第361話 暗殺完了
命を狙われていると察したリッテンバーグは、身支度を整え部屋を出て行った。
窓から眼下の様子を窺うと、そこには装飾された馬車が一台、玄関口に停まっているのが見えた。おそらくこれに乗って奴は避難するつもりだろう。
俺は窓から身を翻し、糸を使ってゆっくりと馬車の上に降り立った。
無論、周囲の景色に溶けるように幻覚を設定しているため、俺の姿に気付いたものはいない。
しばらくすると騎士たちが馬に乗って集まってくる。これは護衛の部隊だ。
そして遅れてやってきたリッテンバーグが
俺はその時、奴の首にミスリル糸を巻き付けておいた。
これでいつでも、奴の首を落とすことができる。
馬車の前後を四人ずつの騎馬が囲んで護衛する。
その態勢が整ったところで、隊長と思しき男が声を張り上げた。
「それでは出発! 各自周囲には充分に注意しろ。まだ敵はどこかに潜んでいるかもしれん!」
「ハッ!」
威勢よく敬礼して見せる騎士たちだが……残念、すでにお前たちの主人の命は、俺の手の中にある。
ゆっくりと動き出す馬車。いくら幻覚を纏っているとは言え、流れる景色に対応しきるのは不安があるので、俺は屋根の上で姿勢を低くしておく。
やがて馬車は市街地を抜け、街の東門を通り過ぎていく。
リッテンバーグの別邸とやらがどこにあるのかは知らないが、この森の中というのは俺にとって実に都合がいい。
護衛の騎士たちは前後を警戒してはいるが、まさか馬車の上ですでに待ち伏せているとは思っていない。
途中、かさりと草を揺らして野ウサギが顔を出し、そこに騎士たちの視線が集中した。
急遽馬車を停止させ、即座に対応しようと動く騎士たち。
だが顔をのぞかせたのがウサギと知ると、大きく溜息を吐き出した。
「なにごとだ!」
「いえ、ご心配なく。ただのウサギでした」
「ならさっさと進め。間抜けな刺客が後を追ってくるかもしれんぞ」
「ハッ」
間抜けな刺客呼ばわりは心外だが、この停止はまさに天の配剤だ。
隙を逃さず、馬車の上から張り出した木の枝へ糸を飛ばし、音もなく飛び移る。
もちろん糸を使っての行為だが、まったく音を立てずそれを成し遂げる身体能力の向上には、目を
だというのにこの向上は、俺が生前いかに能力を無駄にしていたかを突きつけてくるものだ。
この力があれば、あの双剣の魔神にも引けを取らなかっただろう。ひょっとすればコルティナと協力していたら、死なずに済んだかもしれない……いや、いまさらの話か。
とにかく、これで状況は整った。
俺は馬車が離れていくより先に、糸を木の幹に巻き付けてその場を離れる。
あとは馬車が移動すれば、自動であの男の首を落としてくれるという寸法だ。
問題はその直後に周囲を警戒されてしまうので、糸の長さの限界である百メートル進より先に離れてしまうより先に、現場から逃げ出せるかどうかだ。
手甲が子供用のままなので、今の俺には少々キツイのも難がある。短時間ならともかく、長時間着けていると血の巡りが止まり、壊死してしまうかもしれない。
しかし今の俺は前世の身体能力に加え、干渉系魔法で肉体を強化できる。
更に隠密のギフトがあれば、気付かれることはほぼ有り得ないはず。
俺がその場からしばらくしてから、街道の先で女の悲鳴が上がる。声からしてリッテンバーグの身の回りを世話していたメイドの声だ。
どうやら首尾よく奴の首を落とすことに成功したらしい。
選りすぐりヒュージクロウラーが紡ぎ出したミスリル糸は、しなやかでいて強靭極まりない。
そして先を急ぐ馬車は急には止まれない。
ましてやリッテンバーグ本人が先を急かしたのだから、まさに自業自得だ。
街道の先に小さく見える停車した馬車。
騎士たちがそこに駆け寄り、中から男の身体を引っ張り出しているのが遠目に見える。
遠くてよくわからないが、ダラダラと液体が流れ落ちていることと、その肩の上にあるべき物がないのは見て取れた。
「これでリッテンバーグの脅威は無くなったな」
あとはこの事実をマクスウェルがどう活用してくれるかだ。
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