 俺とマクスウェルが頭を悩まして唸っていると、そこに声をかけてくるものがいた。


「どうした、なにかあったのか?」


 聞きなれない男の声。これは外で見張りを担当していた奴だろう。

 中での騒動を怪しんで様子を見に来たのだ。

 少々反応が遅いと思わなくもないが、事が魔神召喚。どのような騒動が起きるかわかったものではない。

 召喚主の男が護衛として別の魔神を用意していたくらいなのだから、ひょっとするといつも戦闘に近い騒動を起こしていたのかもしれない。


 やってきた男は、その場の状況を目にして、驚愕に顎を落としていた。

 そこには下半身丸出しで股間から血を流して気絶している召喚主の男と、魔神と変わらない体格の良さを誇る『ローブを着た』マクスウェルの姿。

 いまだ気を失ったままの子供たちと、気絶する男のそばに立つ、戦闘で上気した顔をした俺。

 都合の悪いことに、激しい戦闘行為で俺の下の処理に不都合が生じ、内股に血が流れ落ちていた。

 いつも短めのスカートを着用させられているので、その様子は外からでも目についてしまう。


「まさか……生贄に手を出しやがったのか、このアホゥが!」

「ちがうわ!」


 全く見当違いの結末を導き出した男に、俺は反射的に糸を飛ばして攻撃を仕掛けた。

 まさか子供の俺から攻撃を受けるとは思っていなかったらしく、男はその糸の斬撃をまともに受けてしまう。

 袈裟懸けに切り付けられ、血を吹き出しながら地面に叩きつけられる男。

 ミスリル糸の鋭い切れ味は、一撃の下に男を無力化してみせた。


「あ、やっべ。思わず攻撃しちまったけど、まだ生きてるかな?」

「深手じゃが、まだ息はあるようじゃの」


 マクスウェルが様子を見に行き、手早く応急処置に回復ヒールを飛ばす。

 さすがに一度の回復ヒールでは治りきりはしなかったが、それでも命の危険はなくなった。


「危ねぇ危ねぇ、喋れる口は少しでも多い方がいいからな」

「お主のツッコミは危険すぎるようじゃなぁ」

「うるさい。多感な美少女にセクハラ発言ぶっ飛ばすこいつが悪い」

「都合のいい時だけ少女を自称するでない」

「それはそれとして。こいつらどうするよ?」


 マクスウェルが表立って男たちを官憲に突き出せない以上、代わりの人間を用意しないといけない。

 候補としては事情を知る俺と、マテウスたち三人くらいしかいない。

 だがマテウスたちはここで何があったのか知らないため、詳しい事情を聴かれればボロを出す危険がある。

 ならば俺が行くしかないわけだが……


「子供の姿じゃ、説得力無いよなぁ?」

「それにお主が倒したと証言されるのも問題がある。幻覚の指輪を使って変装するのが良かろう」

「その手しかないか」


 俺は尋問した男に軽治癒キュアライトを掛けて止血だけしておく。

 半ば焼き千切れかけてはいるが、出血だけは止まった。

 だが俺一人では、男二人を運ぶことは難しい。


「こいつら、どうやって運ぶ? 爺さんが近くの町の衛兵詰所まで運んでくれるのか?」

「そうじゃな。ではここで魔術の授業と行こうかの」

「おいおい、今はそんな場合じゃ……」

「そう急くでない。運ぶのにも役に立つ魔法じゃ」


 そう言ってマクスウェルが提示した魔法は、浮遊レビテートの魔法だった。

 この魔法を使うことで、対象は地面から数センチ浮遊することができる。

 しかも高度を維持する効果があるため、落とし穴にかかっても落下することはないし、浮遊することで足音も消せる。

 不都合があるとすれば、空を踏むため、機動力が大きく落ちることくらいだ。


 この魔法を二人に掛ければ、俺は彼らを引っ張るだけで移動させることができる。

 地面との摩擦がなくなれば動かす質量だけの問題になり、労力は大きく減衰できるはず。

 もちろん、魔法に抵抗されたら無効化される魔法なのだが、気絶している以上、その可能性は低い。


 マクスウェルの指導の元、術式を構築し、慎重に発動させる。

 別にこの男たちは怪我をしても全く心が痛まないので、何度か失敗した末、発動に成功した。

 俺は男たちを糸を使って引っ張りつつ、移動の具合を確かめる。


「うん、予想以上に簡単に引っ張れるな」

「ではこちらも移動させるとしようか」


 マクスウェルは土壁アースウォールで板を作り、その上に子供たちを乗せる。

 その上で板状にした土壁アースウォールに向けて浮遊レビテートを掛けた。

 子供たちごと板が浮き上がり、それをマクスウェルが押していく。その先にさらに転移門ポータルゲートを発動して、近くの町まで門を繋ぐ。

 二つの魔法を維持しつつ、最高位の魔法を使用する。それを事もなくやってのけるのだから凄まじい。


「ほれ、先に行け。ワシが飛ぶと門が消えるのでな」

「わかった。んじゃ、行ってくる」


 俺は幻影の指輪で仮の姿――ハウメアと名乗る女性に姿を変え、門の中に入ったのだった。

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