第283話 淑女スイッチの効果

「待たせて済まなかった。時間が時間なので、就寝していてね」


 愛想よく詰所にやってきたのは、マクスウェルに負けず劣らず背が高く、逆に肉付きがいい男。

 胸元には勲章を下げ、腰にも装飾の多い剣を差している。実用的な装備に見えないので、おそらく名前だけの衛士長かもしれない。

 だが人当たりは良さそうなので、話は通じそうだった。


「いえ、お気になさらず。皆さんに良くしていただいたので、時間は持て余しませんでしたわ」


 優先して話しているのは俺の方。これはマクスウェルが話すと、声で正体がバレる可能性もあったからだ。邪竜討伐の際には、この町の衛士たちにも何度か話をしたことがある。

 俺の向かいに腰を下ろし、調書用の書類を取り出した衛士長に、俺は先の一件の詳細を話していく。


「すると、ファングウルフの牙を求めてサイオンに登っていたら、不審な一団を目撃したと?」

「はい。その時は同じように獲物を狙う一団かと思ったのですが、一見したところ子供も多かったですし、夜になっても降りてこなかったので、気になりまして」

「で、後を追ってみたら、魔神召喚の現場に出くわしたと」

「はい。しかも子供はどうやら薬物によって服従させられている様子。幸い腕利きの魔術師である彼――ええっと、アストに守ってもらいまして」

「アスト?」


 さすがにマクスウェルと紹介するわけにもいかず、俺はとっさにアストの名前を借りることにした。

 それを聞いて、不服そうに声を漏らしたマクスウェルだが、俺は肘打ちをみぞおちに叩き込んで黙らせておく。

 老体に無体な真似をすると思われるかもしれないが、この爺さんがこの程度でどうにかなるはずがない。近接戦は苦手だと公言しているわりに、結構打たれ強い。


「ぐふっ!?」

「ん、どうかしましたか?」

「い、いえ、茶が気管に入りましてな」

「おお、淹れたては熱いですからな。お気をつけて」


 こちらに向かってしゃべりつつも、手は書類に記入していく。

 視線を書面に向けていないというのに、欄にきちんと記入されていく様は、ある意味すごい。

 彼は書類仕事の成果で隊長に選ばれたのかもしれない。地味だが堅実な結果を残し続けた証でもある。


「子供が薬を盛られていたという話ですが、その種類はわかりますかな?」

「おそらくはリビングドールかと。こちらが話しかけても反応はなかったですし、目付きや態度がまるで人形のようでした」

「リビングドール……それもご禁制の品ですな」

「ええ。ですので、放置するわけにはいかないと思いまして」


 軽く困ったと言わんばかりに頬に手を添えて首を傾げて見せる。

 その仕草にそばについていた若い衛士が、ほうとため息を漏らしていた。

 くっくっく、色っぽいであろう。俺の淑女モードに掛かれば、貴様のような若造などイチコロなのだ。

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


「アストが解毒アンチドートの魔法で解除したので、もう害は無いとは思いますが」

「そうですな。罪状を確認するためにも、一人は残しておいた方がありがたかったのは確かですが……子供が毒におかされたままと言うのも、可哀想でしょう」

「ご理解いただけて幸いです」


 リビングドールは、命に危険のある薬ではない。

 男たちの罪状を明らかにするためには、一人くらい毒を残した状態で連れてきた方がよかったのかもしれないのは、確かにある。

 しかし衛士長は迂闊に全員解毒した俺たちを責めず、理解を示してくれた。


「その辺はあの男から話を聞きだせばいいでしょう。どうやらこっぴどく激しい尋問を受けた様子ですし」


 男たちはここまで、下半身剥き出しのまま連行されている。

 それはつまり、俺の保温ウォームの失敗版によって、局部を焼かれた姿を晒しているということでもある。

 それを目にして、何があったか想像できないはずもなかった。


「ま、まぁあれは、その、若気の至りと申しますか……、うら若い乙女に性的な発言を放った愚か者の末路ということで」

「と言うことは、あれはあなたが?」

「うっ……そ、その……はい」


 墓穴を掘った俺は、恥じ入った様子でうなだれてみせる。

 もちろんこれは演技だ。今さら俺が男のアレやコレやを焼き切ったところで、恥じ入るような神経はしていない。

 しかし年頃の少女ならば、ここは恥じ入る場面だろうと想定して、演技してみた。


 案の定、そばについていた若手衛士は、鼻を押さえて視線を背けていた。

 その顔は大丈夫かと心配してしまうほど、紅潮している。押さえた指の間から少し鼻血も流れていた。

 肩を竦め、もじもじと恥じ入る乙女の仕草は、若者には少々刺激が強すぎたようだ。


「ハァ、そこのお前。三十分ほど時間をやるから頭を冷やしてこい」

「えっ、それは……その、も、申し訳ありません!」


 やや名残惜しそうにしてはいたが、若い衛士は一礼すると部屋から飛び出していった。

 どうやら頭に血が上りすぎていた様だ。この姿も罪作りなモノだ。


「すみませんな。若手は美しい女性に慣れていないもので」

「そんな、美しいだなんて……光栄ですわ」

「辺境ですので、町中全員顔見知りみたいなものですからな。あなたのようなお美しい方は若者には刺激が強すぎるのでしょう」

「この町はそんなに人が少ないのですか?」

「ええ、コルキスの危機が去っても、ここが邪竜の現れた場所の近くという事実は消えません。やはりそうなると近付く人も減るわけでして……」

「見物に行く人でも増えればいいのですけどね」

「見物……そういう発想はなかったですな。ふむ、護衛をつけて邪竜の巣の見学ツアーを開催するのも面白そうですなぁ」

「なんとも、たくましい話です」


 まさか邪竜の巣を見世物にする発想に飛ぶとは、俺も思わなかった。

 俺としては何となく口にしただけだったのに、この町の人間はさすがに神経がたくましい。


「ああ、そういえばあなたのお名前はまだ来ていませんでしたな」

「あ、ハウメアと申します連絡先は――」


 適当な宿の名前を俺は告げ、書類に記入させる。

 無論、俺はその宿に泊まっていないため、連絡をつけることは難しいだろう。

 だが何度も呼び出されるのも問題である。それに重要なのはあの男たちであって、俺ではない。

 それに俺の名前がこの国の中枢に届けば、もっと厄介な人間が飛んでくる可能性もある。ここは早々に退散した方がいい。


「事情はよくわかりました。こちらで詳しく調査してみます。詳細を後日ご連絡しますので、しばらくはこの町に滞在していただけるとありがたいのですが?」

「申し訳ありません。急ぐ身の上ですので、それは少し……知人のギルドの登録番号を残しておきますのでそちらに回していただけますか? 私の後見をしてくれている方の番号です。私は根無し草であちこちを彷徨っていますから、確実に連絡がつくのはその方なのです」

「そうですか。そう言えば、依頼でファングウルフの牙を獲りに来たのでしたね。わかりました、詳細はその番号の元にお届けしましょう。逆に再度お越しいただく可能性もありますが?」

「都合が合うようならば、できるだけ早く駆け付けますわ」

「そうしていただけるとありがたいですな」


 この登録番号は、俺ではなくマクスウェルの物だ。これからニコルに届くことはない。

 ハウメア自体、マクスウェルの密偵という設定なので、ここからマクスウェルに辿り着いても、不審には思われないだろう。

 それに、俺にとってもこの番号を出した思惑はある。


 こうして俺たちは、後の調査を衛士たちに投げっぱなしにして山に戻ることにしたのだ。

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