第282話 辺境の町
マクスウェルの
ここは俺たちが邪竜退治の際にも訪れたことがある町だ。
サイオン連峰の近くにあって奇跡的に難を逃れた町でもあり、『奇跡の町』と当時はもてはやされていたものだ。
俺たちはその町を、万が一の際の逃亡先に指定し、隅々まで歩き回った経験がある。
そうすることで、マクスウェルが
無論、そんな真似をしていたわけだから、この町の住人は六英雄の顔をよく知っている。
マクスウェルがやってきたと知れば、それはもう大騒ぎになっていたことだろう。
それを想定してか、マクスウェルが転移先に選んだのは、人気のない路地裏だった。
「ふむ、誰もおらんようじゃな。まずは一安心」
「だが子供たちを連れていくとなれば、どのみち衛士に顔を見られることになるぞ」
「そこも安心せい。変装の幻術が使えるのはお主だけではない」
そう言うと手早く魔法陣を展開して、効果を発揮させる。
「――
マクスウェルが魔法を使用した直後、その外見が見知らぬ男……ではなく、よく見る男の姿へ変化していく。
それは俺たちの学院で体力錬成を受け持つ男性教師の顔で、非常に、その……暑苦しかった。
「うぇ」
「失礼な反応するでないわ!」
「いや、体格的にはあってるかもしれないけど、いやあってないのか?」
縦にも横にも大きな体育教師なのに、マクスウェルの身体にそれが乗っかっていると、身体だけが急激に痩せたようにも感じる。
しかし顔だけは全く
俺が嫌悪感を覚えたのは、その違和感のせいだ。決して男性教師に思うところがあったわけではない。
そもそも、その男性教師は過剰な基礎鍛錬を課してくるので、女子には不人気だったが俺はそれほど嫌ってはいない。
年齢的に筋肉がつくことを嫌いだした女子と、自己鍛錬に励む俺の趣向が、微妙にずれ始めているのだ。
周囲はそんな俺を、まじめに体力錬成に励む優等生の態度で、暑苦しい男性教師にも分け隔てなく接する心の広さの発露と見ているようだが……勘違いも甚だしい。
「いや、俺はあいつ嫌いじゃないぞ」
「まさかお主……手を出すのは女性だけじゃと思っていたが、そこまで精神に浸食を受けておるのか?」
「そういう意味じゃねぇ!」
さすがの俺も、そっち方面の趣味はない。
マクスウェルが茶化しているのは俺も理解しているのだが、どうしても過剰反応してしまう。
「まったく……ほら、さっさと面倒を済ませてくるぞ」
「うむ、そうじゃな。早く帰らねば残してきた子らも心配じゃて」
俺たちは男を引き連れたまま、表通りへと踏み出していく。
さすがに男二人を引きずる美少女と、子供五人を板に乗せて運ぶ男の姿は、夜でも目立つ。
もし先に衛士に発見されていたら、問答無用で不審者として逮捕されていたことだろう。
まだ深夜とも呼べない時間帯、人通りは少なくなっているが酒を飲みに店に出歩いている男の姿などは散見される。
そういう連中が俺たちを見て、ぎょっとした顔で道を開けていった。
まあ、下半身剥き出しの男と袈裟斬りにされた痕跡のある男、気を失って痩せ細った子供五人を連れているのだ。何事かと思う気持ちは理解できる。しかもそれを牽いているのは、可憐な美少女と暑苦しい男の二人連れ。怪しさも倍増である。
運よく誰にも邪魔されず衛士詰所のそばまで来ると、俺は頬を叩いて気合を入れた。
「よし……淑女スイッチ、オン」
「口に出すでない、台無しじゃ」
「口にしないと、やり切れねぇんだよ」
覚悟を決めて、詰め所に近付いていく。
男を縛り上げ、浮かせて運ぶ俺たちは、見るからに怪しい。無論、中に入る前に静止させられた。
「待て、なんだお前たちは!」
「夜分、お忙しいところ失礼しますわ。不審な男を確保しましたので、連行しましたの」
「不審な男?」
「サイオン連峰で魔神召喚の儀式を行っておりました。こちらの子供たちは、生贄にされかけてましたので、保護しました。」
「なんと!? し、しばし待て、今上司に話を通してくる。とりあえずお前たちは中で待っていろ」
事が魔神召喚、しかもサイオン連峰での話となると、一介の衛士程度では処理できない。
俺たちは詰所の中に案内され、そこでしばらくの時間待機させられた。
子供たちはリビングドールという毒を盛られていたため、念のため所属の治癒術師に診察してもらっている。
毒という面ではマクスウェルの
特にクシェルカーンなどという魔神すら召喚していたのだ。何があってもおかしくない。
行儀よく椅子に座って待っていると、お茶や茶菓子が目の前に供されていた。
これは俺の今の外見による恩恵が大きいのだろう。元の子供だったらここまでもてなされはすまい。
どうにかして俺に近付こうとする衛士もいたが、触れられると幻覚がばれてしまうかもしれないので、マクスウェルがその接近を阻む。
俺と違って体格は自前の物を持つマクスウェルが立ちはだかるので、俺の幻覚はバレずに済んでいた。
そうして小一時間ほど待たされただろうか。
ようやくこの町の衛士長がやってきたのだった。
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